■トヨタが新たなる「AT」を開発中? どんなものなのか?
2020年に発売がスタートした「GRヤリス」。トヨタの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の象徴といってもいい1台です。
【画像】これが…トヨタが開発するスゴイ「AT車」だ! 実車の内外装を見る!(20枚)
すでに販売台数は3万台を超えており、世界中のユーザーが様々なシーン、様々な用途、様々な想いで活用しています。
このクルマの開発GOを出したモリゾウこと豊田章男社長はこう語っています。
「今も開発は続いています。いつまで経ってもGRヤリスは完成形にはなりません。
ただ、完成はせずとも『鍛えた結果』を、随時お客様にお届けすることが、私たちトヨタの責務だと思っています」
そのひとつが東京オートサロン2022で初公開されたGRMNヤリスですが、それとは別に現在開発が進められているモデルがあります。
それが今回のモータースポーツ対応となるスポーツATである「DAT(ダイレクト・オートマチック・トランスミッション)」です。
「RSにCVTがあるのに、なぜ?」と思う人もいるでしょうが、実はこのDATはRZつまり1.6リッターターボ×4WD向けに開発をおこなっている2ペダルトランスミッションになります。
ちなみに開発車両はすでに存在、現在様々なテストが進められています。
そのひとつがTOYOTA GAZOO Racingラリーチャレンジ(以下:ラリチャレ)への実戦投入。
つまり、トヨタの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を直球勝負でおこなっているというわけです。
GRヤリスは3ペダルのMTにこだわって開発されました。デビュー時に開発陣に話を聞くと「MT以外の選択肢は考えなかった」とキッパリと答えています。では、なぜ2ペダルの開発が始まったのでしょうか。
それは約2年前、ちょうどGRヤリスが発売された頃の豊田社長から提案が発端でした。
「モータースポーツの裾野を下げるために、2ペダルの可能性を探ってみないか?」
GRヤリスの開発責任者・齋藤尚彦氏は想像もしていなかった発言に「?」だったといいます。
しかし、齋藤氏は「即座に社長が求めているのは『MTと同等の性能を持った2ペダル』だと理解しました。ただ、ATの弱点をよく知っているからこそ、『一筋縄ではいかないな……』とも。ただ、社長の顔は本気でした」と当時のことを振り返ってくれました。
モータースポーツの世界ではトップカテゴリーはほぼ2ペダルですが、入門カテゴリーはMTがまだまだ主流です。
2ペダルの参戦が可能なカテゴリーもありますが、実力ではMTに及ばないのも事実です。
そこで豊田社長は「イージードライブなのにMTとガチンコ勝負できる2ペダルが存在すれば、モータースポーツ参戦の敷居をさらに下げることができるのではないか?」と考えたのでしょう。
これに加えて、新たなユーザーの獲得も視野に入っていたはずです。
GRヤリス登場時「欲しいけど、2ペダルがないと家族を説得できない……」という声をよく聞きました。
確かに1.5リッター×FFのRSにはCVTの設定がありますが、多くの人は1.6リッターターボ×4WDの2ペダルを求めていたのです。
ちなみにGRヤリスの先輩にあたるスバルWRX STI/三菱ランサーエボリューションにも2ペダルの設定がありましたが、最終的にはビジネスをけん引する存在に。
つまり、スポーツカービジネスの継続のため、さらにはMTを存続させるためには、2ペダルモデルは重要な存在といえると思います。
開発目標は「Dレンジのままで意のままの走りを実現させる“完全”な自動変速」です。
様々な検討をおこなった結果、高トルク対応の8速ATをベースにギア比を含めて構成部品の多くをGRヤリスに合わせて専用設計。
加えて、ダイレクトフィールやシフトスピードはもちろんですが、もっともこだわったのがプロドライバーのMT操作と同じタイミングでのシフトダウンにこだわった専用制御になります。
巷のスポーツATはシフトアップに関しては良いレベルに来ている物も多いですが、シフトダウンに関してはドライバーの意図通りにとはいかず。そのためドライバーがマニュアル操作(=パドル)をしなければなりませんでした。
これまでは「仕方ないよね……」と諦めていましたが、DATはそこに真摯に向き合うことを選んだのです。
高トルク対応ATはかなり大きなサイズになりますが、GRヤリスの6速MTは耐久・信頼性確保のためにこのクラスにしては大きなサイズだったことが功を奏し、キツキツながらもエンジンルーム内に上手に収まっています。
ちなみにMTよりも熱が厳しいことからフォグランプが外され、その位置にオイルクーラー(右側)とATFクーラー(左側)が追加で装着されています。
インテリアはパドルが追加されたステアリングとATセレクトレバー、さらにはメーターが変更されています。
ステアリングはGRヤリスRS用ですが、メーターとATセレクトレバーは他車流用のようで隙間がクッションで埋められているなど開発車両ならではの部分も。
マニュアルモードのシフトアップ/ダウンの方向も通常のトヨタ車と逆パターンに変更されています。
DATの開発車両はモリゾウ選手や勝田範彦選手をはじめとするプロドライバーも評価していますが、メインの開発ドライバーはトヨタ自動車代表取締役副会長の早川茂氏です。
「社長から『開発ドライバーは早川さんね!!』といわれ、最初は全く意味が解らなかったのですが、開発を進めていくにつれてその意味が理解できました。
『裾野を広げる』という意味でいうと、ターゲットカスタマーに近い存在の人に不具合を出してもらうのがベストです。
実際に早川さんでなければ起きない不具合(=一般ユーザーの不具合)がたくさん出てきたので、1つ1つ着実にカイゼンを進めている最中です」(齋藤氏)
実は筆者はラリチャレの会場で見かけるたびに、ダメ元で「乗りたいな~」とオファーを出していましたが、そのしつこさに「そこまでいうのならば……」と試乗のチャンスがやってきました。
それもチョイ乗りではなく、栃木県にある「つくるまサーキット那須」のグラベルコースでの全開走行です。
このような貴重な機会を設けてくれたGRへの感謝はもちろんですが、貴重な開発車両に第三者を乗せ、ダメ出しも含めたフィードバックを開発に活用といった本気度にも驚きました。
■いざ試乗! MTからATに! どんだけ楽になる?
では、実際に乗ってどうだったのでしょうか。
今回のコースは、緩やかなS字やタイトコーナー、パイロンスラロームなどが盛り込まれた低・中速がメインのレイアウトになります。
まずは比較のために6速MTモデルでコースインします。
滑りやすい路面でも安心して楽しく走れるパフォーマンスはこれまでの経験済みですが、タイムを出すようなコンペティションな走りとなると話は別です。
低μ路ではクルマの挙動は舗装路よりも不安定のため、ステアリング、アクセル/ブレーキ、シフト、さらにはサイドブレーキなどの操作を、より連続的、より的確に判断しながらのドライビングが求められます。
ただ、筆者のようなダート初心者は操作することだけで精いっぱいで、「上手に走らせられているか?」といわれると難しいのが実情です。
とくにパイロンターンではシフトダウン→サイドブレーキに気を取られ、ステアリング操作が疎かになっていることが自分でもわかります。
もちろん、何度かトライするとできますが、コツをつかむのに時間も掛かるし、タイヤを含めたクルマのコンディションも悪くなります。
「そこは腕でカバーしないと」といわれればその通りですが、技術でカバーすることができれば「もう少し上達も早まるのにな……」と思ったのも事実です。
DATに乗り換えます。
今回はDレンジのみでパドルやソフトレバーには一切触らずに走ります。
発進は当然アクセルを踏むだけでOKですが、ターボの僅かな過給遅れによるモタツキをトルコンが上手にカバーしており、MTよりもスムーズに速度を乗せることが可能です。
発進してすぐにロックアップ状態になっているようですが、アクセルコントロールをしたときの反応はもちろんダイレクト感もMTと一緒といってもいいレベルです。
シフトスピードも「お前はDCTか?」というくらいの速さで3速までシフトアップ。
コーナー進入でブレーキングをおこなうと、DATは自動でシフトダウン。
これまでのATのダウンシフト制御の多くはドライバーの意思よりも遅い上に低い回転域でしか作動しないので使い物にならず、結果として手動でパドル操作をしていましたが、DATのそれは「MTだったらここで操作するよね」という絶妙なタイミングかつ高回転域で作動します。
とくに2速→1速へのシフトダウンは駆動系の負荷も大きいためやりたがらないのですが、DATは積極的にシフトダウンします。
さらに6速に対して8速になったことで各ギアの繋がりもよく(=クロスレシオ)、エンジンの美味しい領域を使いやすいという副次的効果もありました。
パイロンターンではサイドブレーキをキッカケに進入、そこからアクセルでスライドコントロールをしながら曲がりますが、2速→1速への的確なシフトダウンはもちろん、コーナリング中は不用意なシフトアップはなく、レッドゾーンギリギリまで使えます。
恐らく、アクセル、ブレーキ、ステアリング舵角、Gといった情報などから「スライドさせながら旋回状態」であることを判断しているそうです。
ただ、完璧にできているかといわれるとそうではなく、何度か走らせるとシフトダウンをするとき、しないときがありました。
恐らく、ドライバーのちょっとした操作の違いによる判断だと思いますが、「今、クルマはどのような状況なのか?」、「ドライバーがどのように走らせているのか?」をより正確に判断できるセンシングが必要だと感じました。
さらにMTモデルよりも熱的に厳しいため冷却が効率的にできず(ダートはスライドしながらの走行が多いので冷えにくい)、走行途中でパワーダウン傾向やセーフモード作動なども見られました。
この辺りは開発陣もよく認識しており、齋藤氏は「実は開発するうえで一番難しい所がここですが、『MTと同等の性能』というからには絶対にクリアしなければいけない項目だと認識しています」と教えてくれました。
ちなみにパドル/シフトでマニュアル操作も可能ですが、現状ではDレンジのまま走ったほうが速いそうです。
筆者も試してみましたが、パドルが小さいうえにステアリング一体型なので操作が難しいので、コンペティションには向いていないなと感じました。
■MTからATになると…余裕が生まれ…よりドライバーファーストに!
ハンドリングはトランスミッションの重さの影響なのかMTよりも若干フロントヘビーに感じましたが、今回のダート走行ではコーナー進入で前荷重にしやすく、結果として走りやすかったです。
ただ、それ以上に感じたのは、ひとつ操作が減ったことで考える余裕が生まれたことで、「より正しいドライビング」ができるようになったことです。
ドライバーが冷静になるとクルマの情報はより的確になり、クルマの動きも解りやすくなります。
さらに操作も丁寧かつ無駄がなくなるため、結果的に上手に走れるようになります。
上手に走れると、運転がもっと楽しくなり、ずっと乗っていたくなるといういい連鎖が生まれます。これも「ドライバーズファースト」の考え方のひとつだと思います。
さらに今回は全日本ラリー選手権のチャンピオン・勝田範彦選手も来場、何とドライビングチェック(=運転技術が丸裸)までしていただきました。
走行後に「シンヤさん、MTとDATで走るラインもクルマの動きも全然違いました。助手席に乗ってみていても操作は正確だし、外から見ていてもいい姿勢で走っていました」とお褒めの言葉を頂きました。
※ ※ ※
GRヤリスのDAT、ズバリ「戦うAT」といっていいでしょう。
もちろん、まだ完成形ではないため課題はいくつかありますが、開発陣はきっとモノにしてくれると信じています。
齋藤氏は「MTとガチンコ勝負できる状態に仕上がったら発売します」と語っていますが、個人的にはXデーはそれほど遠くないような気もします。
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ただ、自分なら楽しさを求めるから6MTでいい。