アメリカで出会った、奇跡のような1932年式シボレー
アメリカを旅行中に、「知り合いがすごいクルマを持っているから、見にいかない?」と誘われて、ある男のガレージを訪ねた。すると、そこには見たこともない驚愕の一台が入っていた。1932年製シボレー・スペシャル・セダンだ。と言われても、ピンとこないかもしれないが、このクルマのすごさは、実走行3551マイル(約5700km)の完璧なフルオリジナル、しかも、車体のシリアルナンバー、どこの工場で何台目にラインオフされたか、どのディーラーで販売されたかなど、すべての情報が正確に残っている点にある。アメリカのカーカルチャーの奥深さが実感できる一台なのだ。
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ひ孫のケビンがガレージでDIYレストア
オーナーのケビン・グリフェザーは、ホットロッド界の重鎮、バーン・バルデスのガレージでメカニックとして働きながら、自宅のバックヤードでフォルクスワーゲンのレストア、ビルドアップを仕事にする根っからのカーガイ。ビンテージカーの再生は得意中の得意だ。
それに加えて、このシボレーの最初のオーナーは、彼のひいおじいちゃん。その後、おじいちゃん、おじさんとファミリーが乗り継ぎ、ケビンは4代目のオーナーとなる。完璧な記録が残っているのは、こうした事情による。
「初めてこのクルマを見たのは、まだ子どものころ。1970年代だったな。おじいちゃんの家のガレージに入っていて、すげーカッコいいクルマだな、と思ったよ」と、ケビンは回想している。
90年前に新車購入したときの資料がそのまま残存
ケビンのひいおじいちゃん、ジェームス・アンブローズ・グリフェザーが自家用車を買い替えたのは、1932年3月31日。ちょうど90年前だ。購入したのはオークランド市6thストリート417番地にあったシボレー・ディーラーのコクラン&セル社で、ダッシュボードに張られたままのデカールがそれを証明している。じつはこの会社、住所は移転しているがオークランド市内に現存している。
ボディに留められているフィッシャー・ボディタグには、以下の情報が記されている。
JOB NO. 32569BODY NO. O 3246TRIM NO. 17PAINT NO. 99
JOB NOの最初の2ケタは製造年の1932年を表し、569はボディ型式「スペシャル・セダン」のコード番号。BODY NOの最初のOはオークランド工場で、3246は3246台目にラインオフされたスペシャル・セダンであることを表している。
TRIM NOとは、内装生地、ヘッドライナー、ドアパネルなど、いわばインテリアに関するオプションナンバー。PAINT NOは、ボディはもちろん、ホイール、インパネ、フード、フードのモールディング、さらにはピンストライプ、ウインドウのオフセットなど詳細なカラーリングの注文内容を表す。これを資料と照らし合わせてみると、ボディは黒とモンゴネーズ・ブルー(IM-713)、ピンストライプはクリーム&ロレインブルー、ホイールはミディアム・クリームだったと割り出すことができた。
往年のラグジュアリー・セダンの佇まいを残す
さあ、あらためて1932年製シボレーを見てみよう。すでに褪色してわかりづらいが、このクルマは黒とブルーの上品なツートーンだったのだ。ダッシュボードも同様で、こちらのほうが色が残っている。さらにラグジュアリーな2色のピンストライプが施されていたことが資料から判明した。ホイールは錆が激しくレストア作業で苦労した部分だが、ケビンが1本ずつ仕上げてカラーも再現している。
後部座席に豪華なグリップやカーテン、フットレスト、ウインドウクランク(一番後ろの窓も開閉する)が備わっているところをみると、運転手つきの社用車を想定したモデルだったのかもしれない。シートもボタン締めでラグジュアリーだ。なお、「スペシャル・セダン」は、ラインアップのなかで2番目に豪華な仕様だった。また、ウインドシールドが換気用に10センチほど上がる珍しいギミックがついている。
エンジンはオリジナルのストーブボルト・インライン6、194キュービック・インチ(3180cc)。オイルで洗浄する、通常のレストア作業で息が吹きかえった。エンジンフードにつく片側4個のインテークは手動で開閉する。
なお、購入時に渡されたオーナー・アイデンフィケーションカードも大切に保管されていて、シリアルナンバー、車体番号の一致を裏づけている。興味深いのは、イグニッションキーにも番号がついていることで、現在のキーがオリジナルであることが証明された。
シボレーのディーラーに乗りつけてみる?
ケビンが、いっこうにレストアが進まない叔父のトーマスから32年シェビーを引き上げてきたのは、2021年12月のこと。以来、6カ月間のレストア作業を経て、奇跡の一台はまもなく走り出そうとしている。
最後に、ケビンにとってレストアへのモチベーションを聞いてみた。「ぼくは元々、グラフィックデザイナーなんだ。古いクルマをバラして、どうやって動いていたのかを学んで、元に戻したらちゃんと動いたときの喜びは、ぼくにとってアートと同じなんだ」
──これまで、クルマを仕上げては売ってきたけど?
「このクルマは絶対に売れないよ(笑)。結婚式に貸し出したり、イベントに乗って行ってみんなをビックリさせたいね。オークランドのディーラーに乗りつけるのもいいな」
──5代目のオーナーは?
「ぼくには子どもがいないから、“グリフェザー”の名前では最後になるね。でも、甥っ子がふたりいて、今回もいろいろと手伝ってくれたんだ。きっと誰かがこのクルマを乗り継いでくれると信じているよ」
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