本来であれば「日本の基幹産業を守る」という目標に向かって一丸となるべきはずが、チグハグに見える日本自動車界とメディア。競争も大事だけど協調も重要、そんな思いから、「自動車界」と「経済界」の双方に詳しいジャーナリストの池田直渡氏に解説していただきます。「第一回」の後編がこちら。
文/池田直渡、写真/AdobeStock
いまBEVが一般ユーザーの需要を「まともに」満たせるのは両極端だけ 【短期集中連載:第一回[後編]クルマ界はどこへ向かうのか】
【「前編」はこちら】「ニッポンBEV出遅れ論」に見る大手メディアの節穴具合と実情 【短期集中連載:第一回<前編> クルマ界はどこへ向かうのか】
■「方便」を使っていると自分が騙されることも
(BEVの大量生産や大幅な普及については)現実を見ない掛け声は無意味だ。実現性の道筋の見当がつかないのに、威勢のいい掛け声だけ上げても仕方がない。
というと「できない言い訳探しをするな」という暴論が出てくる。だったら、カーボンニュートラルよりさらに喫緊の課題がある。「世界の戦争を今すぐやめさせろ。できない言い訳探しはするな」。
「できない言い訳」という批判は、それなりに実現性が高いプランに対する抵抗者に向けて限定的に使う言葉であって、相手を黙らせるための魔法のツールとして使うのは卑怯というものだ。
もちろん「できる」の無謬を求めると、それはまた何もできなくなるが、完成度の低いザルなプランを「できない言い訳」とセットで推すのはタチが悪い。少なくともそれは他者に広く協力を求める姿勢ではないだろう。金も時間も有限なのだ。そんなものはひとりでやるといい。
そしてあまりにもそういうグリーン投資の誘致合戦が加熱した結果、方便を使っている当人が騙されるという珍事が起きる。代表的な例はフォルクスワーゲンである。
外紙の報道によれば、フォルクスワーゲンはドイツ国内のBEV生産拠点である2工場の生産を一時休止し、人数こそ少ないが従業員をリストラした。原因はBEV販売の低迷だという。方便と現実の境界を見誤った喜劇である。
あるいは日の出の勢いといわれる中国でも、今や政府の報奨金目当てで大量に作ったBEVが打ち捨てられる「BEVの墓場」が問題になっており、BEVをたくさん作れば儲かるという話は過去のものになりつつある。すでにテスラの増産計画が中国政府から「いま増産されてはたまらない」と否認されるところまで問題は進展している。
■今のところBEVの使い道は両極端
つまりは、「需要の限界が見えてきている」ということで、それは「今のBEVの商品力」の限界である。「だからもうBEVはオワコンである」という話ではない。
商品力の限界を引き上げるには、より魅力的な製品を、より魅力的な価格で販売できるようにするしかなく、それには技術進化を待つしかないし、それには時間が必要だ。なんでもかんでも「今でしょ」で済むわけではないのだ。
技術的進歩を遂げれば、今の限界を超えてまた何歩か進むことができるはずだ。まどろっこしくとも、それを積み重ねていくことこそが技術に対する正直さであり、そういう地道な努力の話を嫌って、キラキラした夢物語を紡ぐと、社会全体の判断を誤らせる。
そういう需要の限界問題があちこちからどんどん噴出する渦中にありながら、日本の大手メディアでは、相変わらず「日本の自動車メーカーはBEVに出遅れた」という論説が盛んである。特に日経新聞は、自動車がテーマになると枕詞のように「出遅れ論」をベースに話を始める。
はたして自動車メーカーがBEVを作りさえすれば、その製品を顧客が買ってくれるのだろうか? だとすればなぜフォルクスワーゲンは生産停止やリストラを行うのだろう。非論理的である。
今のところ、国内のBEVで「売れる」という手応えがあったのは日産の「サクラ」と三菱の「eKクロスEV」だけだ。つまり、自宅充電のみで運用し、出先で充電することを考えない短距離用途のモデル、いわゆる通勤・通学・買い物カーとしては需要実績がある。
大容量バッテリーを積もうとしなければ、比較的安価に作れるからだ。
それは、補助金ありとはいえ、現実の売れ行きによって実証された、はっきりした確定済みの結果である。
日本市場で成功したBEVといえば、日産サクラと三菱eKクロスEV。高い使い勝手とコンパクトなボディ、必要最低限にして充分なバッテリー容量と、総合的な商品力の高さが功を奏した
「BEVをバカにするな」と思う人は落ち着いて聞いてほしい。「この用途では実績を挙げたね」と言っているだけで、他のジャンルで通用するかどうかは、また新たに実績を積めばいい。「今はまだ実績がないよね」というだけのことだ。
テスラのような、プレミアムクラスはまた別の需要があるが、マーケットが小さい。BEVを躍進させるには、市場そのものが足りない。それを打ち破る可能性があるとすれば、長らく課題になっている普及価格の「モデル2」が発売され、それが本当に庶民にも福音をもたらす価格で販売されなければならない。
つまり今のところBEVは、「プレミアム」と「シティコミューター」という両極端でのみ通用していて、ど真ん中のファミリーカー、トヨタでいえばノアやルーミー、ライズ、ヤリス、アクアといった150万円から300万円のクラスを攻略できていない。まだ200万円ぐらい高い。
■そもそも「充電インフラ」が成立していない
BEVがファミリーカーとして本格的に普及するには、バッテリーが唯一の問題というわけでもない。出先での充電、いわゆる「経路充電インフラ」の普及や事業化も、まだまだなのだ。
政府にもっと金を出せという声は大きいが、それ以前の問題として、重たいイニシャルコストを全額補助でカバーしても、充電事業の採算化は難しく、世界中を見回してみても、まだ誰も「それ」を成し遂げていない。
当たり前だが、未来永劫続く補助金はあり得ない。タダで設置してもらった充電器は、耐用年数を迎えたところで、新品の代替機に入れ替えたいところだが、続々と廃止になり、充電拠点が減っている。
補助金でイニシャルコストをゼロにしても、ランニングコストぶんも稼げない赤字では継続のしようがない。
いずれにしてもどこかで充電事業をサステイナブルにしない限り、インフラが発展する可能性はない。充電単価を上げるしかないだろう。
経済産業省「充電インフラ整備促進に関する検討会 事務局資料」より資料引用。2019年3月には国内22,494台あった普通充電器が、2023年3月は20,974台まで減っている。普通+急速充電器数も30,242台(2019.3)→29,969台(2023.3)に減少。初期設置費用は補助金で賄えるが、現時点で「充電ビジネス」が成立していないため、古くなった充電器を入れ替えることができていない
そうしたBEVのランニングコストの上昇も含めて、結局のところ、すべてを決めるのは「市場の吸収力」である。BEVの普及は、お客に選ばれ、買ってもらって初めて成立するし、充電も事業化して成立する。
そこを無視して「作ればなんとかなる」という雑なプランで行くからフォルクスワーゲンのようにリストラに至ったり、中国のようなBEVの墓場ができるわけで、そこがわかっているテスラは「低価格モデルを出す」「もうじき出す」と言い続けているが、いまだに出してこない。筆者の買い被りでないのなら、現状では訴求力のある商品にならないと判断しているのだと思う。
■「指をくわえて待っていろ」というわけでは断じてない
ということで、BEVの普及には、何よりもバッテリーの価格を下げることと、充電インフラの事業採算性を確立することが必須であり、それを解決しないまま勢いだけで「今でしょ?」というのは無謀。
昨今、スピード経営が無闇に持ち上げられているが、すでに述べたとおり、他山の石とすべき事例が先行している。
早く仕掛けて失敗に至った例こそ直視すべきであって、当たり前の話だが物事にはタイミングというものがある。
主流のファミリーカーに関しては、状況が煮えてくるまでは仕掛けるタイミングを見計らうべきで、現状では調査目的で先行的に商品をリリースする程度にとどめたほうが賢明だ。
そうした状況判断を単純に「出遅れ」呼ばわりするなら、拙速を尊ぶとでもいうのだろうか? 本格的にBEVビジネスを仕掛けるには残念ながらまだ機が熟していない。バッテリーに関しては多少なりとも前進は見られるものの十分とは言えず、結局のところ課題そのものは3年前とまったく同じである。
……と書くと誤解を受けるのだが、課題が3年前と同じだからと言って、ただ誰かが解決してくれる時まで指を咥えて見ていろという意味ではない。事態を自分で切り開くトライは当然必要だ。
バッテリー価格と充電インフラについて、誰かが研究開発を続けなければ、いくら待てども機は熟さない。当然、日本の自動車メーカーも無策でいるわけではなく、その機を熟させるために、さまざまなトライアルを行なっているのだ。それこそが「マルチパスウェイの本質」である。
「第二回」に続く
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