脳裏に焼き付けられる野性的な響き
2009年のこと、ピンク・フロイドのメンバーだったニック・メイスン氏が所有するマクラーレンF1 GTRへ、AUTOCARの元編集者、スティーブ・サトクリフ氏が試乗した。その様子はユーチューブで見れるが、再生数は120万回以上に達している。
【画像】公道を走れるレーシングカー ジネッタG56 GTR G40とG60 過激なマシンは他にも! 全114枚
この中で、シーケンシャルMTを豪快にシフトダウンする瞬間がある。6.1L V12エンジンの凄まじいレスポンスは、鳥肌が立つほどだ。
そんな記憶が蘇った理由は、筆者が乗るブルーのクーペが、似た音響体験を生み出すから。F1を凌駕はしないが、脳裏に焼き付けられる野性的な響きだ。
グレートブリテン島の真ん中、リーズの街から少し離れたところに、ジネッタ・カーズの拠点がある。モータースポーツ・シーンでの活躍を考えれば、G56 GTRの本性にも納得できる。
レーシングドライバーのランド・ノリス氏は、ジネッタ・ジュニア選手権で腕を磨いた。ル・マン24時間レースに向けて、LMP1仕様のG60-LT-P1もジネッタは開発している。トヨタのプロトタイプへ対抗するために。
同社の生産プロセスで印象的なのが、自社完結型なこと。溶接用ワークショップに、コンポジット構造を焼成するオートクレーブと呼ばれる巨大な圧力釜、エンジンの組み立てエリアなどが、工場内に点在している。
組み立て待ちのトランスミッションやサスペンション、ワイヤーハーネス、アルミの削り出し部品なども、整然と並んでいる。これらが一体となり、見事なレーシングカーが誕生する。公道走行が許された、限られたモデルも。
ワイルド・スピードに出てきそうな姿
遡ること2012年、ジネッタは公道走行できるG40Rをリリースしている。マツダMX-5(ロードスター)用のドライブトレインを流用した、車重800kgのクーペだ。
同時期に、ル・マン・マシンとは別物のG60も作られた。これは、フォードのV6エンジンをミドシップした、カーボンファイバー製のクーペ。ABSやトラクション・コントロール、パワステ、ブレーキ・サーボが備わらない、生々しく楽しいジネッタだった。
それ以降、同社はモータースポーツへ集中。ジネッタ・アカデミーを立ち上げ、世界最高水準のアマチュア・モータースポーツ・シリーズとして成長させてきた。かくして、10年以上ぶりのナンバー付き最新作が、G56 GTRだ。
ボディはカーボン製。ボンネットを固定する、レーシングラッチがタダモノではない感を醸し出す。エアジャッキ用のポートも見える。ワイルド・スピードに出てきそうな姿だが、プロポーションは美しい。
フロントスプリッターは路面ギリギリに低く、リアウイングとバランスを取っている。エグゾーストパイプはボディサイドを迂回し、後方へ導かれる。シャシー底面は、完全にフラットだという。
ドアを開くと、チューブラーフレームを覆った、カーボン製サイドシルが出迎えてくれる。シートはバケットだが、表面がキルティング加工でイイ感じ。
ドライバー正面のモーテック社製LCDパネルは、レーシングカーのまま。ロールケージがコクピットを包み、ピットレーン用のスピードリミッター・ボタンも残る。
シボレーのLS型V8をフロント・ミドシップ
ダンパーは、マイルドなG56 GTAへ組まれる、シンプルなツーウェイ調整式。トランスミッションは、ストレートカットのシーケンシャルではなく、トレメック社製のマニュアル。高い位置へ伸びるシフトレバーの上部に、削り出しのボールが付く。
フロント・ミドシップされるのは、ドライサンプ化されたプッシュロッドの6.2L V8エンジン。シボレーのLSユニットで、最高出力は推定426ps。搭載位置は限りなく低く、1110kgの車重を受け持つ。
受注生産で、個別に公道用モデルとして認証を受ける必要があるらしい。これはかなり複雑な作業で、英国価格が14万ポンド(約2260万円)に達する理由の1つでもある。
スターターモーターが甲高く鳴き、V8エンジンが始動。クラッチペダルは小さいが、かなり重い。ミートポイントは、うっかりすると逃してしまうほど狭い。
助手席で、モータースポーツ部門の責任者を務めるマイク・シンプソン氏が、聞こえるように叫ぶ。基本的には、GT4クラス向けに開発されたG56のデチューン版らしい。「公道を走れるレーシングカーです。そのように扱ってください!」
G56 GTRの動力性能の高さは、ご想像の通り。シンプソンは、992型のポルシェ911 GT3 RSと、互角に走れると考えている。
アクセルレスポンスは、極めてダイレクト。レーシングカー並みに鋭く、予測しながら丁寧に傾けない限り、ガクガクと揺さぶられてしまう。油圧アシストが備わるステアリングホイールは、滑らかに回る。
平滑な路面で顕になる潜在能力の高さ
試乗車は、シルバーストンなどのサーキット走行が前提のセットアップだった。ネガティブキャンバーが公道には強すぎると、シンプソンは認める。平滑ではない路面で進路が乱れ、僅かな凹凸もボールジョイントを介して伝わってくる。
ジェットエンジンを背負い、石畳を自転車で走っているような感じ。ちょっとレーシー過ぎる。
滑らかな路面へ出れば、潜在能力の高さが顕になる。ステアリングの精度と感触が明確になり、タイヤは路面へビタリと追従。シャシーが、両手と腰骨の延長に感じられてくる。6.2L V8エンジンの爆発を、存分に楽しめるようになる。
右足へ力を込める自信を抱ければ、G56 GTRの運転体験は格段に深くなる。吸排気音は、僅かに追加された防音材を通過し、圧力波のようにドライバーを襲う。
ステアリングの正確性に唸る。トレメック社のMTは、感動するほど扱いやすい。重めのペダルは、ヒール&トウへ最適化済み。マフラーから、アフターファイアが吹き出す様子が目に浮かぶ。ボディは小ぶりだから、道幅を有効に使える。
シンプソンがつぶやく。「こんなクルマは、もう殆ど作られていませんよね」
それはそうだ。こんなクルマは売るのが難しい。防音性を高め、低速域での扱いやすさを増し、レーシングカー然としたボディをなだめなければ、数は捌けないだろう。だが、ジネッタには大きすぎるプロジェクトになるはず。
仮に、同社が実行すると決めたら。ドライバーを魅了する、圧巻のマシンが完成するに違いない。
レーシングカーのG56 GTAも味見
翌日は、ブライトンパーク・サーキットへ移動。LMP1マシン開発のため、ジネッタが2017年に購入した場所で、レーシングカーのG56 GTAを短時間だけだが解き放たせてもらう。3.5L V6エンジンを搭載する、ジネッタ・アカデミー用のマシンだ。
ABSもトラクション・コントロールもないから、ドライバーの経験と感性がすべて。この上ないほど走りはピュアだ。コースレイアウトは比較的シンプルだから、うっかり小さなミスを犯しても、出禁になることはないだろう。
許されたのは数ラップだけだったが、まさに没入体験。アカデミーで腕を磨くアマチュア・ドライバーの興奮と神経疲労を、垣間見ることができた。公道用にG56 GTRを用意すれば、自宅からサーキットへの往復で、気持ちの準備を整えられるかもしれない。
ジネッタG56 GTR(英国仕様)のスペック
英国価格:14万ポンド(約2260万円/予想)
全長:−mm
全幅:−mm
全高:−mm
最高速度:257km/h
0-100km/h加速:3.5秒(予想)
燃費:−km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:1110kg(予想)
パワートレイン:V型8気筒6200cc 自然吸気
使用燃料:ガソリン
最高出力:426ps(予想)
最大トルク:55.2kg-m(予想)
ギアボックス:6速マニュアル(後輪駆動)
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