税金対策で誕生したウッディ・ワゴン
丸みを帯びた柔らかなボディ。得もいわれぬ親近感が湧いてくる。 オースチンA70 ヘレフォード・カントリーマンは、現代とはまったく異なる価値観で作り出された実用車だ。生産された期間は1951年から1954年と、長くはなかった。
【画像】別次元の価値観 A70 ヘレフォード・カントリーマン 北米のウッディ 同時代の英国車も 全113枚
専ら走る場所として想定されたのは、町と町を結ぶ郊外の一般道。高速道路へ立ち入る機会は少なかった。走行スピードも、100km/hを超えることは殆どなかっただろう。
新車として販売されていた頃、英国を走っていたのは多くが戦前に生産されたクルマ。幹線道路は、重い荷物を積んだトラックで溢れていた。少なくないドライバーが、運転免許を持っていなかった。車検制度もなかった。
遅いクルマの追い越しは、リスクの高い賭けといえた。1950年には、約5000名が交通事故で命を落としていた。
自動車の普及はこれからで、恵まれたお父さんはサンデー・ドライバーとして週末を楽しんだ。自慢の1台をガレージに保管し、自らオイルを交換し、ディストリビュータのポイントを調整した。当時の子供にとって、ドライブはご褒美の1つだった。
そんな時代に、オースチンA70 ヘレフォード・カントリーマンが誕生したきっかけは、税金対策。終戦直後の英国で作られた多くのシューティング・ブレークと同様に、郊外でスポーツを楽しむためではなかった。
量産モデルで市場をリードしたオースチン
世界的な混乱が加速していた1940年から、贅沢品は軍需品の材料の浪費とみなされ、英国では高い購入税が掛けられた。戦時になると、正しい判断がつかなくなる。1280ポンド以上の商品には、66%の税率が適用された。安価な品でも33%だった。
戦後に首相へ就任したクレメント・アトリーズ・レイバー氏は、鉄道の国有化を進めたが、特別な課税をすぐに見直すことはなかった。オースチンA70 ヘレフォード・サルーンの場合、車両価格は680ポンドでも、350ポンドの税金が掛かった。
しかし抜け道があった。バンなどの商用車は、課税対象ではなかったのだ。そのかわり、最高速度は時速30マイル、48km/hへ原則では制限されていたが。
厳しい経済状況のなかで、様々なクルマをベースにシューティングブレークが製作された。それらは、地方の小さなコーチビルダーがワンオフで手掛けることが多かった。
スチールは供給不足が続いていたが、木材とアルミニウムには制限が設けられず、比較的入手しやすかった。また、商用車向けのキャビンが載ったシャシーは、主に輸出向けに生産されていたサルーンより購入しやすかった。
これらの条件が重なり、英国ではウッドボディのシューティングブレークやステーションワゴン、通称ウッディが一時的に普及した。特にオースチンは正式な量産モデルを提供し、市場をリードしていた。
パップワース・インダストリーズ社と提携し、多くのウッディが生産された。A70 ヘレフォード・カントリーマンも、その1台へ含まれる。
驚くほどの高品質な仕事で応えた職人
パップワース・インダストリーズ社は、第一次大戦後に、結核患者への治療資金と生活基盤を支える仕事を提供するため、グレートブリテン島の南東、ケンブリッジで創業。農機具や家具、革製品など、部門に別れたワークショップが備わっていた。
1947年の時点では、クルマのボディはまったく手掛けていなかったが、木工職人は仕事を必要としていた。オースチンのフランク・ジョーダン氏が何気なく電話をかけると、すぐに話しはまとまったようだ。
オースチン・シックスティーン(16)のシャシーへ載せる、250台分の木製ボディを受注したパップワース・インダストリーズ社は、オースチンが驚くほどの高品質な仕事で応えた。すぐに、250台の追加製造が決まるほど。
1948年にオースチンA70 ハンプシャーが開発されても、ウッディを製作する関係は続いた。シックスティーンより遥かにモダンな見た目のA70は、スタンダード・ヴァンガードへの対抗モデル。独立懸架式のフロント・サスペンションが自慢だった。
A70 ハンプシャーのウッディ・ワゴンにはカントリーマンという名前が付けられ、900台が量産された。さらにロンドンのディーラー、カーマート社から、別の仕様で200台の注文もあった。
オースチンが直接生産を依頼した900台は輸出が前提だったものの、カーマート社の200台は国内で販売。テレビの中継車やモータースポーツのサポート車両、ホテルの送迎タクシーなどに用いられた。
丸裸のボディでワークショップまで自走
1950年、A70 ハンプシャーの後継モデルとして、6シーターのヘレフォードが登場。エンジンはオースチンFX4 タクシーと同じ、2199cc直列4気筒のままだったが、新しい油圧ブレーキを搭載。ホイールベースは75mm伸ばされていた。
それ以前と同様に、途中まで作られたA70 ヘレフォード・サルーンは、5台毎にロングブリッジのオースチン工場から、ケンブリッジのパップワース・インダストリーズ社へ自走で運ばれた。距離は約160kmあった。
ボディにはドアがなく、フロントガラスより後ろ側は丸裸の状態。ワークショップに到着すると、ルーフが切断され、アッシュ(トネリコ)材を用いたボディフレームと、カンバス生地のルーフが被せられた。
ドアの取り付け部分とサイドシル、ホイールアーチを除いて、Aピラーより後ろ側のボディに、スチールは用いられていなかった。テールゲートも含め、強固なフレームの内側には、マホガニー材などのベニア材がピタリとはめられた。
パップワース・インダストリーズ社で仕上げられたA70 ヘレフォード・カントリーマンは、オースチンのショールームを彩った。利用シーンが描かれた、イラスト入りのパンフレットで販促されたという。
この続きは後編にて。
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