時折、クラシックカー関連の記事で「クラシックカーはクルマの方からオーナーを選ぶ」と書くことがあります。今回はまさにその「クルマの方から自ら現オーナーの下にやってきた」そう呼ぶに相応しい。クルマとオーナーをご紹介しようと思います。
MS50型クラウンのオーナーにインタビュー
今回、紹介する赤倉久雄さんはMS50型クラウンオーナーズクラブを主宰されている方で、オールドクラウン、とくにに3代目のS50型クラウンに関しては右に出る者はいないであろうというオールドクラウンのオーソリティの方です。
免許を取得した30年前に念願の昭和45年型の後期型MS50型トヨペットクラウンスーパーDXを購入。その界隈では赤倉さんと言えば黒いMS50クラウン、MS50クラウンといえば赤倉さんと、クラウンは赤倉さんのトレードマーク同然の存在となり、以来今に至るまで各地のクラシックカーイベントにもエントリーし、筆者とも20年来の交流がありますが、今回ご紹介するのはその黒いMS50型クラウンではなく数奇な運命で赤倉さんのもとにやってきた昭和43年型の初期型MS50クラウンです。
赤倉さんとクラウンをつないだドラマとは
フルオリジナルコンディションを保った外観もさることながら、真っ先に目を引くのはなんともいっても限られたオーナーしか手に入れる事が出来ない「多摩5」のナンバープレートでしょう。前オーナーは新車当時の購入者で、50年近く愛用した愛車を赤倉さんに譲渡したというワンオーナー車です。赤倉さんとクラウン、前オーナーが赤倉さんに託したこのクラウンどんなドラマがあったのでしょうか。
CL 鈴木:赤倉さんがクラウンに興味を持ったきっかけはなんですか?
赤倉:子供の時、父親がMS50型クラウンに乗っていて、その記憶がずっと焼き付いていたんです。記憶にあるのはMS50型ですが、私が生まれたときはMS40型クラウンにも乗っていたようです。
CL 鈴木:免許を取ってすぐMS50クラウンのオーナーになったんですか?
赤倉:1988年4月に免許を取得するんですが、まずは自宅にあったRN30型ハイラックスとMS105型クラウンの2台で練習して、3か月後ハイラックスを処分してMS105型クラウンを自分用にもらいました。
赤倉:その年の12月に念願の黒の昭和45年MS50型(後期型)クラウンスーパーDXを購入します。この時普段用のクルマはCT150型コロナになって、部品取りで同じ後期型の白いMS50型のスーパーDXをもらうんですが…ブローしたエンジン以外は状態が良くて書類も残っていて、さらに実動状態のM型エンジンが見つかってしまって…
CL 鈴木:それじゃあ、刻んで部品取りにしちゃうのは忍びないですよねぇ(苦笑)
赤倉:結局、部品取りの白いMS50型もレストアする羽目になって、一時期は同型の白と黒のMS50型後期型クラウンスーパーDXを2台所有していました。
赤倉:他にGS130G型クラウンワゴンに3年、TE37レビンを8か月所有したことがあります。現在はGS151型クラウンのMT仕様(150系クラウンはMT仕様が存在した最後のクラウンだそうです)を普段使いにしています。
MT仕様の「GS151型クラウン」の生産台数は、約400台というトヨタ2000GT並みの幻の(?)クラウンで、150系クラウンでは他に、警察車両専用モデルのJZS155Z型というNA仕様の2JZ型3000ccエンジンに5速MTという組み合わせのモデルが存在するのが好事家の間では知られています。しかし警察車両は保安上、退役後はすべて解体処分され部品一つ流出させてはならない規則になっているため、事実上民間で入手可能な150系クラウンのMT仕様はGS151型のみだそうです。
CL 鈴木:この「多摩5」の先代オーナーはどんな方だったのですか?
赤倉:トヨタ東京自動車大学の学園祭でクラシックカーのイベントがあって、そのイベントで知り合って10年来の付き合がある方です。数年前からメンテナンスに付き合って欲しいと言われるようになって、不具合箇所を直している矢先でした…オーナーが病気で倒れまして、クルマが運転できなくなってしまったんです。
そこから(前オーナーの)家族会議の結果「赤倉さんに乗ってほしい」という話になり、はじめは迷ったんですが、私の懸念事情を考慮した条件を出してきたので譲り受ける事にしました。「多摩5」のナンバープレートも引き継ぐことができましたし。
足回りの部品交換と、30年前に全塗装した事を除いて新車当時のままだそうです。
視覚的にはフルサイズに見えますが、実際の全幅は「5ナンバー」上限サイズで、正面から見ると全高がある分ヴィッツのほうが大きく見えます。
1960年代のクルマながら最上級グレードのスーパーDXは、パワーウィンドーが標準装備なのはさすがクラウンといったところでしょうか。
空調はビルトイン式のエアコンも選択可能で、クラウン伝統の簡易冷蔵庫機能付きとなります。
MS50型クラウンは世界的に自動車による死亡事故が深刻化する中、当時の北米の安全基準を上回る衝突安全性を目標に開発されています。
メーターのレンズは反射を防ぎ、視認性を向上させる目的で円錐型に。ステアリングのホーンパッド裏とステアリングボスの間に空間を設けることで、衝突時ドライバーが胸部をステアリングに打ち付けた際の衝撃を吸収する構造になっています。
スイッチノブは軟性の素材を使いインパネ上の突起を極力減らす等、同時期のメルセデスベンツと同様の着想をしているのが興味深い所ではないでしょうか。販売上、クラウンのユーザー層を考慮すると「万が一は絶対にあってはならない」という至上命令があったことがうかがえます。
クラウンといえば…
50年前のクルマですが、すでにヘッドレストも装備されています。リアクォーターピラーには読書灯、ヘッドライニングにはベンチレーターを装備、フロントシート中央には、リアシート用の灰皿とシガーライター、ライター下のプッシュボタンは自動チューニング機能付きカーラジオの操作スイッチ。やっぱりクラウンの本質は今も昔も「日本のショーファードリヴンカー」なのです。
直列6気筒エンジンとともに復活の噂が聞こえる新型スープラ。できる事ならクラウンにも直列6気筒エンジンモデルの復活を望みたいものです。
ブレーキブースターはトヨタコンフォート教習車の補助ブレーキのブースターを流用。取付ブラケットを新造すれば、MS50型クラウンに新品で入手可能なコンフォート教習車の補助ブレーキのブースターが使用可能になるということなので、同型車オーナーの方はご参考までに。
筆者も運転させていただきました
実はこの後、筆者も少し運転させてもらったのですが、「50年前のクルマ」という前提で考えれば、思ったより乗りやすいと言えるでしょう。パワーステアリング(オプション装備)は未装着ですが、重めに設定してある90年代のハイパワースポーツカーの油圧パワーステアリングより重いくらい、コラムMTも慣れればステアリングから手を伸ばした先で操作できます。
よく、キャブレター車というと扱いづらい、気難しいというイメージを持たれます。しかし、それはあくまでレスポンス重視の高回転出力型エンジン用にチューニングされた大口径スポーツキャブレターの話です。実用車用にチューニングされたキャブレターであればレスポンスこそ、もっさり重ったるいですが、山岳路が多く渋滞の多い国内の道路事情に合わせて、低速トルク型のチューニングになっているので、3速ワイドレンジ型のトランスミッションと相まって、発進トルクに関しては現行のMT車より楽かもしれません。1速で発進してしまえばあとは2速、3速で狭い路地から高速道路までカバーできます。ローギア(1速)でタイヤを半回転させればあとはセカンドギア(2速)、トップギア(3速)で走行できる事から「発進はロー半転がし」と亡父が言っていたのを思い出しました。
またボンネットが真四角で窓ガラスが立って、サッシもピラーも細くて視界も広い5ナンバーサイズボディの体感的な取り回しは今のクルマよりもむしろ楽なくらいかもしれません。セミファストバックデザインの次期クラウンの流麗なデザインもいいですが、こうした真四角の3ボックスセダンボディのよさも見直されて欲しいものです。
遊星ギアを使った副変速機のような機構で、ノブを引っ張るだけでトランスミッションの出力部分に装備された電磁スイッチで遊星ギアが作動。最終減速比が高速ギアになるもので事実上3速×2の6速ギアになります。MTですが、電磁スイッチだけで多段化できる機構があるあたり、クラウンが後に多段ATを導入することを示唆しているようにも思えます。
最後にクラウンについて色々質問をしてみました
CL 鈴木:クラウンのレストアプロジェクトについてはどう思われますか?
赤倉:トヨタ店70周年とディーラーの技術継承が目的のイベントだったようで、クラシックカーを取り巻く環境の改善につながるかは疑問ですが、カローラ店も同じような事をしたので呼び水にはなったかもしれませんね。ただ、ちゃんとクラシックカーユーザーにフィードバックされるかというとユーザーとしてはアテにはまだできないですね。
CL 鈴木:このMS50クラウンにしてよかった点は何ですか?
赤倉:MS50型の初期型が乗れたのはこのクルマがはじめてなんです。前期型でないとわからないところが理解できたのが良かったです。
CL 鈴木:苦労した点はありますか?
赤倉:名義変更するときにブレーキが壊れてスケジュールが詰まって大変でした。昨年の日本海クラシックカーレビューで、クラッチが抜けてなんとか回転数を合わせて変速して整備工場までなんとか自走してたどり着いたことですね。
予算抜きで、欲しいクルマBEST3は何ですか
3位 W116メルセデスベンツ280Sコラムシフト仕様
1973年の1年しか正規輸入されていないモデルなんです。
2位 VG20型トヨタセンチュリータイプAフロアMT仕様
センチュリーにも1971年までMT仕様が存在したんです。フロアMTは現存しているかどうかもわからないですが。(苦笑)
1位 トヨタFSパトロール(FS55V)
クラウンにランドクルーザー用F型エンジンを搭載したメトロポリタン型救急車、日本国内に1台現存を確認しているんです。
上がりの1台はなんですか?
赤倉:黒のMS50型クラウンですね。最初の1台を超えるクルマはありません。
CL 鈴木:赤倉さんにとってクルマとは何ですか?
己の分身みたいな物ですね。そのクルマに乗っていると自分がクルマに合わせようとするからクルマの方が本体かもしれないです。
オーナーの「赤倉 久雄さん」とは
赤倉さんとは、トヨタ博物館クラシックカーフェスティバルで知り合った20年来の知人ですが、クラシックカーに関する造詣はクラウンだけでなくトヨタ車全般に通じていて、筆者のスバル360を維持しながら一方でセリカLBを維持するという行為も、赤倉さんの助けがあったからこそできたのかもしれません。
以前の記事で書いた「極上コンディションのクラシックカーはオーナーに相応しい人の手にしか渡らない」を体現している方だとあらためて思います。
お名前:赤倉 久雄さん
年齢:48才
職業:運輸関係職員
愛車:トヨペットクラウンスーパーDX(MS50型)
年式:1968年式
ミッション:副変速機構付き3速コラムMT
MS50クラウンオーナーズクラブ代表
[ライター・カメラ/鈴木修一郎]
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