トヨタの新型「MIRAI」のプロトタイプに齋藤浩之が試乗した。メーカー自身が“フラグシップ”とうたう新型は、画期的なトヨタ車であるだけではない。画期的な問題作である。
こんなトヨタ車って、いつ以来だ?
これからのジープは“エコ”に乗ろう! レネゲード4xe試乗記
「あっ、これは……」。さしたる予備知識も持たずに着いた会場で、新MIRAIの姿が視界に入った途端、時間が止まるような感覚を覚えた。ここは富士スピードウェイのショートサーキット。正式発表と発売が間近に迫ったトヨタの新型MIRAIの事前説明会と試乗が行われる。ピット前には鮮やかな青や赤のメタリック、白といったボディ・カラーをまとったMIRAIが並ぶ。手前の駐車場の方にも1台いて、それが準備のためか目前をゆっくりと移動していく。その姿から目が離せなくなった。
時間が止まるような感覚。このクルマをどう判断したらよいのかと頭の中で片っ端から引き出しを開け、必死になって記憶の断片を繋ごうとしていたのかもしれない。こんなことはそうそう起こるものではない。35年ほどこの仕事を続けてきた半生を振り返っても、そう何度もなかった。南仏で開かれたE36のBMW「3シリーズ」の国際試乗会のときがそうだったか……、いや、水道橋のトヨタ東京本社で行われた2代目「プリウス」の事前説明会の時がこうだったか……、それともフィオラノでやったフェラーリ「F355」の発表説明会の時がこんな感じだったか。さして多くもない知識を総動員して、眼前のクルマにどう臨むべきか、態度を決めようと、もがく自分がいる。
Sho Tamuraスタイリングが初代MIRAIとはまったく違う。どこか取っつきにくい形の初代とは違って、この2代目MIRAIは美しい。均整がとれている。なにかをこれ見よがしに訴えかけようとしていない。すんなりと心に入ってくる。見る者の神経を逆撫でするようなところがどこにもない。しかし、記憶の中にこんなトヨタ車はこれまでに1台もない。
流れるようにリアエンドに収束していくルーフ・ラインをもったファストバック・スタイルのクルマなのに、ボディがかなり大きい、いや、長い。全長はざっと5mはあるだろうか。遠近感が狂いそうになる。その大きさのなかにあって、タイヤが小さく見えない。いったい何インチなのか?
しかも、その位置が、初代MIRAIとは明らかに違う。後輪駆動なのか?
toyota-mirai03_g3リア・エンドは控えめにスポイラーを形成するかのように鋭いエッジを作っているけれど、メイン・ボディとは一体化せずに複雑な造形が施されている。落ち着いた感じがある。顔はどんなだったかを確かめようと、目がピットに並んだクルマのノーズに移る。初代MIRAIの印象を決定づけていた、まるでジェットファイターのような空気取り入れ口がない。ブラック・アウトされたグリルは確かに大きいものの、綺麗に鼻先の造形に溶け込んでいる。ノーズの最先端には誇らしげにトヨタのエンブレム。
Sho Tamuraん? よく見ると、ノーズからウインドスクリーンへと向かうボンネットにフラットな面がある? 無駄な装飾ラインを根こそぎ排除したかのように滑らかな線と面で繋ぎながら、ところどころに立てた鋭いエッジのおかげか、緊張感もある。これだけ大きなクルマなのに茫洋としていない。
どれほどの長い時間をかけてデザインされたのか? こんなトヨタ車って、いつ以来だ? 美しいプロポーションと精悍な顔つき。まさかこんなに長い時間、目がスタイリングを追い続けることになるなんて。新しいMIRAIが例外的に力のこもったクルマであることに間違いはなさそうだ。初代「セルシオ」以来の出来事が起ころうとしているのか? 2代目プリウスと同じような飛躍が起ころうとしているのか? そういう感慨が胸のなかに湧いてくると、なにやら身の引き締まる思いがした。
Sho TamuraMIRAIの使命
説明会が始まると、合点がいった。曰く、新型MIRAIは“トヨタの最上級セダン”であると言い切ったのだ。つまり、ショーファー・ドリブン用途の特殊なクルマといっていい「センチュリー」を除くトヨタ車の頂点に立つクルマということだ。終焉の時を迎えつつある古典的セダンの世界を看取るかのように孤軍奮闘するクラウンの後を継ぐのが、この新しいMIRAIだと言っているのである。
われわれプレス向けには広報資料というものが配られる。発表リリースやカタログと違って一般の人の目には触れない種類のもので、そこには建前ではない本音が記されていることも多い。そのクルマが気合いの入ったものであればあるほど、そうなるものだ。いつもであれば、そこに記された建前交じりの文言をそのまま原稿に引っ張ることなどしないのだけれど、今回はそのまま引用した方がいいように思う。そこにはこんなふうにある。
●作りたい(作らねばならない)クルマ
・本当に欲しいと思って頂けるクルマ
・FCVであることは魅力の一部
・走り・美しさなどクルマの本質で勝負できる、上質なセダン
「FCVだから選んだのではなく、こんなクルマが欲しかった。それがFCV MIRAIだった」
目の前に佇むMIRAIを見ながら読んでいると、突っ込みを入れたくなる気は微塵もおきなかった。まさに、そういうものとして全力投球で開発されたのが新型MIRAIなのだろう。
Sho TamuraSho Tamura初代MIRAIの使命は市場開拓にあったという。燃料として(圧縮気体)水素を積み、燃料電池と呼ばれる装置を使って大気中から取り込んだ酸素と化学反応させて、その反応から電気エネルギーを取り出し、電動モーターを回して動力とするのがFCV(フューエル・セル・ヴィークル)である。燃料電池の技術は昨日今日に生まれたものではなく、優に半世紀の歴史がある。その技術の存在を僕ら一般の人間が知ったのは、NASA(アメリカ航空宇宙局)によるアポロ計画だった。
液体水素をロケット燃料として使うだけでなく、電気を作り、生成物の水も利用する。そこで使われたのが燃料電池だった。しかし、燃料電池の製造は難しく、コストはそれこそ天文学的な数字になる。ホンダの初代「FCVクラリティ」が出たときに1台の製造コストが1億円とまことしやかに囁かれたのはゆえないことではない。そのコストの大半を占めていたのが燃料電池と、燃料とする気体水素を高圧圧縮して閉じこめておくタンクの製造コストだったのだ。それらに比べれば、少量生産ゆえの高コストなどたかがしれたものだったはずだ。
自動車メーカーが燃料電池を使うFCVの開発に懸命に取り組むようになってから急速な勢いで燃料電池の製造コストは下がってきたものの、それでも広く一般向けに商品として市販できるような状況にはなかなか到らなかった。その高い壁を打破して市販(実際にはリース契約)にこぎ着けたのがトヨタの初代MIRAIだった。公的機関による実証実験ではない、一般向けに供されたトヨタ初のFCVが初代MIRAIだった。最初の一歩である初代MIRAIは開拓者であり、だからこそそれがFCVとはこういうものだと認知してもらうことが最優先でデザインされたものだったと、トヨタは言う。大量の空気(酸素)を取り込む必要のあるFCVは空気の車体内部流をイメージしてもらうのがいいという判断のもと、あの顔とお尻がデザインされていたのだという。
自動車界や西欧先進国のEV(電気自動車)を取り巻く趨勢は、電池を使って電気エネルギーそのものをクルマに積んで走るBEV(バッテリー式電気自動車)に傾いている。けれど、重量の嵩む電池を積むBEVは、航続距離を、内燃機関搭載車なみに伸ばそうとすると、法外な車両重量を抱え込まなければならないジレンマから逃げられない。
Sho Tamuraそこで、大重量高価格を許容できる高級車や大型SUVあるいはGTといったカテゴリーと、航続距離は追い求めずに割り切って考えることのできる小型のシティ・カーに2極分化しつつあるのが現状だ。二酸化炭素排出量を待ったなしに是が非でも削減しなければならない現実が目前に迫っている以上、BEVの普及は自動車メーカーにとっては死活にかかわる問題であり、量産メーカーはその販売台数の3割とか4割にも達する台数のBEVを販売しないと、天文学的な罰則金を支払わなければいけない状況に追い込まれつつある。ガソリンや軽油を使う内燃機関の燃料消費率を下げる技術はもはや頭打ち状態に達しつつある。脱炭素社会が要求する二酸化炭素総排出量削減には、もはや対応し切れない。
だからこそのBEV推進ではあるのだけれど、蓄電池の性能が飛躍的に向上する技術的革命が起きない限りBEVの未来が明るいとはいえそうにもない。にもかかわらず、そこへ邁進しなければならないのが、われわれの置かれているクルマ社会の今だ。
Sho Tamuraそこから脱する突破口として、現実的に有力な手段のひとつがFCVというわけである。そのためには、蓄電池と違ってまだまだ改善の余地が残されている燃料電池や車載水素タンクの技術開発と製造コスト削減を推し進め、販売価格を下げる必要がある。本格的な量産態勢を整えなければならない。
その第一歩を記すのが、この2代目となる新型MIRAIだと、トヨタは位置づけている。FCVの可能性を拡大するには乗用車として普及に努め、社会の受容性を上げる必要がある。FCVの普及を実現するには水素充填ステーションの数を増やさなければならない。それは水素の使用量そのものを大きく増やさなければならないことを意味するから、これまでディーゼル・エンジン一辺倒だった大型も含めて商用車のFCV化を強力に推進する必要がある。乗用車と商用車の二人三脚によって、水素エネルギー社会を現実のものとしていく。巨大自動車メーカーにはそれができる、とトヨタは腹を括ったと、われわれは受け取るべきなのだと思う。
明確な意図をもった前後重量配分
本当に喜んでもらえるクルマとはなにか? それを現時点で到達しえた燃料電池技術とすり合わせて形にしたものが新型MIRAIである。小手先の表層処理に頼らない基本形状による美しいプロポーションとスタイリング、高い走行性能、慣れ親しんだ内燃機関自動車に遜色ない居住性、そしてBEVには実現不可能な長い航続距離を可能にする水素搭載量。これらが新型MIRAIの核心にあるものだとトヨタは説明する。
これらを言葉に偽りなく実現するために必要になるのが、“トヨタの最上級セダン”という位置づけというわけだ。
そうすれば、トヨタ車ラインナップのなかでのヒエラルキーや生産ラインの都合だとか、トヨタ車では時に見え見えの作る側の事情から解放された構成にできる。そして、新型MIRAIは実際にそういうものになっている。
土台として選ばれたのはレクサスの現行「LS」が使うGA-Lプラットフォーム。サスペンション・システムも動的ジオメトリー変化を小さく押さえ込んだ本気の全輪マルチリンク式。このフロント縦置きエンジン+後輪駆動(とそこからの派生型4WD)を前提としたプラットフォームを活かすべく、1基の駆動用電動モーターをリア・アクスル直前に低く置いた後輪駆動としている。初代MIRAIは前輪駆動だったかから、これは大転換である。
2020.06.30FCVでいちばん嵩む機器は水素タンクだが、本来大きな変速機やリアへのプロペラシャフトと排気管を収めるためのセンタートンネルに、大型の第1水素タンクを縦置きし、リア・シート下のガソリン・タンク用スペースに第2水素タンクを横置き、そして、荷室床下前部に小型の第3水素タンクを配置して、GA-Lプラットフォームが規定する空間利用原則を崩すことなく、居住空間や荷室を構築できるようにしている。EVで時に煩わしい邪魔物による侵食がここにはない。
そして、心臓部となる燃料電池=フューエル・セル・スタックが、周辺機器となる高電圧昇圧コンバーターともども、本来内燃機関が収まるはずのエンジン・ベイに収められている。電力消費率を向上させるためには、エネルギー回生も有効かつ必須ということで、リチウム・イオン・バッテリーが2次電池として、リアのバルクヘッドと荷室のあいだ(ほぼリア・アクスル上)に配置される。こうした基本レイアウトによって、静的な前後重量配分は掛け値なしの50 対50を実現したという。
Sho Tamura世の中のFR(フロントエンジン・リア・ドライブ)車のほとんどは前が重いノーズ・ヘビーな前後重量配分を妥協の結果として受け入れている。一部のスーパー・スポーツや高性能GTは駆動輪に並外れた駆動トルクの受容性能を与えてトラクション性能を確保しなければならないために十二分な接地荷重を必要とし、これを叶えるためにフロント・ミドシップ・エンジンとして、さらにトランスアクスルとするなど工夫を凝らして、むしろリアにより多くの重量を配分したりもする。
しかし、そうした例外を除くと、舵と駆動を分担するFRでは前後イーブンの重量配分が理想だとされている。スポーツカーやスポーツ・セダンの多くが50対50をうたうのは、それが理想的な上に実現が難しいからである。E36の時代にこれを宣伝し始めたBMWでさえ、一部のモデルを除くともはや前後50対50ではない。前が重い。
トヨタでいえば、スポーツカーの「86」などはまるでFWDかと思うほどのノーズ・ヘビーな配分になってしまっているのが現実だ。明確な意図をもって50対50を達成しているクルマは本当に稀なのである。
流れるようなファストバック・スタイル
トヨタが意を払ったのは前後重量配分だけではない。重量物を可能な限り低く配置して、重心位置を下げる努力もしている。GA-Lプラットフォームは大型モデルを前提にしたものだけに、ホイールベースは長く、トレッドも広い。絶対的な対地重心高と四肢を広く構える相乗効果で、体感する重心の低さは予想以上のものがあるはずだ。
しかも、初代MIRAIと比べて全高を65mm下げている。大型乗用車といえどもいまやフォーマル感を強調するサルーンよりも、例えばメルセデスの「CLS」やBMWの「8シリーズ・グランクーペ」、あるいはアウディの「A7」といったパーソナル感を前面に打ち出したモデルの方が人気は高くなりつつある。
そうしたクルマたちと真っ向対決せざるをえない価格帯にまだならざるをえないFCVであるならば、ファストバックのスポーティなプロポーションとして、動的資質を上げることを選択したのだと思う。そうしても、後席の居住性をフル5座のセダンとして恥じないだけのものとできるサイズが GA-Lプラットフォームにはあるからだ。
新型MIRAIの主要寸法はこうだ。全長4975mm、全幅1885mm、全高1470mm。ホイルベース2920mm。トレッドは前1610mm、後ろ1605mm。乗車定員5名。堂々たるサイズだ。全長5m級というのはEクラスや5シリーズ辺りとほぼおなじサイズを意味する。トヨタ・ブランドの最上級セダンという宣言は、このサイズを見ても納得するしかない。
Sho Tamuraワイド&ロウのスタンス。流れるようなファストバック・スタイル。徹底した低重心と50対50の前後重量配分。低中速域を得意とするEV。そこから生まれるものは、スポーティな上級サルーンという期待だ。
トヨタ自ら、「環境(配慮)車=優しいブルー」というイメージを払拭したくて投入したというオプション設定の“強いブルー”(フォース・ブルー・マルティプル・レイヤーズ)は、大人のスポーツ・マインドを刺激する色であるとしている。おなじくオプションの赤(エモーショナル・レッドII)も同じ意図をもっての新設定なのだろう。果たして、新型MIRAIは、乗っても期待に違わぬものなになりおおせているのだろうか。
Sho TamuraSho TamuraSho Tamura新鮮だけれど、よく見ると人間工学的なインテリア
正式発表前の事前試乗ということで、試乗車はあくまでも“プロトタイプ”扱い。しかし、事実上の完成車、開発終了車両と判断していいはずだ。ここからの仕様変更など、まずあり得ない。登録ナンバーは当然着いていないので、クローズド・コースでの試乗になるから、トヨタゆかりの富士スピードウェイでの試乗という次第だが、これはレクサス「LFA」ではないので、ショート・サーキットというわけだ。
ドアを開けて乗り込むと、エクステリアを見初めた時と同じように、「えっ…?」と思った。ベタに実用本位に徹した感じもなければ、かといってデザインのためのデザインになっている感じもない。新鮮だけれど、よく見ると人間工学的によく練られている。
Sho TamuraSho TamuraSho Tamura人に優しいデザイン。電動調整式シートを視覚情報と体格にぴったりくる高さにすると、身長176cmの僕の場合は、シート高をいちばん下げた状態だ。上腕筋の強くない僕は、シートバックを比較的立てた状態に合わせるが、頭上のクリアランスはたっぷりある。視界に入る空間の印象は、広々としていて、けれどだだっ広いそれではなく、とても心地いい。
Sho Tamura走り出すまでにまだ時間がありそうだからと、急いで後席に移る。こちらは、パーソナル・カー、ドライバーズ・カー、すなわち前席優先のクルマという前提に立てば、文句はない。ただし、きっちり腰を引いて背筋を伸ばすと髪の毛が触れそうになるし、前席を低く調整した状態では、足のつま先は前席下に入らずにつかえる。これがフォーマルな用途を重視した全長5mの正統派セダンだというのであれば、失格だろう。空間設計は明らかに前席優先だ。
とはいっても、トヨタの最上級セダンにして高価(になるはず)な4ドアであるから、ショーファー・ドリブン用途も考慮されており、仕様によっては、運転席からの操作で助手席のシートバックを前へ押しやりヘッドレストを格納することが可能なエグゼクティブ・パッケージも用意されている。これを選ぶと、リアのドアに手動式の、リア・ウィンドウには電動式のサンシェードも加わり、リア・ドアには電動モーターによるイージー・クロージャーも備わる。
Sho TamuraSho TamuraSho TamuraSho TamuraSho TamuraSho TamuraSho Tamuraどこまでも素直な乗り味
いよいよ走り出す時が来た。主電源スイッチを押してオン。液晶式メーターに光が灯って、準備完了。センター・コンソールのシフトレバーをDレインジに入れてピットを後にする。ものの10mも走らないうちに思った。「あっ、これはイイ」と。その後、許された周回をいろいろな走り方で試してみた。第一印象が強まることこそあれ、減じられることはついぞ最後までなかった。これはイイ!
試した速度はせいぜい120km/hぐらいまでだが、速度域を問わず乗り心地がいい。ソフトでいてフワつかず、しっとりとしている。
Sho Tamuraにもかからず、姿勢変化が少ない。加速時も減速時も、ハード・コーナリングの最中ですら、姿勢は安定していて、速度が上がれば、しっとりとした感触に、ズシリとした重厚感も加わる。しかも、どんな速度域にあっても極めて静かだ。操縦した感触もまたいい。低めに構えた乗車姿勢を裏切らない。
ステアリングのギア比は速すぎず遅すぎず。まさに中庸を射たりの感。今日の平均的なそれに比べれば、ステアリング・ギア比はちょっとだけ遅めなそれだが、ゆったりと動くハンドリング特性と見事に調和している。操舵、保舵ともに、重さの設定も見事。軽すぎの愚を犯していない。これもしっとりとして滑らかな感触のなかに、必要十分なステアリング・フィールが残されている。どこまでも素直なハンドリング特性がさらに印象を良くする。
Sho TamuraSho Tamura低重心と前後イーブンの重量配分は伊達ではない。腰の据わった感じは、それだけでも新鮮だ。パワーもある。タイト・コーナーからの立ち上がり時に早めにアクセレレーターを踏み込んでも、トラクションがきっちり掛かる。基本レイアウトはもちろん、サスペンション・システムもいい仕事をしている。
こんなに見事に仕事をするサスペンションを持ったトヨタ車は、レクサス・ブランドも含めてほかにないのでないか。もちろん、これはスポーツカーでもなければ、馬力に物言わすバカッ速スーパー・セダンでもないから、乗り心地が優先されてのセッティングなのだろうが、それを考えるなら、このコーナリング性能の高さは驚きものである。何より、ステアリングとアクセレレーターの操作次第で、自在に操れる感じがすごい。そして、どこにも変なクセがない。どこまでも素直。狐につままれているかのようですらある。
加速力はごく普通の感覚からしたら、文句なく強力だ。FCシステムの最高出力は2次電池からの支援を含めての数値だが、134kWある。(仏)馬力psに直すと182ps/6900rpm。FCスタックからの電力のみによる出力でも最高128kW(174ps)ある。電動モーターの最大トルクは300Nm(30.6kgm)と絶対値こそ3.0リッター級自然吸気ガソリン・エンジンのそれだけれど、何せこれは電動モーターだ。発生回転は0~3267rpm。回転直後から常用速度域のほとんどで最大トルクが引き出せる。低中速域の駆動力は、ほとんど5.0リッター級自然吸気エンジンのそれに匹敵する感じだ。
内燃機関の特性が身体に染み込んだ人間にとっては、だから相対的に高速域での加速力が期待値より先に減衰していく感じはどうしても残るけれど、冷静に考えると、どうしてどうして、立派なものがある。スムーズに車速が伸びていく感じは、その無振動ぶりと相まって、実際以上に穏やかに感じさせてしまうのだろう。ちなみに、トヨタの説明によれば、最高速度は175km/hということだ。
Sho TamuraSho TamuraSho Tamura新型MIRAIは決して軽量級のクルマではない。車両重量は1930kgある。しかし、これは全長ほぼ5mの大型サルーンであり、しかもEVでありながら航続距離では内燃機関搭載車両に負けるどころか、ディーゼルのそれに匹敵しようかという長い脚を持つ。水素タンクを満充填すれば、WLTCモードでじつに850kmも走れるクルマなのだ。現実での実用燃費でも優600~700km近い距離を走れるのではいだろうか。東京起点で考えると、名古屋や仙台が往復可能になる航続距離である。BEVなど足下にも及ばない性能だ。それが1930kgに収まっているというのは、内燃機関主体の動力源を持ったクルマと完全に対等ということにほかならない。
正式発表前だから、トヨタは口を硬く閉ざして、車両販売価格がいくらになるのかは、ついぞ明かさなかったが、おそらく投入されるはずの国や自治体からの補助金を合わせて考えれば、新型MIRAIが提供するクルマとしての魅力と実力に対して、不当に高いと思うような価格にはならないはずだ。FCVの本格的な普及の足がかりにすると断言している。
Sho Tamura新型MIRAIは日本のクルマ社会を変える起点に必ずやなる、と僕は思う。“トヨタの最上級セダン”と言われると、何となく「ほんまかいな?」と思いたくなるが、あのトヨタが正面切って断言したのだ。そして、クルマそれ自体の出来は、その言葉を、襟を正して聞くに値することを、如実に物語っている。
新型MIRAIは、新しい時代の始まりに立つトヨタの、フラグシップに相応しいクルマだと、僕ははっきりと記しておこうと思う。
文・齋藤浩之 写真・田村翔
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みんなのコメント
通常は、外車を持ち上げて悦にいる長々とした気持ち悪い記事が多い。
今回はトヨタ車だが、やはりまったく読み進める気にならない。