BUGATTI VEYRON 16.4 SERIES
ブガッティ ヴェイロン 16.4シリーズ
元祖ハイパーカー、ブガッティ ヴェイロンの衝撃的な初試乗を振り返る 【Playback GENROQ 2017】
シロンに至る嚆矢、ヴェイロンの初試乗を西川 淳が振り返る
異次元の性能を見せたシロンの世界感は、紛れもなく前作のヴェイロンがあったからこそだ。2005年のデビュー時、1001psというスペックから始まったとはいえ、最終的には1200psにまで到達。そのヴェイロンの進化と印象を、シロンの試乗を終えたばかりの西川 淳が振り返る。
「ワークスドライバー兼エンジニアのピエールから名付けられた“ヴェイロン”」
天はピエールに二物を与えていた。彼は優秀なエンジニアであり、卓越したドライビングセンスにも恵まれた。友人で既に幾多のレース経験も豊富なアルベルト・ディーヴォによって、その才能を見い出されると、めきめき頭角を現す。そんなピエールをブガッティに引き入れたのは、エットーレの息子ジャンであった。もちろん役目はワークスドライバー兼エンジニア。数々の功績を残す。ハイライトはル・マン24時間レースでの優勝・・・。ピエールがどんな人となりであったか、ブガッティ史家でもない限り、詳細を知る人はいないだろう。けれどもクルマ好きならば、誰でも彼の名前だけは知っている。その事実から、ピエールがブガッティにとっていかに重要な人物であったかを理解することもまた、簡単だと思う。
ファミリーネームは、ヴェイロン。そう、復活したブガッティは、21世紀に生まれた“乗用車”の最高峰というべきモデルにピエールの功績を讃えてヴェイロンという名を刻み込んだのだ。1998年、VWグループがブガッティの商標権を手に入れるや否や、新生ブガッティを直轄部隊に加えたフェルディナント・ピエヒは、この老舗ブランドに託すべき究極の目標を大々的にアピールしている。世界最強の自動車製造グループ総帥がそれを公言した瞬間、自動車史上最強の伝説が生まれることは確実となった。いかに困難を伴おうと。世界最速にして、最もラグジュアリーな乗用車を新生ブガッティにおける1号車として造り上げる。2001年、ピエヒはそう宣言した。
2005年秋。世界最高の乗用車は待望のデビューを果たす。その肢体と走りを初めて目の当たりにしたのはモントレーだった。特にラグナセカにおけるデモンストレーションが強烈な印象を残した。バックストレートでなんとスピン。何回転もして停まってしまったのだから。そんなハプニングにも関わらず、ヴェイロンは当時の舌の肥えたクルマ好きを魅了した。すでに、ただならぬオーラを放っていたからだ。
「拍子抜けするほど尋常ではないフレンドリーさ」
1001ps。初期モデルのヴェイロン16.4を初めて駆ったときの印象の記憶は未だに鮮烈だ。豪華なコクピットはまるでコンセプトカーに乗り込んだかのよう。ベントレーもかくありきの高級素材でかためられているのにスポーツカースタイル。馬蹄型のセンターコンソールが迫りくる。コクピットに立ちこめる何とも言えず濃密な空気に走り出す前から、押しつぶされそうになる自分に気づく。
妙に息苦しい。知らない間に息を詰めていた。呼吸を忘れるほどに、舞い上がっていた。深呼吸、ひとつ、ふたつ、みっつ。我を取り戻す。乗り手の緊張感とはウラハラに大きなクーペはいとも簡単に走り出した。緊張感がすべて、スーッと引いていく。できるだけ軽く、慎重にアクセルペダルを踏み込んでみれば、この世に存在するどのスーパーカーとも違った、硬質なのにしなやか、重厚なのにかろやか、濃密なのにさわやか、に走り始めたからだ。
世界最高の乗用車が相手なのだからと全神経を張りつめ、過去の経験をすべて注ぎ込んで挑んでいるというのに、それをまるであざ笑うかのように、否、むしろそんな縮んだ乗り手を満面の笑みで優しく包み込むかのように、動き出す。尋常ではないフレンドリーさ。安心感とも言っていい。グループを挙げての産物であることが、ひしひしと伝わる。これは最新モデルであるシロンにも引き継がれた、現代ブガッティ最大の魅力のひとつだ。
優秀なマネージメントシステムの賜物だろう。想像を絶するパフォーマンスの出現は、ただ自らの右足ひとつに掛かっているというのに乗り手が落ち着いている限り、ヴェイロンはあくまでもジェントルに正に世界最高のラグジュアリーカーとして振る舞い続ける。スーパーカーらしさをみせることさえ未だない。アイドリングより少し上、1000rpm少々で既に750Nmものトルクを路面に伝え、それが十分な力をこの大きめのスーパーカーに与えてくれるから、右足のフェザータッチで驚くほど容易かつ思い通りに走らせることができる。
「凄まじい加速で脳みその血流が後頭部へと移動し、身体の前半分が虚になっていく」
エンジン出力を表すパワーメーターを見れば、街中では2気筒分くらいの馬力でコトが足りていた。豊か過ぎる低速トルクによって、重厚さを失うことなく、軽快さを手に入れている。あまりに気軽に乗れてしまったものだから、ついうっかり、ゴルフでも転がしているような気楽さで右アシに力を込めてしまった。
ほんの一瞬回転することをW16エンジンが躊躇ったと思った刹那、凄まじい加速が始まった。3000rpm後半からターボチャージャーが魔王の如き唸り声をあげ、脳みその血流が後頭部へと移動し、身体の前半分が虚になっていく。目が、白む。精緻なメカニカルノイズがターボの叫びと共鳴しはじめると、車体が一段と沈みこみ、路面と一体となった。もはや前を凝視することも叶わない。脳みそがメルトダウンしてしまったかのように、迫り来る景色の理由さえ分からなくなる。
その時、パワーメーターは800。なんとまだ2割、残っていたか。下半身がすっと浮き上がって胃袋を押しあげ、その反動で思わず右足が緩んだ。やっとひと息つく。ストッピングパワーも加速と同じくらい凄まじく、快感の域にすらあった。乗り手の操作ひとつひとつに極めて上質かつしなやかに反応し、あろうことかますますドライバーとの一体感を強めていく。形と大きさを見て、さぞかし乗りづらいクルマなのだろうと想像する方も多いだろうが、実際は違う。これほど乗りやすいスーパーカーは他にない。半時間も経てばでかいと思っていたクルマが、馴染みのゴルフのように従順に走っていた。これもまた“毎日スーパーカー”だ。
その次のヴェイロン体験は、同じ1001psのグランスポーツだった。08年のペブルビーチ・コンクールデレガンスで発表された世界最速のロードスター(タルガトップ)。特別なマシンの、もうひとつ、特別な仕様、というわけである。特殊加工の施されたポリカーボネート製ルーフパネル。それだけで、ドイツ製高級サルーンが買える。印象深かったのは、乗り心地が素晴らしかったことだ。クーペとは比べ物にならないくらい、懐の深い乗り味になっていた。それでは柔なヴェイロンか、と問われれば、まるで違うと答える。なぜなら、いざトップを外してみれば背後からW16エンジンの尋常ならざる囀りが絶えず聞こえ、乗り手の心臓をわしづかみにするからだ。
「ヴィテッセはまるでライトウェイトスポーツカーだった」
街中を痛いほどの視線を浴びつつ、まるで小型ジェット機でタキシングしているような感覚に襲われながら走る。踏み込めば風をナマで感じる分、破壊力はクーペの比ではない。否、風を感じる以前に音と速さで自律神経が麻痺してしまったかのようだ。世界最高の真のエンジンサウンドが今もまだ、記憶に木霊している。W16の威力をダイレクトに味わえるという魅力が、グランスポーツにはある。そして、最後のヴェイロン体験は、1200psのグランスポーツ ヴィテッセだった。最後のヴェイロンである。
ペブルビーチのブガッティハウスから、ブラック&ブルーのヴィテッセを駆り出した。驚いたのは前アシのさばきが、1001psとはまるで違っていたこと。ひと言でいって、ハンドリングマシンに生まれ変わっていた。17マイルドライブをまるで水を得た魚のように、小気味良く駆けていく。ワインディングロードへ向かった。路面は荒れているがそれをものともしない。乗り心地はさらに極上となっていた。タイトベントも器用にこなす。その強大なトルクパワーと相まって、まるでライトウエイトスポーツカーだ。ひらけたストレートでフルスロットルを試みる。1001psの記憶をそれは上書きして余りあった。パワーメーターはそのとき、1100psを示していた。
REPORT/西川 淳(Jun NISHIKAWA)
PHOTO/BUGATTI AUTOMOBILES S.A.S.
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