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バイクは70歳から! 生きていることを実感するために走る、元内科医

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バイクは70歳から! 生きていることを実感するために走る、元内科医

 日本自動車工業会の調べによると、2018年度のバイクの新車購入者の平均年齢は52.7歳。そして2019年度は54.7歳と、高齢化の一途を辿っている。

 それにしても、70歳で新たにバイクの免許を取る人は非常に珍しい。松本茂さんは70歳で免許を取得し、71歳の今、サーキットを駆けている。1000ccスーパースポーツモデルに乗ることを目標に、刺激を楽しむ日々だ。

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文/高橋剛、写真/高橋剛

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■医者として患者の命を預かってきた。今は自分の命だけ

 「アドレナリンが噴き出るような行為を楽しみたいんですよ」。

 ホンダCBR250RRを降り、ヘルメットを脱いだ松本茂さんが笑顔を見せた。10代や20代の若者、ではない。松本さんは昭和24年生まれの71歳である。叩き上げのベテランライダーでもない。

 普通自動二輪免許、いわゆる中免を取得したのは今年5月。70歳でデビューを果たしたばかりという、ピカピカの1年生ライダーなのだ。

 しかもライダーとしての目標を、「リッタースーパースポーツモデルであるCBR1000RR-Rで、国際サーキットのツインリンクもてぎを走ること」と設定している。

 「いやぁ、レースをするつもりはありませんよ。ツーリングペースで走れれば十分なんです」と言いつつ、「CBR250RRを買ったのは、CBR1000RR-Rに乗るためのステップ」と、かなり本気だ。

 驚きは続く。松本さんは元・内科医である。60歳を機にすっぱりと医業から退くと、10年間はロッククライミングに興じた。

 その没入度合いも凄まじい。マッターホルン、シャモニー、アイガーといった、クライマー垂涎の名だたる岩山を攀じ登っているのだ。数百メートルの断崖への挑戦は、もちろん、落下すれば死を意味する。極めて高いリスクを負うスポーツだ。

 「医者をやっている間は、人の命を預かっていた。自分のミスで死んでしまうのは、私じゃなくて、患者さんだったんです。でもクライミングなら、ミスをして死ぬのは自分。100%自己責任という世界です。そういうのが好きな性分なんでしょうね」

 医師として全力を尽くし、患者の命を守ってきた。遊ぶことも一切なく、松本さんは責任をまっとうしようとあらゆる努力をした。

 「そりゃあ緊張感がありましたよ」と振り返る。患者の命が関わることだけに、仕事を楽しむなどという考えはなかった。開業医だった松本さんは、昼夜を問わず、電話が鳴るたびに「患者さんに何かあったかもしれない」とビクつく日々だった。

 その職から解き放たれた時、今度は自分の命を相手にして、ひりつくような緊張感を楽しみたいと思ったのだ。膝を痛めてしまい、クライミングを続けられなくなった松本さんが次に見出したのが、バイクだった。

■生を実感するために、リスクをマネジメントしたい

 「クライミングもバイクも、リスキーな趣味です。でも、そこがいい。私は、“死にたい”なんて思っていない」と松本さん。

 「むしろ逆です。リスクマネジメントすることで、生きていることを実感したいんです。どうせいつかは死んでしまいますからね(笑)。それなら、生きている時間を有効に使いたい。私の場合、“それがアドレナリンが噴き出るような行為”、なんでしょうね」

 「バイクに乗れるのは、女房のおかげ。感謝しています」と松本さんは言う。

 「ただ家にいるだけだと、どうも私はシュンとしているようなんです。それなら好きなことをやってくれた方がいい、と言ってくれる。たぶん理解はしていないでしょう(笑)。でも黙認してくれている。バイクに乗りに行く時も、快く送り出してくれるのが本当にありがたい」

 生を実感するために、リスクマネジメントができるバイクに乗る。理解者である奥さんの手前もあり、決して無茶や無謀をしたいわけではない。だから松本さんはライディングスキルを高めるために、最良と思われる方法を選んだ。

 元MotoGPライダー、青木宣篤さんが行っている完全マンツーマンのプライベートレッスン、「アオキ・ファクトリー・コーチング」に参加したのだ。免許取り立てで「レーシングライダーのコーチをサーキットで受けよう」とはずいぶんな飛躍にも思えるが、必ずしもそうではない。

 「クライミングでも、いいガイドさんについてもらいました。目的、目標を見つけた時に、もっとも適した先生を見極める眼力が自分にはあるんじゃないかな、と思っています。

 人づてで青木さんをご紹介いただいた時、『教習所では1本橋が苦手でした』と言ったら、青木さんの返事は『僕も苦手です!』(笑)。世界的に有名なレーシングライダーなのになんて率直なんだろう、と。信頼できる人だな、と思いました」

 「自分はアマチュア。信頼できるプロの教えには100%従う」と松本さん。青木さんの後ろについて袖ヶ浦フォレストレースウェイを走る姿は、やる気に満ちている。しかも、ビギナーとは思えないほど、バイクという乗り物の基本をしっかり理解した走りだ。

 おかしなことを一切していない。妙な怯えもない。すんなりとCBR250RRを操っている。とてもではないが、数ヶ月前に初めてバイクに乗った71歳には見えない。

■年齢に追いつかれたくない。だから頑張る

 「理系の方だからか、松本さんはまずとことん調べ上げるんです。バイクに関する知識量はものすごくて、すでに僕よりあるかもしれない(笑)。しかも持っている知識が的確で、どれも正しいんですよ。もともと物理学がお好きだったそうなので、すごく理知的に物事を捉えているんです」と青木さん。

 松本さんはCBR250RRについて、「非常に旋回性が高いバイク。電子制御スロットルのリアクションは実にリニアですね。反応が適切だから、ブリッピングしやすい。もっとも、クイックシフターのシフトダウンは優秀で、私より上手なぐらいですけどね(笑)」

 「スーパースポーツのスタイルをしていますが、そこは250cc並列2気筒。いくらでもアクセルを開けられます」とインプレッションを語る。モーターサイクルジャーナリスト顔負けの鋭さで、猛勉強の跡が窺える。

 「私が思うように体を動かせるのは、せいぜいあと10年でしょう。その間にやれるだけのことをやりたい」と、いくらか急いている節もある。

 サーキット走行中も、前を走る青木さんにグウッと接近するシーンが何度かあった。アクセルを開けたくて仕方がない気持ちがあふれているのだ。だが、青木さんはそれを抑える。ゆっくりと、じっくりと、本当に少しずつペースを上げていく。

 「いくら松本さんの知識が豊富でも、何しろ免許を取られたばかりですからね。バイクで走っている時間──経験値は圧倒的に少ないんです」と青木さん。

 「今はあまり考えすぎずに、少しでも多くバイクに触れて、慣れてもらう段階。スピードを出したい気持ちは分かりますが(笑)、僕と同じラインを通ってもらうことを意識してもらっています」

 バイクでサーキットを走るにあたって、走るべきラインをきちんと通ることは非常に重要だ。スリムなバイクに対してサーキットのコース幅はかなり広く見えるが、正しいラインは非常に狭い。

 しかも「ライン」という名称ではあっても、単純な2次元の線を指しているのではない。

 コーナー手前でブレーキをかけ始めること、コーナーに向けて車体を倒し込むこと、コーナー出口に向けて車体を起こしていくこと、そしてアクセルを開けることなど、さまざまな動作や操作が正しいタイミング、正しい量、正しい速度で遂行されなければ、正しいラインを通ることはできない。

 簡単なようで、簡単ではないのだ。

 実際、松本さんは、前を行く青木さんのラインを完璧にトレースはできていなかった。スピードを出すだけではなく、的確にスピードを落とすことも学んでいかなければならない。

 「頭の中ではうまく行ってるんだけど、現実には無理(笑)。難しいものですね。でも、易しいことならすぐに飽きてしまう。ライディングは難しくて奥深い。完成することがなさそうですよ、永遠に。だから楽しくて仕方がないんです」

 サーキットを走りながら、少しずつスピードを上げる。それにつれて、ブレーキをかけた時に体にかかる重みが増す。アドレナリンが噴出する。リスクが高まっていることも、当然、体で感じている。

 それをコントロールできた時、「生きている!」と実感できる。そして、残された時間が少しずつ減っていることも──。

 「体幹を中心に体を鍛えるトレーニングを重ねていますが、年齢との追いかけっこですよ。今はまだ年齢に負けていないけれど、いつか追い越される時が来るでしょう。その日を、1日でも遅らせたい」。

 年齢に抗いながら、若い心を保ち続けようとする松本さん。こういう熱い魂の持ち主のために、バイクという乗り物はある。

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みんなのコメント

3件
  • 沢山の命を預かり、助けてこられた先生だからこその境地、なんでしょうか。
    どうぞ、お怪我には気を付けて永く深く習得されていかれますよう。

    私は数十年とサーキットを走っておりますが、生きている意味を感じたいから、なのかなw・・・
    いや、そうなのかも知れません。このテンションが全く無い人生は考えられない。
    毎日トレーニングや嗜好品を断つ事なども無く、健康もどうなっていたことか。
    骨折くらいは何度もありましたが。
    リッターSS、サーキットでいつかお会いできるとイイですね!
    あ、貸し切りかな?www(冗談でございます)
  • 「生きている事を実感」昔、本気で国際サーキット走ってる時には、死と隣合わせな事を覚悟してたから、やることなす事「ああこれが最後のトイレかもな」「これであいつと会うのも最後かな」とかwそういうのは有った。
    今では逆に街乗りで実感するわ。「こんなスマホ注視ドライバーだらけの中バイクで走るなんて、自殺行為やな」とかw
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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