1989年は国産車のヴィンテージイヤーと言われているように、数々の大ヒットモデルが登場した。その中には16年振りに復活した日産スカイラインGT-Rもが含まれるのはご存じのとおり。
1989年~2002年まで販売された第2世代と呼ばれるスカイラインGT-Rが幕を閉じて20年が経過したが、今でも日本国内だけでなく海外でも高い人気を誇っている。
「退路を断って作ろう」R33スカイラインGT-R開発秘話【日本自動車界の至宝GT-R三代(2)】
ここでは第2世代スカイラインGT-Rの生みの親である2人の開発担当者にインタビューを行い、当時の開発にまつわる話を聞くことが出来た。
第1回は1989年に16年振りに復活したR32型スカイラインそしてスカイラインGT-Rの開発を担当した伊藤修令さんに開発していた当時を振り返ってもらった。
文/萩原文博、写真/日産自動車、萩原文博
最高のエンジンとシャシーで走りの性能世界一を目指した
R32スカイラインGT-Rのフロントスタイル
伊藤さんは開発担当者になったら、GT-Rを作りたいという思いはずっと持っていたという。それはスカイラインの父と言われる櫻井眞一郎さんの傍にいて、スカイラインをマイナーチェンジする度に「GT-Rはどうした」と言われて、櫻井さんが答えに苦労している姿を見てきたからだ。
開発担当になったらGT-Rを作るつもりでいたので、その予行練習として作ったのが、7thスカイラインGTS-R。当時はNISMOもレースのマネージメントなんて全然だめだったそうで、R30スカイラインで出ていた1985年あたりは本当に完走できなかった。続くR31もけちょんけちょんに言われたから、そのリベンジの意味も込めもGT-Rの復活を考えていたのだ。
伊藤さんがR32型スカイラインでGT-Rを復活させる際に、最もこだわったのが「走りの性能で世界一」ということだった。だから、最初から世界一を目指して開発を行った。ちょうどその頃、社内で、「901運動」というのがシャシー設計から起こった時期でR32GT-Rの開発とタイミングと重なった。
日産の1970~80年代を見てきた伊藤さんは、日産は大企業だからそれぞれの開発部門はしっかりと機能している。しかし、それを統合して指揮する人、オーケストラでいうと指揮者がいないと感じていた。
指揮者(コンダクター)のいない大楽団は、それぞれ演奏する人は一流の人だから、指揮者がいなくても演奏はできてしまう。しかしそれぞれの音が重なったときに良い音楽を奏でることができないと言う。
クルマもエンジンはエンジン部門、シャシーはシャシー部門、車体は車体とそれぞれの部門が本当に最高のモノを作れば、指揮者はいなくてもクルマはできてしまう。当時の日産はまさにそんな感じだったのだ。
エンジンは最高のモノとして、素晴らしいRBエンジンを開発する。世界初の可変吸気システムや、ダイレクトイグニッションとか色々な新しい技術が導入されている素晴らしいエンジンだった。
しかし実際にクルマに乗せて走行性能を調べてみると、額面どおりの性能が出ない。ハコスカやケンメリGT-Rに搭載されたS20型2L直列6気筒エンジンの再来だと期待したら、なんだ、これは!という散々な結果だった。
これは詰めが甘かったというよりも、取りまとめの調律ができていなかったのが最大の原因だった。エンジン部門は良いモノを作った、俺たちは最高のエンジンを作った。シャシー部門はハイキャスを開発し、最高のモノを作った。でもそれを組み合わせたクルマの総合評価はどうかというところが疎かになっていた。トータルバランスで見ることができていなかった。
そこでR32を開発する時にこの点に最も注意したという。とにかく自分がやるパート、エンジン部門がエンジンをやるのは当たり前なのだけれど、エンジンから見てシャシーはどうなのか。だから別の部署に対して、意見を言えと話したそうだ。
シャシーはシャシーで、こんなエンジンではせっかく良いサスペンションを作ったのに、性能がちゃんと発揮できないからエンジン性能をこうしてくれとか。相手に対して意見を言わせるようにしたという。
走行性能を上げるため、より速く走るためにエンジンの馬力を上げろと言った。何馬力だせ、何千回転まで回せと言う。そうするとエンジン担当は車両担当からエンジンは何馬力出せとか何回転回せとか言われたことがない。と言われた。
今まではこういうエンジンを作りましたとエンジン部門に言われたら、それをちゃんと車両側が載せるのが仕事だった。何言っているのですかと食って掛かられたこともあった。けれどもそれはちゃんと説明をすると、エンジン部門もいうことをすんなりと聞いてくれるようになった。
エンジンと言えば、自動車の設計の中で一番偉いポジション。だから今までこういうエンジンを作ったら、これをクルマに載せるというのが当たり前という空気になっていた。したがって車両担当から要望が出されたことはない。たしかにそれまではそれが当たり前だったのだ。だから日産楽団に指揮者がいないオーケストラという例えになったのだ。
ちょうどその時に901運動が起きたし、大きかったのは久米さんが社長になったこと。久米社長が最初に今の日産は官僚的でこんな企業じゃダメになる。オレを社長ではなく久米さんと呼べと、社内の風通しを良くしようと言ったそうだ。
しかし、プリンスに入社した人間にとっては、それは当たり前のことだったそうだ。田中(次郎)さん、中川(良一)さんってね。新入社員が意見を言っても、それがベストならば採用されていたのだ。
だから、さん付けでと言ったときにプリンスの自分たちにとっては今さら・・・と思った。技術論争において職位の階段はいらないというのが、プリンスの考え方。新入社員の意見だろうと重役の意見だろうと、どっちが正しいのかをみんなで判断する。そして検討を重ねて、こっちが正しいというのを採用していた。
しかしそのためには、困難な高い目標にチャレンジして常に進化していかなければいけないという精神が植え付けられていった。だから一時はFF車の開発に行ったけれども、スカイラインの開発に携わりながら、いかに周りの意見を上手くまとめることが、大切だと考えていたという。
櫻井さんみたいに素晴らしい何かをもっているわけでもないので、クルマは一人では作れないし、たくさんの人の協力を仰がないといけない。
そのためにはちゃんと意見を聞いて、若い人だって同じように聞いて良いと思われる意見を聞く、あの人が言うのだからというのではなく、公平に公正に客観的に判断して良いなと判断したら、それを採用していく。そういう仕事のやり方をしないと良いクルマはできないとずっと思っていた。
だからR32の開発のときはそういう手法を取り入れた。この手法を取り入れた結果によって、R32スカイラインGT-Rの駆動方式は4WDになったと話す。
RB26エンジンはベースを変更せずにアップデートできるように開発した
R32スカイラインGT−Rのリアスタイル
また、搭載しているRB26型2.6L直列6気筒ツインターボエンジンに関しては、櫻井さんが開発を担当していた時代から、高性能エンジンをスカイラインに載せたいと考えていた。ずっとL20でやってきて、ターボを装着したりしてパワーアップはしたけれども、結局は根本が治っていない。
そのために櫻井さんはDOHCのS20のようなエンジンが欲しかったのだが、当時日産自動車にそのエンジンを作るだけの体力がなかった。体力だけでなく気力もなかった。そういう状況だったので、スカイラインにはずっとL型エンジンを搭載していたら、だんだんと人気が落ちてきた。
何とか新エンジンを載せたいということで、たまたまシルビアにも搭載できるエンジンだった開発しても良いということになり、それで開発したのが、FJ20型2L直列4気筒エンジン。DOHCの4バルブというのが目標に開発された。
しかし、当時の馬力競争に巻き込まれて最初は自然吸気で最高出力150psを発生してスゴイエンジンだった。しかしトヨタソアラが最高出力170psを発生する2.8L直列6気筒エンジンを搭載した。これは黙っちゃいられないということになり、FJ20にターボを付けてグロス190psにパワーアップして。史上最強と名乗った。
その後、ソアラは230psとなり、そしてスカイラインはFJ20にインタークーラーを付けて、最高出力205psまで向上させた。こういうことをしたのはスカイラインとしては仕方がないと思うけれども、やっぱり最強を期待されているクルマだから、それより上の性能のクルマが出てしまうと対抗しなければならない。
しかし購入するユーザーから見たら、せっかく自分が最高のクルマを購入したと思ったら、何年のしないうちにアップデートされた最高のクルマが出てくる。結果的にこのことはお客さんを裏切るようなことになった。もうそういうことはやってはいけない。ということを歴史から学んだ。
R32をやるときもGT-Rをやるのであれば、ずっと性能でそれより上を出すというのではなく、付属品を出してあるいは前買った人が部品だけを付ければその最新のスペックにアップデートできるというやり方ならば、お客さんも納得してくれる。そう思ってRB26型エンジンを開発した。
レースに勝つために開発したエンジンだが、販売開始して以降、何回も改良している。優れているのは基本性能をはじめ、冷却性能とかオイル周り。個人的には日産自動車の中で非常に考えられたエンジンだと思っていると話す。
R32型スカイラインGT-Rは、ちょっと背伸びをしてもらえれば、手が届くような販売価格に決めた。今考えれば、安いかもしれないが、だから4万4000台も売れたのだ。
商売をするというのはお客様あってのことので、お客様のことを考えてながら商品を作らなければならないと思っている。だから良い商品、高い商品を作れば良いということではない。あくまでも使ってくれるお客様があってこその商品だと思ってあの販売価格に決めたと笑顔で話してくれた。
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