■隠れた名車「ハラマ」の誕生秘話
2020年は、自動車界における「アニバーサリーイヤー(記念の年)」の当たり年。自動車史上に冠たる名作たちが、記念すべき節目の年を迎えることになった。
1970年にデビューしたランボルギーニ「ハラマ」も、その1台である。現役時代、とくにスーパーカーブームに沸いていたわが国のファンの間では、ランボルギーニであれども目立たない存在であったのだが、近年ではその先進的なコンセプトが再評価されるとともに、クラシックカーの国際マーケットでもV12ランボルギーニ全体の価格高騰に伴って、もとより希少車であるハラマの人気も格段に高まっているようだ。
今回は、われわれVAGUEでもその誕生ストーリーを紐解き、隠れた名作へのオマージュとしたい。
●V12+FRレイアウトの限界に挑戦したパッケージング
1970年3月のジュネーヴ・ショーにてデビューした「ハラマ400GT」は、ランボルギーニの第1作である「350GT/400GT 2+2」とその進化版にあたる「イスレロ」の後継車である。そして、ランボルギーニのFRグラントゥーリズモとしては、最後発のモデルとなった。
また、ジャンパオロ・ダラーラのあとを継いでランボルギーニ技術陣のトップの地位に就いた若きエンジニア、パオロ・スタンツァーニが、直後に相次いで発表された「ウラッコ」および「カウンタック」で開花させる、スペース効率の鬼のような理想主義的パッケージングを初めて実現したモデルとしても知られている。
400GTやイスレロ、あるいは「エスパーダ」などにも搭載されたものと同じ3929ccV型12気筒4カムシャフトエンジンと5速ギアボックスをキャビン内まで深く侵入させるという、なんとも大胆な手法を選択した。
実に2380mmという400GTよりも170mmも短く、現代の軽自動車にも相当するホイールベース内に、長大なV12エンジンと2+2のシートアレンジを実現してみせたのだ。
また、この種の少量生産スーパースポーツでは鋼管スペースフレームが常套だった時代にモノコック式ボディを採用しているのも、高度なパッケージングを実現するためだったといわれている。
もともと400GTの後継車をモノコックでというアイデアは、ジャンパオロ・ダラーラ時代からのものだったとされている。しかし、そのアイデアを1台のクルマとして実現に至らしめたのはスタンツァーニ技師だったようだ。
そして、いかにも1970年代的に直線基調のモダンなボディは、「ミウラ」で大成功を収めて以来、ランボルギーニのボディデザインを委ねられたカロッツェリア・ベルトーネと、同社でチーフスタイリストを務めていた、マルチェッロ・ガンディーニの手によるものである。
この時代、すでに名匠としての地位を確立しつつあったガンディーニは、ハラマ独特のパッケージングを生かし、極めてモダンながらアグレッシブになり過ぎないスタイリングを実現することに成功したといえよう。
しかし、ほぼ同じ時期に同じデザイナーが手掛けたためだろうか、ファストバックのプロポーションからセミ・リトラクタブルのヘッドライトに至るまで「イゾ・リヴォルタ・レーレ(1969年デビュー)」を大幅に短縮したようなスタイリングと評する向きもあるようだ。
こうして正式リリースされたハラマは、発表当初から先代モデルにあたるイスレロの高性能版「イスレロS」と同じ350psユニットが搭載されるが、さらに1972年には365psまでスープアップを果たした「ハラマS」に発展した。
この実質的なマイナーチェンジでは、ボンネットにエアスクープが設けられるなどのデバイスが施され、デビュー当初からハラマを苦しめていた熱問題が、これでおおむね解決。エアコンディショナーや3速オートマチックも注文可能となったといわれている。
ただし、あくまで現役時代の商業的観点から見れば、ハラマというプロダクトが完全な失敗作であったことも否めない事実だろう。1978年にラインナップから消えるまでの生産台数は、わずか327台に留まってしまった。
とはいえ、その生産台数の少なさが現代のクラシックカー市場においては希少性として評価され、マーケット相場価格の高騰を招く結果となっているのは、何とも皮肉というべきかもしれない。
■フェルチオが愛したのは、「ミウラ」だった!?
ところでランボルギーニ・ハラマといえば、しばしば語られるエピソードがある。
曰く「フェルッチオ・ランボルギーニが理想のランボルギーニとしてもっとも愛したのはハラマだった」。
とくに日本国内の自動車専門誌では、かなり以前からしばしば取り上げられており、正直にいうと筆者自身もこの説を完全に信じていた。
●フェルッチオがもっとも愛したランボルギーニ説の真偽は……?
ところが今から約5年前となる2016年2月に、エミリア・ロマーニャ州ボローニャ近郊、フェルッチオ・ランボルギーニが最初のトラクター工場を構えたという小村、フーノ・ディ・アルジェラートに1995年から開設された「ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニ(Museo Feruccio Lamborghini)」を訪ね、当時同館の副館長であったフェルッチオの甥、ファビオ・ランボルギーニ氏にインタビューした際に、その定説があっさりと覆されてしまったのだ。
ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニ館内に展示されているのは、ランボルギーニ家のコレクションである。ファビオ氏は1台1台をていねいに解説してくれた。そしてハラマ試作車の前に立った時に、筆者が上記の定説について伺うと、彼はニヤリと笑いながら答えた。
「よく質問されるエピソードですね。でもフェルッチオ伯父は、しょっちゅう『ジャマラ』と言い間違えていましたよ」
ここで前提として説明しておかねばならないのが、「Jarama」という単語の読み方についてである。「ハラマ」と読むのは元来のスペイン語に準拠したもので、通常のイタリア語ならば「ヤラマ」。そしてファビオ氏がいうには、独自の方言があるエミリア・ロマーニャ州では「ジャラマ」と読まれることもあるという。
なのにフェルッチオは、ハラマでもジャラマでもなく「ジャマラ」と間違えて読んでしまっていたのは、実はこのクルマにあまり関心が無かったからだというのだ。
それでは、本当にフェルッチオがもっとも愛したランボルギーニ車は? という筆者の問いかけに対して、ファビオ氏は即断即答で応えてくれた。
「もちろんミウラです」
実に明快な返答だったものの、ミウラといえば思い出されるのは、フェルッチオがこのモデルには冷淡だったという、もうひとつの定説である。
もともと自社の生産モデルには、上質かつ古典的なグラントゥーリズモであることを望んでいたフェルッチオ自身は、当時としては超絶的にエキセントリックなミウラに明らかな難色を示し、あくまで黙認程度の認識だったともいわれている。
そんな彼にとって、ゴージャスなFRグラントゥーリズモの本分をさらに昇華させようと試みたハラマが「理想的」と映ったのは当然のこと。そう、我々は認識していた。
しかしファビオ氏は、こう続けた。「フェルッチオ伯父は、いつのころからかミウラの素晴らしさを認め、自身のプライベートカーとしても愛用するようになりました。そしてランボルギーニ・アウトモービリ社を手放し、リタイア後にぶどう農場とカンティーナ(ワイン醸造所)を構えた際には、自身のワインに『ミウラ』と名づけたくらいに、ミウラを誇りにしていたようです」
この回答に肩透かしを食らったかのように、落胆の色を隠せなかった筆者の表情に気がついたのか、ファビオ氏はフォローするように続けてくれた。
「ハラマは素晴らしいクルマでしたが、このクルマを理想の1台と評していたのは設計者のパオロ・スタンツァーニや、テストドライバーのボブ・ウォーレスだったと記憶しています。でも、フェルッチオ伯父はとても人に優しく、とくにパオロやボブのことを私たち身内と同じように愛していましたから、彼らの意見を尊重するために、そのまま肯定していたんだと思います」
この記事を書き進めているさなかに、ランボルギーニ・アウトモビリ本社から、ハラマの50周年を記念した公式リリースとオフィシャルフォトが配信された。
それは、現在のランボルギーニも「ハラマ」という理想主義的モデルを埋もれさせたくないという強い意思の表れであると、筆者には感じられたのである。
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