新しいシビックのハイブリッド、e:HEVは、スポーツモードにすると加速中にエンジン回転を上昇させて、まるでエンジンの駆動力で加速しているように錯覚させるだけでなく、シフトアップしているようにエンジン回転を一度低下させて再び上昇させるという細工まで仕込まれている。
室内のスピーカーには、さらに気分を盛り上げるべくエンジンサウンドを強調する仕掛けまで施されている。燃費を最優先したようなハイブリッドカーでも、運転を楽しめるようにホンダはユニークなスポーツモードを開発して搭載したのである。
トヨタがEV用のMTを開発!? これが完成すればMT好きが殺到!!
これで思い出されるのは、2022年2月に業界を騒然とさせたトヨタが米国に申請した特許の件だ。EVでもMT車の走りが楽しめるようにと、なんともキテレツなシステムを特許申請したのである。
その内容の紹介には間違った情報も見受けられたので、ここで正確な情報を紹介するとともにそこから広がる新たなクルマの楽しみについて、お伝えしたい。
文/高根英幸
写真/特許庁、トヨタ、ベストカーweb編集部
■電動車の変速機とトヨタ特許の全容
トヨタ bZ4X
トヨタ bZ4Xのダイヤル式シフト
ホンダ シビックe:HEV
まずトヨタが特許申請したシステムには変速機は存在しない。EV用のMTを開発したという情報も散見されたが、そもそもEVに多段式の変速機を採用する合理的な理由はない。
というのも、EV自体が非常に効率的なパワートレインとなっており、エンジンほどの細かな変速を必要としないからだ。エンジンはハイブリッド化の一方で、変速機の多段化やCVTによる変速比幅の拡大が、効率のいい走りに貢献している。
しかしモーターは驚異的なほど幅広いトルク特性と回転数域を誇り、負荷の小さいときには高回転でも電力消費が少ない。変速機が必要となるのは、モーターの回転可能域を超えるような速度幅に対応する時だ。
レクサスLSのハイブリッドは高回転型モーターを減速して利用しているから、高速道路巡航用に減速比の低いギアが必要であったし、ポルシェタイカンは静止から300km/hを超える高速域まで効率良く走らせるために2速の変速機が必要だったのだ。
トヨタが特許庁に申請したEV用疑似MTの資料
特許を申請したEV用の疑似MTに関する資料
トヨタが意匠登録をしたスポーツモデル。こうしたマシンに今回の疑似MTが装備されるのだろうか?
そのためトヨタが考案したのは、シビックe:HEVと同じようにモーターで走りながらもエンジンと変速機を組み合わせているかのように思わせる仕掛けだ。
ギミックと言ってしまえばそれまでだが、EVは効率がいい反面、それだけ運転操作がシンプルになり、スポーツドライビングを楽しむ要素が少ないことになる。それに対する対策として、MTのような操作を盛り込んだ、ということだ。
トヨタが提案しているのは、モーターの制御を複雑にすることによって、あたかもドライバーがMTを操作して走らせているような反応を実現するシステムなのである。
そのためシフトレバーとクラッチペダルは与えられているが、物理的なクラッチと変速機は存在しない。したがって、クラッチペダルを使わないセミATモードや、完全に自動変速していくようなATモードも再現可能だ。
クラッチペダルもシフトレバーもドライバーの操作を受け付け、それに対して操作感をフィードバックする。それと共に、エンジン車のMTであればシフト操作によって生じるエンジン回転数の変化とトルク感の変動をサウンドと視覚、体感によってドライバーが感じるようにモーターを制御するのだ。
こんなものは「まやかし」でしかない、と思う硬派なクルマ好きもおられるだろう。確かにこれはクルマを運転しているものの、実際の走行には不要な操作とも言えるものだ。
トヨタが2021年12月に開催したBEV戦略に関する説明会にて披露されたBEV「SPORT EV」
BEV戦略に関する説明会で公開されたBEVのレクサスエレクトリファイドスポーツ
■クルマの運転を楽しむバーチャルな環境が急成長
レーシングシミュレータ「アセットコルサ」を利用したバーチャルな空間でマシンの試走を繰り返して熟成させている
けれどもリアルとバーチャルな世界が融合しつつある現在においては、運転の世界も例外ではない。
TVゲーム時代から存在するレーシングゲームは、今やフィードバック機能を備えたリアルなドライビングシミュレータに成長している。レーシングシム(レーシングシミュレータの略称)はプロのレーシングドライバーがトレーニングに利用するほど、それは実際のドライビングに役立つものになってきた。
シビックe:HEVのスポーツモードやトヨタの疑似MTも、それらシミュレーション技術と非常に近いものといえる。異なるのは実際の移動を伴うかだけであって、走行感を再現する技術はかなり似通ったものだ。
ステアリングやペダルへのフィードバックだけでなく、シートを動かすことによって走行中に発生する加速度を疑似的に体感させるモーションシムも、より高性能でリアルなモデルが続々と登場している。それらは実車が購入できるほど高価なものだから、決して子供が楽しむレースゲームの域ではない。
クルマのパーツサプライヤーで構成される自動車技術会が主催する、大学生を中心としたフォーミュラマシンを企画、開発、製作し、販売提案までの過程を競う「学生フォーミュラ」もコロナ禍で思うように試走による開発が難しくなった。
そこでレーシングシミュレータ「アセットコルサ」を利用したバーチャルな空間でマシンの試走を繰り返して熟成させる方法を編み出し、昨年実施した。
先日、これから参加する学生たちに向けて、バーチャル環境でのマシン開発に関するセミナーが開催され、筆者はYouTubeのオンライン配信を通じて取材した。
学生たちは、CAD(コンピュータによる設計技術)以上のPC利用によるマシン開発への応用に、戸惑いながらも講師であるOBに積極的に質問して、自分たちの手の内に入れようと一生懸命な姿勢を見せてくれた。
自動車メーカーはとっくにバーチャル空間でクルマの開発を行なっているが、これからはエンドユーザーがクルマを楽しむ手段としてバーチャルな環境も利用するようになってきた。リアルなクルマの楽しみは、環境問題や監視社会によって難しくなってきた。
これからはバーチャルなドライビングも併用することで、クルマの走りを存分に楽しめるものとなる。練習走行で燃料とタイヤを大量消費する時代は終わり、クラッシュのリスクも低減できるレーシングシムが大人のクルマ趣味に仲間入りしたのだ。
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みんなのコメント
CVTにパドルシフトという例えは的確かも。
ブリッピングもしない(無意味)雰囲気だけの操作。