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甘糟りり子の東京モーターショー評

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甘糟りり子の東京モーターショー評

2年前の東京モーターショーにも足を運んでいるというのに、今回もまたうっかりカーナビに「幕張メッセ」と入れそうになった。いつまでたっても、頭の中には東京モーターショー=幕張メッセというイメージがこびりついている。

「もう令和なんだからさ」と自分を叱咤しつつ、青梅の東京ビックサイトで行われている東京モーターショー2019に行った。何かの理由に新元号を用いるのはカッコ悪いことは承知している。

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アディダス バイ ステラ・マッカートニーのスニーカーで会場内を歩き回っているうちに、私は家電量販店にいるような気分になった。なにやら四角くて大きなものがあちこちで声高に機能性を主張しているのだ。いかにも生活が向上しそうな能書きがたくさん、ひらひらと踊っている。ビックカメラ藤沢店にテレビと冷蔵庫を探しに来た時のことを思い出した。

ハンドルのついた家電は、便宜上は車であっても、私にとっての「車」ではない。

車とは飼い慣らさなければならないし、ハンドルを握れば緊張を強いてもくる。要するに、かなりめんどうなもののはずだった。

とっくの昔に車はそうではなくなってしまったことを頭では理解していたつもりだが、今回のモーターショーで肌身に知ることができた。もう車はかつての車ではない。

さびしく思う自分でさえ、昨年の暮れに5年ほど乗ったアルファロメオ・ジュリエッタを手放し、ハイブリットの小型車に買い替えた。二十年間に6台のアルファロメオを所有し、めんどうなことや緊張を強いられることを数え切れないほど経験して、さすがに疲れてしまった。いったん単なる移動手段としての車を使い回し、それでもなおかつ本来の意味での車を味わいたくなったら、また戻ってこようと考えていた。

しかし、今回のモーターショーでうっすら感じたのは、もしかしたら私は戻ってこられないかもしれないということだ。戻る場所そのものが消えかかっている気がした。

車とは速く走ろうとする本能を持っている。実際に速く走るかどうかではなく、スピードという目標が宿っているものだと信じてきた。だからこそ、流線型が車の本来の姿形なのだ。私の中では。

レクサスのコンセプトカー「LF 30」sebastien mauroyモーターショーの未来スライド式ドアの箱型にタイヤを付けたものが全盛の今、流線型を纏っているだけで、「車」という言葉を思い出す。そう思う人は少なくないのか、レクサスのコンセプトカー「LF 30」には人だかりができていた。同車は電気自動車ゆえにエンジンルームはなく、自動運転機能も備えているという。これからはこうしたものを車と受け止めればいいのだろうか。

ホンダのブースでは歴代のF1マシンが展示されていた。早く走るためだけに生まれた車たちだ。壁にはアイルトン・セナの写真もあった。熱心なF1のファンではないが、セナが事故死した1994年のサンマリノGPの生中継を思い出した。この時はホンダではなくウイリアムズ・ルノーのマシーンだった。コーナーに激突したセナがヘリコプターで搬送されていく様子はイモラ・サーキットの名前とともに鮮明に記憶に残っている。スピードとは恐ろしいものだと思った。恐ろしいから美しいという感覚の図式は古いだろうか。

未来と過去に翻弄されながら館内を歩いたが、輸入車のブースの少なさには愕然とする。メルセデス・ベンツ、ルノーなど4ブランドのみである。ファッションの世界ではコレクションというショーの集合形式が衰退しつつあるように、モーターショーという形式そのものの必要性が低くなってきているのだろうが、それにしても日本市場はもはや押さえておかなければならないところではないようだ。

モーターショーが幕張で行われていたのは1989年から2009年までの20年間。幕張では、アメリカはもちろんヨーロッパ各国のメーカーのブースが立ち並び、飲食を含めたあの手この手のサーヴィスを競い、はなやかな衣装に身を包んだ女性が微笑みかける、というのが普通だった。あの光景は完全に大昔なのだ。ハイヒールで歩き回って足が痺れ、資料を入れた紙袋で肩が抜けそうになったことがなつかしい。

今回、会場は二手に別れていた。来年の東京オリンピックで一部施設が使えないからだそうで、離れた別会場にはシャトルバスでいかなければならない。向こうの会場ではトヨタがライフスタイルの提案を行っているという情報はあったが、私は行かなかった。これ以上、未来を知りたいとは思えなかったから。シャトルバスが完全自動運転か何かだったら体験してみたかったけれど、それは無理というものだろう。

数年以内には法整備も整って自動運転が普通になり、月額の幾らかを払えば、iPadの操作で時々のニーズにあった車が自宅の前に届けられる、そんな日常が訪れると思っている。その時、「ハンドルを握って自らの感覚で車体を動かす」行為に、私は魅力を感じることができるだろうか。自分のことなのにまったくわからない。

PROFILE
甘糟りり子
神奈川県生まれ。作家。大学卒業後、アパレルメーカー勤務を経て執筆活動を開始。小説のほか、ファッション、映画などのエッセイを綴る。著書は『産まなくても、産めなくても』(講談社文庫)『鎌倉の家』(河出書房新社)など。

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