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絡みあう2台の橙色。スーパーGT第1戦決勝で繰り広げられた壮絶“GRスープラ対決”の舞台裏

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絡みあう2台の橙色。スーパーGT第1戦決勝で繰り広げられた壮絶“GRスープラ対決”の舞台裏

 絡みあう2台の橙色。ENEOS X PRIME GR Supraの山下健太を、au TOM’S GR Supraの坪井翔が激しく追う。彼ら25歳の若武者たちの息詰まる首位争いは、延々に続くかのように思われた。75周目のブレーキング競争に敗れた坪井がサンドエリアに突っ込み砂煙を上げるまでは……。

 2021スーパーGT第1戦岡山の流れが変わったのは、それに先立ち33周目にセーフティカーが入ったときだった。そのとき2番手を走行していたENEOS X PRIME GR Supraの大嶋和也は、迷うことなくピットに飛び込み山下にバトンタッチ。『モリゾウ』こと豊田章男トヨタ自動車社長がチームオーナーを務めるROOKIE Racingのメカニックは、抜群に速いピット作業で山下をコースに送り出した。

公式練習から一転したスーパーGT第1戦の予選結果。タイヤ選択も含めたGRスープラ勢の強さ

 一方、ポールシッターの阪口晴南がしっかりと首位を守り切るも、ピット作業に時間を要したKeePer TOM’S GR Supraは大きく後退。その結果、ENEOS X PRIME GR Supraが事実上のトップに立った。

「KeePerもauも後ろに見えず、これは楽勝だな」と、そのとき山下は思ったという。第1スティントを担った大嶋のペースはすこぶる良かった。抜き去ることこそできなかったが、ポールポジションスタートのKeePer TOM’S GR Supraの阪口に、背後から圧を加え続け首位浮上の機をうかがった。

 大嶋によれば、土曜日朝の走り始めからクルマは速く、予選は2番手。

「ヘアピンでアンダーが出て、そのまま待てば良かったのにアクセルを踏んで無理やり曲げようとしてスライドし、次のコーナーへの姿勢が乱れてしまった。あれでコンマ3秒は失ったと思うので、チームに申し訳ない気持ちでした」と大嶋。

 ポールポジションを獲得した阪口との差はコンマ1秒だったが、チーム内に大嶋を責める者はいなかった。なぜなら、彼は極度の体調不良に悩まされていたからだ。

「レースウイークの水曜日、スーパーGTではないクルマのテストをしているときに大きなクラッシュをして、体を痛めてしまったんです。その瞬間は『これはもう絶対に週末乗れない、どうしよう』と焦りましたね。病院で見てもらい、脳にも血管にも異常はなくドクターストップは出なかったのですが、最初は首が上下左右に1mmくらいしか動かず、金曜日朝の時点では、とてもじゃないけど走れそうにない状況でした」と大嶋。

 後日、山下は「大嶋先輩、明らかに動きがロボットでした。僕もレースでおなじような経験をしていたので、どれくらい辛いか想像できたし、本当に心配でした。まさか乗るとは……」と金曜日を振り返った。

 豊田氏は「無理をして出なくてもいいぞ」と大嶋に伝えたというが、「我慢してでも乗れるレベルならば出たいです」と、自分の意志で出場を決断。「ならば、やりたいようにやってくれ」と、豊田氏は大嶋の気持ちを尊重したという。

 とはいえ痛みで睡眠を充分にとることができず、食べ物もほとんど口にできなかったようだ。3月上旬の岡山テストの結果がそれほど芳しくなかったこともあり、元々チームは第2戦富士に照準を合わせていた。そこにきて大嶋の体調不良もあり、岡山に関しては厳しい戦いが予想された。

 ところが、Q1を担った山下はKeePer TOM’S GR Supraの平川亮に次ぐ2番手タイムを獲得。その映像を、マッサージを受けながら見ていた大嶋は「おい、あんまりプレッシャーかけんなよな(笑)」と思ったという。それくらい、彼らのクルマはセッティングが決まっていたのだ。

 良い流れは決勝の第1スティントでも保たれ、前述のように大嶋は首位浮上の下地を作り、山下にバトンをつないだ。そこまでは、すべてが完璧に機能していた。しかし、一度は遠く離れたau TOM’S GR Supraの坪井がみるみるうちに距離を縮め、スーパーGTの歴史に残るであろう、長く激しい戦が始まった。

 山下のクルマはペースが上がらず、それを容赦なく坪井が攻め立てる。「アンダーステアが強くなり、アクセルを踏んで曲げていこうとしたら今度はリヤが壊滅的にグリップしなくなり、もうズルズルでした」と山下。予選から第1スティントまで保たれた速さは、完全に失われていた。

■両車で分かれたレーキとタイヤ選択
 ENEOS X PRIME GR Supraとau TOM’S GR Supraが選んだブリヂストンタイヤは、温度域もコンパウンドも同じで、33~34度に保たれた路面温度に完全に合っていた。ただし構造はやや異なり、それが両車のペース推移に影響したと考えられる。

 また、車高設定も両車で異なり、ENEOS X PRIME GR Supraは前後フラット気味だったが、au TOM’S GR Supraはレーキアングルがついていた。トムスの2台を見る立場にある東條力エンジニアは、その理由を次のように説明する。

「岡山は意外と速いコーナーが多く、ダウンフォースを得られるハイレーキのほうが取り分が大きいと考えました。タイヤもそれに合ったものを選び、テストではひたすらロングランをやっていたので、決勝には自信がありました」

 トムスが選ばなかった構造のタイヤのほうが、予選ではコンマ2~3秒のアドバンテージがあったはずだと、東條氏は推測する。しかし、気温が高い状況におけるロングランで性能が保たれるとは思えず、選択肢から外したようだ。そして、おそらくENEOS X PRIME GR Supraは、その構造を選んだと思われる。

 トムスの2台はハイレーキにマッチする構造を、ENEOS X PRIME GR Supraはローレーキに合ったタイヤを選んだともいえるが、予選および全開の周回数が短かった第1スティントではENEOS X PRIME GR Supraに分があり、50周に至った第2スティントではau TOM’S GR Supraが巻き返すかたちとなった。

 山下が第2スティントで予想外なほど苦しんだのは、ローレーキによりダウンフォースがやや不足し、タイヤが早めにグリップダウンしたことも理由のひとつではないかと考えられる。それでも、予選で2番手につけ、第1スティントでその順位を保てたからこそ、彼らはピットインで首位に浮上するチャンスを得たのだ。また、ローレーキによるものか、ストレートスピードはau TOM’S GR Supraより伸び、それもバトルでは有利に働いた。

「僕らも決勝向きと思われるタイヤを選んだはずだったのですが、そんな感じではなかったですね。明らかにauとペースが違うのに残り30周とかあり『最悪だ』と思いながら走っていました(笑)。ずっと一緒にやってきたので坪井選手のことはよく知っているし、絶対に来るだろうなと。ただ、岡山の場合、GT500単独同士だと抜ける場所は限られているので、そこだけはしっかり抑えました」と山下。

 坪井はピタリと山下の背後につけ、何度も何度も仕掛けたが、山下は絶妙なブレーキングと、やや強引ともいえるラインどりで猛攻を何とかしのぎ続けた。「少しやり過ぎてしまった部分もあったので、レースが終わった後坪井選手に謝りました」と山下。

 坪井がギリギリで引かなければ、何度か当たっていたかもしれないくらいの激しいバトルだったが、あの場面で素直に勝利をあきらめるような山下ではない。

 車間が狭まるとダウンフォースが失われ、フレッシュエアをエンジンに取り込みにくくなる。実際、au TOM’S GR Supraは何度かエンジンが吹けなくなり、チームは位置を少し左右にずらすように指示したという。ペースは圧倒的に山下よりも良かったのだから、無理にしかけずフィニッシュ近くになってから捕らえるという戦略もあっただろう。

 しかし、坪井は生粋のファイターだ。待つよりも仕掛けることを好む。「あと2~3周待っていたら行けたと思いますが、でも、あそこは行かなきゃダメですよね」と、やはり闘将である東條氏。結果はともあれ、彼らトムスの面々も究極のドッグファイトを楽しんでいたようだ。

 そして迎えた運命の75周目、坪井はバックストレートで山下に並び、アウトから仕掛けるもオーバーラン。サンドエリアに突っ込んでしまった。幸いにして順位を落とすことなくコースに復帰したが、山下との差は約9秒に広がり、そこで勝負はあったように思われた。しかし、余裕を得たはずの山下のペースは大きく落ち、単独走行となった坪井は逆に速さを増した。

「じつはもうタイヤが本当にやばくなっていて。振動がすごく、ブレーキを踏むと真っすぐ止まらないくらいでした。最後はゆっくり走ったわけではなく、全開であのタイムでした。あと1周あったらたぶん抜かされていたし、坪井選手が飛び出していなければ、きっと勝てなかったと思います」

 まさに、薄氷の勝利である。2019年に大嶋と山下を王者に導いた阿部和也エンジニアは、結成2年目のROOKIE Racingに最初の勝利をもたらした。「予想以上にドライバーが頑張ってくれました。クルマの改善点は分かったので、たぶん次の富士には合わせられると思います」と、優勝のうれしさと、追われた悔しさが交じり合った微妙な表情で初戦を振り返った。

「息ができないくらいの緊張感で、自分が乗っていたときのほうがまだ楽でしたね。しかし、まさか最後まで抑えきるとは思いませんでした」と大嶋。「いろいろなことがあったので、ちょっとこみ上げてきて……泣いちゃいましたよ」と、目を潤ませた。


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