近年の人工衛星には燃料を搭載しているものが多い。軌道を修正するスラスタ(推進装置)を噴射するためだ。しかし、その燃料がなくなったら機体が制御できなくなるため、多くの場合、その人工衛星は大気圏に落として燃されるか、または、高い軌道に移動してそのまま投棄される。つまり、人工衛星というものは、有史以来そのほとんどが使い捨てなのだ。
しかし昨年、史上初となる「宇宙のGASステーション」が打ち上げられた。米国のベンチャーが開発した宇宙タンカー「テンジン」は、燃料が枯渇した人工衛星に近づき、ドッキングして、燃料を補給することが可能。自動車と同じく、人工衛星もGASスタンドに立ち寄る時代が到来したのだ。
ついに宇宙にもガソリンスタンドが!! 史上初の宇宙のGASステーションの全貌とは?
文/鈴木喜生、写真/オービット・ファブ、ノースロップ・グラマン
給油相手と軌道上でドッキング、給油ユニットはわずか75mm
オービット・ファブ社の燃料補給衛星「タンカー001・テンジン」(左)が、燃料が枯渇した人工衛星にドッキングする様子。テンジンはすでに軌道上でテスト運用されている
米国のベンチャー「オービット・ファブ」社が開発した人工衛星「タンカー001・テンジン」は、昨年6月、米国フロリダ州からファルコン9ロケットによって打ち上げられた。質量わずか35kgの小型人工衛星であり、地球を周回する低軌道(高度518~544km)を航行している。
給油する相手の人工衛星は、同高度であれば秒速7.5kmで飛んでいるが、テンジンはそれをステレオカメラで捕捉し、スラスタを噴射して同じ軌道に入り、追いかける。
テンジンには「RAFTI」と呼ばれる特殊な給油ユニットが搭載されている。同ユニットを持つ人工衛星であればドッキングし、給油することが可能だ。ただし、そのユニットの直径はわずか75mm。軌道上で両機の位置と姿勢を完全に一致させ、オートで結合させる必要がある。ただし、それには非常に高い技術が要求される。
テンジンの機体は摂氏80度からマイナス80度まで耐えるよう設計されているが、つまり宇宙とはそれほど過酷だということ。その環境下でプレッシャーをかけ、相手衛星に給油するのだ。今回テンジンが搭載するのは過酸化水素燃料だが、真空の宇宙においては少しでも漏洩があれば、燃料がすべて噴出するだろう。
現在、軌道上にあるテンジンはテスト機であり、スラスタの稼働テストなどが行われている段階だが、最終的には目標衛星とドッキングして、実際に給油が行われる予定だ。
なんと、月を経てから静止軌道へ
宇宙GASステーション「タンカー002」は2025年打上予定。オービット・ファブ社は給油ユニットを開発した米国のスタートアップ企業であり、機体自体はノースロップ・グラマン社が製造予定
テンジンのテスト運用の実施と並行して、同社はすでに第二の宇宙GASステーション衛星を計画している。
テンジンよりもタンカー然としたデザインの「タンカー002」は、詳細スペックは公表されていないが、約90kgの燃料(ヒドラジン)を搭載することが可能だ。この給油機タンカー002は、月面着陸を目的とした探査機と一緒に打ち上げられるため、いったん月まで行くことになる。
月へ行く宇宙機というのは、地球を周回する軌道を極端に楕円形にした軌道に乗せられるため、そのまま放っておけば月で折り返して地球に帰ってくる。つまりそれは地球周回軌道であり、長楕円軌道であり、月からの自由帰還軌道なのだが、その軌道を少し調整すれば、地球を周回する非常に高度の高い「静止軌道」(地表からの高度3万6000km)に投入できる。
タンカー002は、こうして静止軌道に投入される。月を往復する軌道を経て地球の静止軌道へ投入する手法は、史上初めての試みだ。
静止衛星の多くはガス欠寸前!!
オービット・ファブ社の給油衛星「タンカー」の拡張バージョンのイメージ図
なぜタンカー002が静止軌道に投入されるのか? それは静止衛星には莫大なコストがかかっているからだ。
高度数百kmの低軌道へ衛星を投入するよりも、高度3万6000km(正確には35.786km)の静止軌道へ衛星を送り込むほうが、はるかにロケットパワーが必要であり、技術的にも難しい。
静止軌道とは、高度3万6000kmの赤道上にある軌道であり、そこにピタリと衛星を投入できれば、どんな質量の人工衛星も同じ速度で地球を周回し、地上から見て天空の一点に留まることができる。
この非常に利便性の高い軌道には、「ひまわり9号」などの気象観測衛星の他、地球観測、通信、放送、軍事を目的とした人工衛星が隊列を成している。そして莫大なコストがかかったそれら静止衛星の多くは、決して豊富な燃料を搭載しているわけではなく、ガス欠寸前の機体が多い。
そうした静止衛星の寿命を少しでも延ばすために、タンカー002が役に立つ。給油して延命すれば、次の静止衛星を打ち上げなくて済み、コストを大幅に低減できる。タンカー002は豊富な燃料を搭載できるため、複数機に燃料を補給することができ、その経済効果は計り知れない。米空軍、軍需産業、民間の宇宙開発企業の他、日本の丸紅などはこのタンカー002に興味を示し、すでに投資や資本提携を開始している。
人工衛星を軌道上で修理する
ノースロップ・グラマン社の「MEV」。燃料が枯渇した静止衛星とドッキングし、その動力源として運用される。燃料としてキセノンガスを搭載。質量2326kg
少し形態は違うが、同じ役目を果たす人工衛星がすでに2機、実際に運用されている。
ノースロップ・グラマン社が開発し、2020年2月に打ち上げた「MEV-1」は、燃料が枯渇した米国の通信衛星「インテルサットIS-901」にドッキングして、その衛星の動力となり軌道変更を行った。これにより同衛星を延命させることに成功している。
2020年8月には、その二号機「MEV-2」が打ち上げられ、「インテルサットIS-10-02」へのドッキングに成功している。
MEV-2は同衛星に結合したまま動力源として働き、5年後には分離、次の衛星と結合すべく移動する予定だ。2機のMEVは15年間に渡って、他の衛星の延命活動を続ける能力を持っている。
ノースロップ社では、新たな支援衛星の開発も進められている。化学燃料(液体燃料)ではなく、電気推進システムを搭載した小型の「MEP」は、一般的な2000kgクラスの衛星に6年間ドッキングし、寿命させることが可能。
また、ロボットアームを搭載した「MRV」は、共通したドッキングポートを持たない旧式の衛星を捕獲することができ、その故障部分を軌道上でメンテナンスすることも可能だ。このMRVは2024年の打ち上げが予定されている。
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