日産「スカイライン」に1000台限定で設定された「NISMO(ニスモ)」モデルに、今尾直樹が試乗した。
スカイライン神話
日産がこの夏に発表した限定1000台のスペシャル・モデル、スカイラインNISMOの販売が始まっている。広報車の用意もされたということで、早速、横浜みなとみらい地区にある日産本社で借り出し、箱根まで往復した。
簡単におさらいしておくと、スカイラインNISMOは、日産のモータースポーツを担うNISMOがスカイラインの旗艦「400R」をベースにレースで培ったノウハウを注入してつくりあげた、いわゆる“ファクトリー・チューン”のコンプリートカーである。来年はスカイライン神話の始まりとされる1964年の第2回日本グランプリから60年。GTの赤バッジがフェンダーの横に輝くスカイラインNISMOは、式場壮吉のポルシェ「904」を向こうにまわして奮闘したS54初代スカイラインGTへのオマージュでもある。
ただし、NISMOがくわえたフロント・バンパーの造形は、S54のあとのハコスカのフロントを思わせるものだったりする。第2回日本グランプリで結局のところ敗れたスカイラインの開発陣は、その後も打倒ポルシェに執念を燃やし、そうして生まれたのがR380で、その2.0リッター直6DOHCエンジンを引き継いでハコスカGT-Rが誕生、ケンメリGT-Rのあと、しばしの空白を経て、1989年、グループAレース参戦を前提にした電子制御4WDのハイテクモンスター、R32GT-Rへとつながる。スカイラインの名前こそないけれど、こんにちのR35GT-Rも、先人たちが築きあげてきた歴史と伝統なくしては存在しない。なんたる大河ロマン。スカイライン神話とは打倒ポルシェの夢にほかならない。
つい話が長くなってしまいました。内装はブラック基調に赤の差し色を効かせて、NISMOモデルであることを即座に悟らせる。7000rpmからレッドゾーンの始まるタコメーターの周囲は赤で縁取られ、速度計は280まで刻まれている。現行のV37スカイラインは2013年デビューだから、はや10年。この間、自動運転アシストのプロパイロットやV6ツイン・ターボの搭載など、改良は施されているけれど、いささかクラシックな雰囲気を漂わせている。それが筆者としてはありがたい。タッチ式スクリーンがはびこる最新モデルと違って、シフトレバーの形状といい、スイッチ類の配置といい、わかりやすいのだ。
でもって、タコメーターの近くにあるスターターボタンを押す。3.0リッターV6ツイン・ターボが目覚めると同時に、ステアリングのコラムが自動的に下がり、シートが前にスーッと動く。
足踏み式のパーキングブレーキを解除して、いざ発進。日産本社の地下駐車場から動き出しての第一印象は“軽快感”だった。それから首都高に上がって、東名高速に入り、小田原厚木道路を粛々と走って、箱根ターンパイクに至る。中高速コーナーが連続するターンパイクでの走りっぷりは印象的で、めちゃんこよかった。復路はその好印象がずっと続いたまま横浜まで戻った。
爽快なGTまずもってNISMOのGT500レース用のエンジン開発者が同じ開発施設でチューンしたという3.0リッターV6エンジンがすこぶる爽快にまわる。最高出力はスカイライン400Rの405ps/6400rpmから15psプラスの420psに、最大トルクは475Nm/1600~5200rpmから75Nmぶ厚い550Nm/2800~4400rpmに引き上げられている。トルクの塊。というのではない。広報資料にあるように「力強く伸びのある加速を実現」しているだけでなくて、エンジンの回転フィールにも伸び感があって、じつに気持ちイイのだ。
最大トルクの発生回転域がオリジナルの400Rよりも、より高回転になって、しかも上は低くなっている。どこから踏んでも同じようなフラット・トルクではなくて、直線的にシューっと伸びていく。高度経済成長期を思わせる、右肩上がりの爽快感、がある。7速ATの、「スポーツ」と「スポーツ+」のプログラムを独自にチューンしていることも貢献しているはずだ。
ただし、とりわけRの小さなコーナーが連続する、アップダウンのある山道では、ガバッとアクセルを踏んでキックダウンするときに若干、変速ショックが大きくなったりして、このATだと容量不足かも……と、感じる場面もあった。何度もあったわけではない。でも、フェアレディZが9速ATを採用しているのは、それもあってのことかもしれない。というのは筆者の想像である。
乗り心地も速度を増すほどにしなやかさを感じさせる。絶妙のセッティング、といっていい。こういってはなんですけれど、前述したように現行スカイラインは2013年デビューである。最新設計のモデル比ではボディ剛性も劣っているはずだ。だけれど、それをしなやかさというベールに包んでいる。
サスペンションは、フロントのコイルスプリングをおよそ4%締め上げている。リアは44%強化したスタビライザーを装着するのみにとどめ、ベースの400Rの足まわりを極力生かしている。電子制御の可変ダンピングと、ステア・バイ・ワイアのDAS(ダイレクト・アダプティブ・ステアリング)はそっくりそのままだ。
試乗中、目地段差の続いた路面でピッチングのおさまりが少々遅いと思ったけれど、それはサスペンションのしなやかさの代償でもある。ダンロップと専用開発した、ランフラットではない、通常のラジアルタイヤの働きも、しなやかな乗り心地のおおもとになっていると思われる。
足まわりの剛性感自体は高い。電子制御のダンピング・システムには手をつけていないものの、リヤのタイヤの幅が20mm広げられている。サイズは前245/40、後ろ 265/35のいずれも19インチで、リム幅をフロント0.5インチ、リア1インチ、拡大したエンケイの専用19インチのアルミホイールを採用している。こうすることで横方向の踏ん張りが効き、操舵初期の応答性がよくなる。前後重量配分を確認すると、56.5:43.5のフロントヘビーだけれど、それをまったく感じさせない。よく曲がる。それも安定感とともに。耐フェード性に優れた専用パッドを使うブレーキも安心感たっぷりの制動力を発揮する。
公道は日産のテストコースよりも路面の変化が激しくて多様でもある。その過酷な公道でスカイラインNISMOは爽快なGTっぷりを披露した。仮に、若干の古さを感じさせたとしてもご愛嬌。そもそも、ピュア内燃機関の高性能後輪駆動セダンなんて、反時代的ジャンルだと指摘されたら、その通りである。反時代的!? 1000台限定のスペシャルなのだから見逃してほしい。あるいは、いまの日産にとって打倒ポルシェにどんな意味があるのか? という疑問もあるかもしれない。いや、意味は大いにある。これこそロマンなのだ。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.) 編集・稲垣邦康(GQ)
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これで商売になりますか?