ロールス・ロイスは、同社初となるオール・エレクトリック・モデルである「スペクター」の250万キロメートルに及ぶ走行試験を開始したことを2021年9月に発表。その後、北極圏から55キロメートルの地点で実施したウィンター・テストを経て、南フランスのフレンチリビエラにおいて、走行テストに取り組んでいることを公表した。
スペクター誕生の背景
制約は多いが走れば走るほどワクワクするクルマ「ケータハム170S」の魅力
ロールス・ロイスは、内燃機関を使って世界最高のスーパー・ラグジュアリー・カーを製造し続けることで高い評価を築いてきたが、電動化というアイデアは同ブランドにとってなじみ深いものであった。電気技師として職業人生をスタートしたヘンリー・ロイスは、静かに走り、瞬時にトルクを発生させ、1段のギヤが途切れることなく続く感覚など、電気自動車の特性を模した内燃機関の開発にそのキャリアの大半を捧げた。
電気自動車とロールス・ロイスの創始者とのつながりは、さらに深い。チャールズ・ロールズは、1900年に「コロンビア」という名の電気自動車を運転した際、「電気自動車は、音もなくクリーンな乗り物。匂いもせず、振動もない。定置式の充電ステーションが整備されれば、とても便利になるはず」と予言しており、スペクターは、これを成就するものであった。
スペクターの登場で約束は守られた、ということもできる。2011年、ロールス・ロイスはオール・エレクトリックの試作ファントム・コンセプト「102EX」を発表。続いて発表した「103EX」は、ロールス・ロイスの大胆な電動化の未来を予感させるドラマチックなデザイン・スタディであった。
これらの試作車は、電動パワートレインの特性がロールス・ロイスというブランドに完璧にフィットすると感じた顧客からの大きな関心を呼び起こした。ロールス・ロイスの最高経営責任者であるトルステン・ミュラー・エトヴェシュ氏は、これに対し、「ロールス・ロイスは、今後10年間で電気自動車に移行し、2030年までにはフル・エレクトリック自動車ブランドになります」と明確に約束をしていた。
2021年9月、ロールス・ロイスは、初のオール・エレクトリック・モデルである、スペクターの走行試験を開始したことを公表した。スペクターが、何よりもまず、ロールス・ロイスの製品としてのクオリティを保証するために、距離にして250万キロメートルに及ぶ、ロールス・ロイスがこれまで考案したなかで最も過酷なテスト・プログラムが実施されている。これはロールス・ロイスの平均400年以上の使用年数を想定した壮大な取り組みである。
リヴィエラで走行テストを実施
今年の初め、北極圏からわずか55キロメートルのスウェーデン・アリエプローグに特設したテスト施設で、スペクターは、車両にロールス・ロイスらしい挙動と反応を教えることを目的に設立されたフィニッシング・スクールで、最初の「レッスン」を受けた。この数カ月間、ロールス・ロイスのテストおよび開発エンジニアたちは、このモデルが日常的に使用されることが想定される場所であるフレンチ・リヴィエラで、極限な状態からより正式な精査に焦点を移した。
スペクターは、そのスピリットを後継した車であるファントム・クーペを想起させるように、コンチネンタル・ツーリングを提案する初のオール・エレクトリックのスーパー・ラグジュアリー・カーとなる。フレンチ・リヴィエラとその周辺道路は、海岸沿いのテクニカルなワインディングから内陸の高速道路まで、スペクターのオーナーが求める条件を完璧に兼ね備えている。
ここでのテストは、スペクターの250万キロメートルに及ぶグローバル・テスト・プログラムの重要な部分を占め、フランスのコート・ダジュールおよびその周辺を合計62万5千キロメートル走行する予定となっている。このテストは2段階に分かれており、まずはフランスのプロヴァンス地方、ブーシュ・デュ・レーヌ県にある歴史あるオートドローム・ド・ミラマを試験場としてスタート。1926年にグランプリが開催されたこのサーキットは、現在、最先端のテスト・開発施設として、60キロメートル以上のクローズド・ルートと20のテスト・トラック環境を備え、1,198エーカーの敷地で膨大な数のテストの機会を提供している。
この施設には、散水ユニットによる水溜まりや、タイト・コーナーや逆バンクなど高度なハンドリングが要求されるサーキットなどがある。また、急なバンクがついた3.1キロメートルの3車線の高速コースでは、スペクターの連続高速走行テストが可能となっている。
この地域でのテストの第2段階は、オートドローム・ド・ミラマ周辺のプロヴァンスの田園地帯で行なわれる。この地域はロールス・ロイスのオーナーの多くが訪れることから、テストの55%は、2023年第4四半期に発売され、オーナーの元に届いた後、多くのスペクターが走行すると想定される道路で実施された。
オーダーメイドのエレクトロニック・アーキテクチャー
スペクターは、これまでのロールス・ロイスとは違う。これは、完全なフル・エレクトリック・パワートレインだけでなく、これまでにないコンピューティング・パワーと高度なデータ処理技術を採用したことが理由である。スペクターは、ロールス・ロイス史上、最も接続性の高いモデルであり、各構成部品はこれまでのどのロールス・ロイスよりもインテリジェントになっています。141,200もの送信/受信用機器、1,000を超える機能、25,000を超える副次的機能を備えています。これは、一般的なロールス・ロイスの約3倍の送受信の信号量に相当する。
スペクターの電子・電気パワートレイン・アーキテクチャーのインテリジェンスが劇的に向上したことにより、中央処理を最小限に抑えながら、これらの機能間で詳細な情報を自由に直接交換することが可能になっている。この技術の可能性を引き出すために、ロールス・ロイスのソフトウェア・エンジニアリングのスペシャリストが、スペクターのために分散型インテリジェンスを開発した。これは、データを1つの中央処理装置ですべて処理するのではなく、より発生源に近いところで処理することを基本としている。
そして、変数を記述するだけでなく、応答を提案する、より高度なデータ・パケットを送信することで、車両の応答の速度が格段に速く、より詳細になる。この高度な技術により、スペクターの開発の多くが、ワークショップからデジタル空間へと移行している。
しかし、スペクターの開発は、コンピュータ・サイエンスだけの問題ではない。自動車は、何十万通りものシナリオに対応する必要があるため、適切な機械的応答を定義し、微調整するためには、最も熟練した経験豊富なスペシャリストが必要となる。リヴィエラ・テスト・プログラムの期間中、同社の経験豊富なエンジニア達が、スペクターの25,000を超える機能の一つひとつに、天候、ドライバーの行動、車両の状態、道路状況などによる応答のバリエーションを組み込み、専用の制御装置を丹念に作り上げている。
この新しい処理能力を活用することで、ロールス・ロイスのエンジニアたちは、スペクターで比類ないレベルのディテール、洗練され、かつ簡単な操作を実現すると同時に、ロールス・ロイスの内燃エンジン車での体験を引き継いでいる。この経験豊かなスペシャリストたちは、その成果を「高解像度のロールス・ロイス」と表現している。
高解像度の「魔法の絨毯の乗り心地」
数ヶ月にわたる継続的なテストを経て、スペクターがロールス・ロイスの特徴である「魔法の絨毯のような乗り心地」を実現するための新しいサスペンション技術が承認された。この技術は現在、ミラマとフレンチ・リヴィエラの公道で完成を目指して改良が続けられている。
前方の路面を読み取るフラッグベアラー・システムや、前方のカーブを知らせる衛星ナビゲーション・システムからのデータを利用して、新しい一連のハードウェア・コンポーネントとスペクターの高速処理能力を活用した高度な電子ロール・スタビライゼーション・システムが実現している。
直線道路では、スペクターのアンチロール・バーを自動的に切り離し、各ホイールが独立して作動する。これにより、車両の片側のタイヤが路面の起伏にぶつかったときに発生する揺れを防止することができる。また、路面の細かな凹凸に起因する高周波の乗り心地の悪さも劇的に改善される。
衛星ナビゲーションのデータとフラッグベアラー・システムによってコーナーが迫っていることが確認されると、コンポーネントが再接続され、サスペンションのダンパーが硬くなり、4輪操舵システムが作動する準備をし、楽にコーナリングできるようにする。コーナリング中には、18個以上のセンサーを監視し、ステアリング、ブレーキ、出力特性、サスペンションのパラメーターを適宜調整することで、スペクターの安定性を保つ。ドライバーには、静穏さと予測可能性、そして究極の操作性を、かつてない高精細度で提供する。
インテリジェントなアーキテクチャーがもたらす圧倒的な剛性感
オール・アルミニウム製のスペースフレーム・アーキテクチャーによって実現した新しいテクノロジーによって、大きなプロポーションを持つ車両の比類のないコントロールが可能となっている。ロールス・ロイス・ブランド専用のプラットフォームは、ロールス・ロイスの新しいクラスであるエレクトリック・スーパー・クーペの開発を可能にしただけでなく、スペクターにブランド史上最も高い剛性のボディを提供することになった。
スペクターのアルミニウム・アーキテクチャーは、スチール・セクションで補強されており、優れたねじり剛性を実現している。このアーキテクチャーは、Aピラー前方からテールランプの後方まで伸びる1ピースのサイド・パネルのロールス・ロイス史上最大のアルミニウム・ボディ・セクションと組み合わされている。
このパネルは、ロールス・ロイスがこれまでに製造したアルミ・ボディ・セクションで最大の「深絞り加工」パーツで、長さは4メートル近くに及ぶ。同様に、1.5メートル近い長さのピラーレス・コーチ・ドアは、ロールス・ロイス史上最長のものとなる。
スペクターの卓越した剛性は、既存のロールス・ロイス・モデルと比較して30%向上しており、これはバッテリー自体の剛性が非常に高い構造をスペクターのアルミニウム製スペースフレーム・アーキテクチャーに統合することで実現したもの。それを可能にしたのは、同ブランドならではのアーキテクチャーである。
新しいエアロダイナミクスのスタンダード
ロールス・ロイスのエアロダイナミクス担当者は、スペクターの前方に堂々と鎮座するマスコット、スピリット・オブ・エクスタシーの新デザインを発表する際、このクルマの空気抵抗係数(CD値)をわずか0.26と予測し、ロールス・ロイス史上最も空気力学的なクルマにすると発表している。
この画期的なクルマのドラマチックなデザインは、それ自体、このブランドのスペースフレーム・アーキテクチャーによってのみ可能であり、エンジニアたちはこの画期的な姿をさらに改善することができたのである。
風洞試験、デジタル・モデリング、ミラマでの連続高速テストにより、この数値はわずか0.25まで低減された。これはロールス・ロイスの記録というだけでなく、高級車の分野でも前例がないものとなった。
驚異のプロジェクトは続く
スペクターのグローバル・テスト・プログラムは継続される。このエレクトリック・スーパー・クーペは、エンジニアたちがこのプロジェクトを完了したと認めるまで、さらに100万キロメートルの走行テストを行う予定となっている。スペクターの最初のオーナーへの納車は、2023年第4四半期に開始される予定である。
ロールス・ロイス・モーター・カーズ最高経営責任者 トルステン・ミュラー・エトヴェシュ氏のコメント
「スペクターは、ロールス・ロイス史上最も期待されているモデルといっても過言ではありません。この自動車は内燃機関に関する制約から解放されたことで、ロールス・ロイスの118年の歴史の中で最もピュアなロールス・ロイスの体験を表現するものになるでしょう。この最新のテスト段階は、ロールス・ロイスが明るく大胆な電気自動車の未来に向かって進んでいることを象徴する一連の先進技術を証明するものです。このオール・エレクトリックへの移行は、今後何世代にもわたって、わたくしたちのブランドの継続的な価値を保証するものです」
ロールス・ロイス・モーター・カーズ、エンジニアリング・ディレクター ミヒヤー・アユービ氏のコメント
「スペクターは、当社の『アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー』プラットフォームにフル・エレクトリック・パワートレインを統合することで、並外れた潜在能力を引き出します。このエンジニアリングを出発点として、当社のテストと製品化までのプロセスでは、実験データと1世紀以上にわたって得られた人間の経験、直感、洞察を組み合わせて、自動車のドライビング・ダイナミクスと特性を改良しています。最新のソフトウェアとハードウェアの開発によって可能となった、ドライバーのインプットや道路状況への対応が精確に定義された各システムの連携により、スペクターは極めて高い精度でロールス・ロイスの体験を提供します」
関連情報:https://www.rolls-roycemotorcars.com/
構成/土屋嘉久(ADVOX株式会社 代表)
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