BMWのMモデルとはどんな存在なのか。Motor Magazine誌では2008年1月号のBMW特集の中で「Mモデルの真髄」を探るべく、ともにスポーツカーの頂点に立つ、M3クーぺとポルシェ 911カレラを比較試乗している。Mモデルの価値とはどういうものなのか。ここではその興味深い検証を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年1月号より)
世界の自動車メーカーから目標とされる「似た者同士」
BMWのMモデルとポルシェ911。方や人気ブランドのイメージリーダーというべきスポーツモデル、方や世界が認めるスポーツカーの代表的存在。単純なパフォーマンス比較などほとんど意味がないし、それらを求めるユーザー層もまるで違っていよう。
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けれども、拡大するプレミアムスポーツカー市場において盤石の人気を博し、一定のシェアを獲得しているというただ一点で共に「大きな存在」、つまりはその他大勢の新興勢力から目標とされる「似た者同士」である。
最も「安い」MモデルはZ4ベースのMクーペ&Mロードスターだ。その上に、とうとうV8を積むに至った新しいM3、さらにはV10のM5&M6と続く。ポルシェ911の中で最も安い「素の」カレラ(6速MT)が、ちょうどM3とM5の間の価格。M6とちょうど肩を並べるのがGT3だ。
個別の性能差はさておき、それらを手に入れる対価の絶対値という点でも、BMWのMモデルと911シリーズには、重なり合う部分が随分とあると言うことができる。今回は「あえて」同じマニュアルミッション仕様となるM3と911カレラを乗り比べることで、スポーツプレミアムカーたるBMW Mモデルの真髄に迫ってみたい。
秋まっただ中の八ヶ岳山麓で2台を乗り比べていると、あるシーンがふと思い出された。グループ5=シルエットフォーミュラで相見える3.5CSLターボと911/935。前者こそは実質的にMモデルの始まり。両車には浅からぬ因縁があるかも知れない。
70年代、Mの高性能を証明するためにポルシェに挑む
本題に入る前に、BMWのMとポルシェ911の、微妙にシンクロする歴史を振り返ってみたい。そうすることで、両車が現代に至るイメージがより一層、わかりやすくなると思う。
歴代ポルシェ911シリーズこそ、現代に繋がるプレミアムスポーツカー市場のパイオニアだった。エンジンリア置き後輪駆動という、今となっては稀なレイアウトを磨き続けたことが、ライバルのいない世界を拓き、名声を得て、ついにはブランドになった。RRというパッケージングをモノにしようと半世紀にも及んだ不断の追求と進化の結果が、ポルシェ911という特別なスポーツカーを生み出し、スポーツでプレミアムなマーケットが生まれたのだ。
60年代後半から末期にかけて最初の911シリーズ(いわゆるナロー)が好評を博すと、まずはイギリスやイタリアのスポーツカーブランドが二匹目の泥鰌を狙う。ロータス、フェラーリ(ディーノ)、ランボルギーニ……。コンセプトやスタイリングにそれぞれ見所あるモデルが投入されたが、性能や品質で見劣りしたうえ、さらにはオイルショックといった市場環境も手伝って、70年代前半になると911の真のライバルというべき存在(2+2の本格スポーツカーとして)はすでにほとんどいなくなっていた。
60年代のBMWはといえば、クワント家の介入によりダイムラー・ベンツへの吸収を免れた後の、世界初のモノコックボディ量産車1500シリーズ(ノイエクラッセ)により、起死回生の復活を遂げていた。70年代に入って、フォン・クーネンハイムやロバート(ボブ)・ラッツといった後世に語り継がれる自動車界の若き巨人たちによって、アメリカを始めとする海外市場においてもブランド力を高めようと画策されつつあった。
1972年のBMWモータースポーツ社設立がその手始めであったことは、言うまでもないだろう。フォーミュラとツーリングカーを中心としたモータースポーツ活動。中でもメーカーの威信がかかったツーリングカー選手権は、スポーティで進歩的なブランドというイメージを世界に広めるにはもってこいの舞台だった。1973年にモータースポーツシーンを席巻した流麗なスポーツクーペ、3.0CSLこそが「Mの起源」であるというマニアも多い。この年から、今に続くあのMストライプが誇らしげに使われるようになったのだ。
スポーティなブランド造りとモータースポーツ活動。ここで、ポルシェ911との接点が初めてあったのではなかろうか。ポルシェ911が確立したジャーマンスポーツカーというブランド力は、新生BMWにとって利用しがいがあったはず。それに上手く乗じるためには、自身のパフォーマンスがポルシェと同等であることを自ら証明しておかねばならなかった。その舞台もまた、モータースポーツシーンをおいて他はなかっただろう。
BMWのM(の起源)が、ポルシェ911系のレーシングカーと同じ土俵で、名実共に互いの威信をかけて戦うことになったのは、1976年のこと。この年、それまでのオープン2シータースポーツカーに変わってシルエットフォーミュラシリーズにマニュファクチャラーズ選手権がかけられた。
ポルシェ911ベースのモンスターマシン935が無敵の強さを誇った。BMWは3.5CSLターボで強敵に挑み、その信頼性の高さで幾度か勝利したものの、力及ばずに終わる。
結果的にここでの敗北が、Mモデルの1号車「M」1を生むことに繋がった。古いセダンをベースに高性能エンジンを積んだだけでは、RRレイアウトをレーシングカー向けに巧みに改造した911レーシングに勝てる見込みなどなかったのだ。それゆえの、ホモロゲーション/ミッドシップカーだった。
M1の登場は、思いも寄らぬ成果をもたらす。レギュレーション変更で行き場を失ったこのジャーマンスーパーカーを使ったワンメイクレースを、しかもF1の前座として行うことを思いついたのだ。たった2年、それもクルマやタイヤの他メイクスを駆るドライバーが出場できないという「企画倒れ」な面もあったが、プロモーション的な意味合いでも、80年代に入ってのF1参入と栄冠の端緒となったという点でも、価値のあるものではあった。
80年代、BMWモータースポーツ社は攻勢に出る。1983年のF1チャンピオンの余勢を借り、M635CSi(後にM6)、1984年のM535i(後にM5)、1985年の初代M3、そして1988年の2代目M5&M5ツーリングまで、怒濤のニューモデルラッシュをみせた。BMWはF1という世界最高峰のレースでいきなり頂点に立ってみせることで、その強烈なイメージを市販モデルのトップグレードたるMモデルに利用することを思いついたのだった。
かつての911/935とM1のときのように、同じ土俵で戦うことの意味のなさを、かのBMW M自身が見切った結果であるようにも思える。
対照的にポルシェはその頃、ル・マン24時間などを中心とした市販モデルのグレードアップ版による耐久レースにおいて、そのブランドイメージを一層盤石なものとしている。
BMW Mモデルの今に繋がるコンセプト、簡単に言えば「より高性能に、よりスポーティに、よりラグジュアリーに」の萌芽が、すでにこの時期、見て取れる。ツーリングモデルまで用意された2代目M5が、それである。
このクルマの登場を境にしてBMWのMは、それまでのコンペティション臭をかなり払拭している。M3スポーツエボリューションのようなスペシャルモデルでサーキットユースのユーザーを満足させつつも、全体としてはよりスポーツラグジュアリーな方向へと歩みはじめたのだった。当時のトップは、カール・ハインツ・カルプフェル(後にロールスロイス、アルファロメオ)。彼の目には、将来のスポーツプレミアムカー市場がくっきりと見えていたのではないだろうか。
80年代末にレース活動から完全撤退し、ひと足先にラグジュアリースポーツの世界を極めはじめたアルピナの動向も無関係ではなかったはずである。
1993年。BMWモータースポーツ社からBMW M社へ。1977年から始めたドライバートレーニング活動、Mモデルや特殊モデルの企画開発、限定モデルの開発と生産を担当する会社としてリスタートしたのだ。F1をはじめとするモータースポーツ開発部門が社内ディビジョンとなるに至ってはっきりと、Mモデルはモータースポーツに起源を持つものの実質的にはコンペティションとは独立したブランドとなる。
ここにスポーツプレミアムブランドの「M」が正真正銘のスタートを切った。
オールマイティさという点では911よりもMモデルの方が上
前置きが随分と長くなってしまったが、BMW M社およびMモデルのイメージが随分とはっきりしたのではないだろうか。純粋なスポーツモデルだという印象を好意的にもっていた読者諸兄にとっては、ひょっとして歓迎されざる説明かも知れないが……。
4世代目となった新しいM3に乗ると、そんなMモデルが歩んで来た歴史、方向性が手に取るようにわかる。高性能エンジン(しかもMだ!)+マニュアルミッションであることを忘れさせるほどにフレキシブルで町中での扱いは楽だ。クラッチペダルは何かを強要するほどには重くなく、コントロールしやすい低速トルクがクラッチミートやギアチェンジを容易にする。
乗り心地も悪くない。最近になって質感が増したノーマルラインアップのMスポーツ仕様と同等なレベルにまでなっており、横に女性を乗せてもあたかもフツーのBMWであるかのように使えるはずだ。
「Mに乗っているんだなあ」という実感は、逆にいえば低速域、低回転域では皆無と言っていい。スポーツ性を感じるのは、エンジン回転数が4500rpmを超えたあたりからであり、そこまでは洗練とかスムーズといった言葉の方がよく似合う。
3速4500rpmで100km/h、2速だと5000rpmで80km/hを超えてくるから、M3の「わくわくどきどき」を味わいたいと思うと、日本の公道上では遵法精神を少なからず無視せねばならないことになる。
その点、最もベーシックなグレードとはいえ、ポルシェ911カレラは乗り込んだ瞬間からスポーティだ。ティプトロニックを積んだモデル以降、GTカー的位置づけで見られることが多くなったが、時代時代の他モデルと比べてみれば、そこは911、いつの時代も根っからのスポーツカーであり続けたことに変わりはない。
すとんと腰を落とすシートポジションそのままに、地を這うようなライドフィールに始まって、路面状況をストレートに伝えるシャシ、あくまでもソリッドなボディ、そしてドライバーをゾクゾクとさせるエンジンフィールまで、どこをどう切っても911はスポーツカーであり、これに比べれば、たとえM3であろうと、もちろんM5&M6にお出まし願っても、MはGT寄りであると言わざるを得ない。
だから、私は常々思っているのだが、911は本当にスポーツカーが好きという人に乗ってもらった方が幸せ度は大きい。あれを、ファッションやらステータス性やら街乗りその他、日常の延長線上にのみ使うのはもったいないし、本当はしんどいはずである。
911の強みはその高い信頼性と、スポーツカーでありながら日常的に使えるというオールマイティさにあるのだが、それはすべてを求める人に対しての方便であり、GTカーレベルのパフォーマンスを求める人に本当にマッチするとは思えないのだ。乗り心地など、我慢を強いられることが多いのではないか。
だとすればスポーツ性をほどよく持ち込み、GTカーとしての性能を高みに上げてきたMモデルの方がより一層多くの人にとってのオールマイティということになりやしないか。
M3、M5、M6の3モデルは、どこまでもよくできたGTカーだ。これらをスポーツ走行重視で買ってももちろんいいが、主眼はまったく別のところにあると言っていい。ポルシェの持つジャーマンスポーツ性と少しだけ被らせながらも、AMGメルセデスの領域にさえ踏み込もうとしている。
ただし、Z4M系は別である。こちらは純粋にスポーツカー的な要素がいまだに強い。ストレート6のMが味わえるのも貴重であり、パッケージそのものが走りを楽しむ方向に向いている。
スポーツカーかGTカーか。そんな大きな区分けをすれば、MモデルはGTカーなのだ。スポーティな演出が施された、極上のグランツーリスモ。
今やそういうクルマは世に多いのだが、その中でMモデルが独自の地位を保っていられる要素はといえば、やはりエンジンに尽きる。V8にせよ、V10にせよ、低回転域ではジェントルでスムーズ、昔のようなわくわくどきどき感に欠けるとはいうものの、高回転域での素晴らしさは相変わらずであり、「ジドウシャはエンジン」という想いを今なお抱かせる貴重な存在。この時代に生まれた以上、素直な内燃機関の最上を一度は味わっておきたい。
高回転域で楽しまなければならないという欠点(日本という国の特殊性でもある。高速道路の制限速度など、技術、インフラ、性能すべて一体となって、早急な改革を望みたい)はあるものの、Mモデルの魅力はやはりその精緻極まるエンジンにこそある。
基本性能がもともとスポーティで高いBMWラインアップの頂点グレードであるという意味においては、単純なスポーツ性能よりもむしろ、エンジンだけが特別なBMWであることの方が、私は意味があると思っている。
MモデルこそBMWの最良の姿、ということもできるからだ。(文:西川淳/Motor Magazine 2008年1月号より)
BMW M3クーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4620×1805×1425mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1630kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:3999cc
●最高出力:420ps/8300rpm
●最大トルク:400Nm/3900rpm
●駆動方式:FR
●トランスミッション:6速MT
●車両価格:996万円(2007年)
ポルシェ 911カレラ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4425×1810×1310mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1440kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3595cc
●最高出力:325ps/6800rpm
●最大トルク:370Nm/4250rpm
●駆動方式:RR
●トランスミッション:6速MT
●車両価格:1150万円(2007年)
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by マルコム・セイヤー (以後お見知りおきを)