マハラジャが買い集めたロールス・ロイス
インド人の自動車に対する思い入れは、実は相当に深い。同時に、豪華さに対する欲求も。この嗜好は、20世紀半ばまで続いた王族時代にさかのぼることができる。
【画像】ベントレーMk VIとロールス・ロイス・トゥエンティ、ファントム VI 最新モデルも 全97枚
インド亜大陸で大きな権力を握っていた王族、マハラジャは、西欧諸国の高級自動車に、自らの富を惜しみなく注いだ。なかでも特別扱いを受けていたのが、ロールス・ロイス。極めて豪奢な、狩猟目的のクルマとして特注されることも多かった。
インドが英国から独立したのは1947年。その時点で、インドは600を超える小さな王国で構成されていた。その殆どが、裕福なマハラジャが支配していたという。しかし独立後は国家統一が図られ、衰退していった。
1970年代にはマハラジャは地位や財産を失い、王家が住まった宮殿は廃墟と化した。民衆から徴収した富で集めた高級品も放棄された。それらは外国人コレクターが拾い集め、海外で販売された。ロールス・ロイスも。
今回ご紹介するカーコレクター、ヨハン・プーナワラ氏は、マハラジャの家系に育ったわけではない。一般市民として生まれるが、種馬飼育や技術開発の事業で成功。医療分野にも進出し、上流階級の仲間入りを果たした。
COVID-19のパンデミックでは、数百万本ものワクチンを提供。国民をウイルスの驚異から守っもている。
プーナワラは、インドに残された遺産の保護にも取り組んでいる。芸術や文化だけでなく、英国占領時代にマハラジャが買い集めた、クラシックカーも数多く救い出している。
クラシックのほかに2台のフェラーリも
彼がクラシックカーへ興味を抱いたきっかけは、1931年式シボレーだったという。父が乗っていたクルマで、家族が経営する農場での思い出が詰まっていた。
コレクションを覗くと、インド人が羨望したロールス・ロイスへの思いが見て取れる。ロンドンのクラシックカー・ディーラーも驚くようなリムジンが、希少なフェラーリと一緒に堂々と並んでいる。
ちなみにフェラーリの方は、458 スペチアーレ・アペルタと488 ピスタ・スパイダー。プーナワラは、モダンなクルマにも興味があるようだ。
「このほかにも、ロールス・ロイスのドロップヘッド・クーペが2台と、1台のセンテナリー・エディション、2台のファントム・リムジンも所有しています。その1台は、27台しか作られなかったサファイア・エディションです」
しかし今回注目すべきは、インドのマハラジャにゆかりを持つクラシックなロールス・ロイスとベントレー。近年再び注目度が高まっている。
「1950年代半ばから、マハラジャが所有していたクルマは海外へ流出。多くが英国を含む欧州や北米へ売られていきました。1970年代に、インド政府がビンテージ製品の輸出を禁止するまで」。プーナワラが説明する。
「輸出に規制が掛かったことは、良かったですね。クルマの一部は残りましたから。ですが、古いクルマをインドに輸入することもできませんでしたが」
上昇中のコンクール・デレガンスへの注目度
近年はその規制が見直され、1950年以前のクラシックカーをインドへ再輸入することが可能になっている。この変更は、プーナワラのクラシックカー・コレクションにとっても追い風となった。
文化的な意味を持つクラシックカーの帰還台数は、インド全体でも増加傾向にあるそうだ。その最前線にいるのが、プーナワラだ。
「わたしが最初に購入したのは、1937年式ロールス・ロイス・ファントム III コンバーチブル。特別なクルマです。マハラジャが乗っていたもので、2023年のコンクール・デレガンスへ出展するため、今後英国へ運びたいと考えています」
インドでのコンクール・デレガンスに対する注目度も、年々上昇している。2018年のペブルビーチ・コンクール・デレガンスで開かれた、マハラジャ車両に対する記念イベントが影響を与えたようだ。
プーナワラは昨年、COVID-19の渡航制限が緩和された期間を利用し、英国へ渡航。サロンプリヴェでの展示と、ハンプトンコート・パレスで開かれたコンクール・デレガンスへコレクションを出展し、自身の存在感を示した。
彼が持ち込んだ2台は、70年ぶりに英国の土を踏んだことになったという。そのコレクションで、最も注目するべき1台といえるのが、1949年式ベントレーMk VI。第二次大戦後、本格的に量産を再開させたベントレーを象徴するモデルだ。
鮮やかなレッドとアイボリーのツートーン
Mk VIの多くには、ベントレーの工場で製造されたシャシーに、自社製のスタンダード・スチールと呼ばれた美しいボディが載せられていた。ブランドとしては、初めての生産方法だった。
同時に裕福なオーナーへ向けて、シャシーだけでの販売も続いていた。腕利きのコーチビルダーによる、特注ボディを載せられるように。このシャシー番号B-294-EYも、その1例に当たる。
ボディは、ロンドン中心部に拠点を構えていたコーチビルダー、フーパー社に依るもの。エンジンは、4257ccのFヘッドと呼ばれる直列6気筒を搭載している。
塗装は、落ち着いたカラーが選ばれることが多かった。しかし、インドの富豪が選んだ配色は、ルバーブ(ダイオウ)とカスタードという呼び名のツートーン。鮮やかなレッドとアイボリーという組み合わせが、今でも視線を集める。
華やかなベントレーをオーダーしたのは、キャプテン・ビンステッド氏。インド南部のマイソールで商業を営んでいた、マハラジャの1人だった。
プーナワラが説明する。「彼はマハラジャのために、6台や12台というまとまった数で、1度に注文していたはずです。これには、セブン・シスターズという愛称が付いていました」。まとめ買いを、マイソールする、とインドで呼ばれた時期もあったらしい。
ボディを観察すると、4枚のドアそれぞれに手書きで施された紋章に加えて、前後にもシルバーとゴールドの盾があしらわれている。ルーフの中央の盾は、マハラジャが乗車中に光で照らされたそうだ。
可能な限りの贅が凝らされた車内
車内もゴージャス。クリーム・レザーで仕立てられた肉厚なシートは、丁寧にグリーンのパインピングが施されている。
リアのコンパートメントは、可能な限りの贅が凝らされている。フロントシートの背もたれには、デカンタとタンブラーが納められたキャビネット。高級クラブのようだ。
アームレストを開くと、シルバーとカットグラスで構成されたバニティセットが並んでいた。メガネ用のトレイとお弁当箱も。
「購入は2005年。製造記録が残された書類を読むまで、マハラジャのクルマだとは知りませんでした」。とプーナワラが振り返る。
「最初にわたしが見た時は、普通のベントレーだったんです。状態もほどほど。ボディはブルーとシルバーに塗られ、紋章も残っていませんでした。マハラジャのヒントは、まったくなかったんですよ」
購入後に、シャシー番号B-294-EYの歴史が明らかになった。インド西部のムンバイに拠点のあったアライド・モータース社へ輸出される前、英国ハンプトンコートで撮影された写真も発見された。
詳しい調査を経て、2019年にレストアへ着手。最初のオーナーであるマハラジャ、ジャヤチャマラジャ・ワディヤル・バハドゥール殿下へ納車された時の状態へ、ベントレーは復元された。
当時の華やかさを表現する、見事な状態へ仕立て直されたMk VIは、2021年にインドで開催されたヴィンテージ・ラリー&コンクール・デレガンスへ出展。ベスト・オブ・ショーを受賞したほか、英国のサロン・プリヴェでもマールバラ公賞を獲得した。
この続きは後編にて。
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