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フェラーリは人類がつくりえた芸術のひとつである──新型F8トリブート試乗記

掲載 更新 6
フェラーリは人類がつくりえた芸術のひとつである──新型F8トリブート試乗記

最新のV8ミドシップ・フェラーリである「F8トリブート」に今尾直樹が試乗して書く。

圧倒的な高性能

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くおおおおおおんッ。

某所の料金所を通過したところでアクセル・ペダルを深々と踏み込んだら、「ひょえーっ、速い!!」と、思わず声に出た。最高速度340 km/h、0-100 km/hの加速タイムは2.9秒、0-200km/h加速は7.8秒。フェラーリ・F8トリブートは、3つ数える間もなく100km/hに到達し、理論的には、10と叫ぶ頃には200km/hをとっくに超えてしまう。

その片鱗を味わうだけで息を飲む。喉が渇く。公道であるから、アクセルをおのずとゆるめる。と、胸の中がモヤモヤする。最後までいかなかった……という非達成感ゆえに。さりとて、加速し続けていてもモヤモヤは広がる。アッという間に非合法速度域に達してしまうからだ。

フェラーリに乗ることの恍惚と不安、われにあり。

その性能を全部引き出してやらないと、名馬に対して申し訳ない。自分はジョッキーではありませんけれど、たぶんピアニストであるなら、そこにスタンウェイだとかの名機がある。アルピニストであるなら、そこに山がある。ドライバーがフェラーリの運転席に座っている以上、全開にしないでどうする。

前方に追い越し車線をのんびり走るクルマがいる。F8トリブートのドライバーからすれば、止まっているにも等しい速度だ。ブレーキを踏む。パワートレインをつかさどるコンピューターが背後の3902ccの90度V型8気筒ガソリンツイン・ターボをぐおん、ぐおんッと2度、ブリッピングさせ、7速デュアル・クラッチ式トランスミッションのギアをトップから2段落とす。まるで自分がやったみたいに気持ちいい~ッ。

動くシケインは、真っ赤な物体を認めるや、すぐさまレーンを譲ってくれる。譲ってもらったなら、踏まねばならぬ。右足に再び力を込める。野太くも心地よい、低音のまろやかな、しかしレーシィなサウンドが轟く。

ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ。

映画『フォード対フェラーリ』のIMAXスクリーンよりも鮮明な画像とド迫力サウンド。マーベルのヒーローものよりドキドキのスリル。心拍数が上がる。体が熱くなってきたのは、山から降りてきて外気温が上がってきたことにもよる。

実際は「マネッティーノ」という名称のドライブ・モードの切り替えスイッチをスポーツ・モードにしかしていない。この上にレース・モードがある。さらにトラクション・コントロールとスタビリティ・コントロールのオフもある。スポーツ・モードにするとシフトアップが比較的早めなので、もちろん、それで十分以上の性能を発揮するわけですけれど、7800rpmからレッドゾーンが始まるというのに6000までしかまわらない。1回だけ、画面がピコピコ光りながらシフトアップしたときの征服感といったら……。

488GTBからの進化

フェラーリ・F8トリブートは、マラネロが2019年に2月に発表した、「488GTB」の後継モデルである。イタリア語でtributoは、日本語で賛辞である。フェラーリはみずから、跳ね馬史上、最もパワフルなV型8気筒と、その妥協なきミドシップ・レイアウトにトリブート、もしくはオマージュをおくっている。

ボア×ストローク=86.5 x 83.0 mmのショート・ストロークで、排気量3902ccの90度V8は、先代488GTBから引き継いでいる。とはいえそれは、最高出力が488GTBの670psから720psへ、50psも引き上げられている。最大トルクは760Nmから770Nmへ。しかも車重は公称1370kgから1330kgへと40kgの減量を実現し、エアロダイナミクスの改善を図ってもいる。

くわえて電子制御関係の改良によって、限界付近のコントロール性が上がっている、とされる。少なくとも、アクセルの踏み込む量、踏み込む速度によってエンジンの反応がまったく異なることは確かだ。ちょっと軽く踏むと即座にシフトダウンして、加速に備える。クルマがまるで、生き物の、それこそ馬のように、実際の馬がそうなのかはじつのところ知りませんけれど、乗り手の気持ちを察してくれる。

ステアリング・ホイールのリムは488GTBより小径となり、クルマの動きがよりアジャイル、敏捷になっている。488GTBはそのスパイダーをイタリアで試乗したことがあるけれど、そのときは確かに安定感がインプレッシヴで、たぶんそれはターボ化による大トルクに備えたものだったろう。458イタリアのレーザー・シャープなハンドリングに対する揺り戻しのようなことがあったのかもしれない。

デザインはF1由来のエアロダイナミクスの導入により、より複雑になった。フロントの「Sダクト」は、488GTBの高性能版である488ピスタで量産車に初導入された。さかのぼれば、2008年のフェラーリF1で採用された機構だ。フロントから入った空気をボンネット上部から外に出すことで気流を整える。これにより488GTB比でダウンフォースが15%増になるという。

F8を特徴づけるリアのプラスティック製スクリーンは、かのF40からもってきたもので、ルーバーが3つ設けられていて、ここからエンジンの熱気を逃す。後方視界がやや悪くなるきらいがあるのは否定できないけれど、F40がデザイン・ソースだといわれて喜ばないフェラリスタはいないだろう。

フェラーリがこの世から消えたとしたら……

フェラーリは発表時、F8トリブートを、「史上最速で、最もスリリングで、最もコミュニケイティヴなスーパーカーの1台」と、表現している。乗り心地の素晴らしさにもパワーの出方にも、ベース・モデルである先代の488GTB以上に磨きをかけ、リッターあたり出力が185psに達したモンスターなのに気むずかしいところは微塵もない。

超人しかその限界を見極められないほどウルトラ高性能である一方、常人でもすぐに乗れちゃうほど扱いやすい。奥が深いのに間口が広い。噂によれば、近年のフェラーリはまったく壊れないらしい。それもこれも、マラネロのひとびとが休みなく働き続けているからで、彼らはおおむね4年でモデルチェンジし、エンジンのパワーを上げると同時にエアロダイナミクスを改善した最新モデルを登場させている。F1で培った技術をフィードバックしながら。

前述したF8トリブートでも行われているような改良が、少なくとも1999年発表の「360モデナ」以来、絶え間なく繰り返されて、つねに鮮度のいいイタリアン・デザインとクラス・トップの高性能を提供し続けている。そこには、ワン・メイク・レース車両の開発とレースから得られた知見も織り込まれている。

フェラーリV8ミドシップにはモータースポーツとスポーツカーの理想的な好循環のループがつくられている。こんなことができているのは、ほかにはたぶんポルシェしかないといっていい。

ご存じのように、世のお金持ちは世の貧乏人が増えるに従い増えており、それもあってフェラーリはいまや年産1万台を超え、さらなる成長を目指している。けっこうなことですなぁ、と申しあげるほかない。

近頃のフェラーリは限界の性能が高くなり過ぎたとか、価格が法外になっているとか、という声もあるようですけれど、ちょっと想像してみてほしい。フェラーリがこの世の中から消えてしまった世界のことを。

フェラーリというのは、貧しくなったとはいえ、まだまだ豊かなここニッポン、とりわけ東京においては、晴れた日の日曜日なんかだと、それこそ何度も出会うような、あるのが当たり前の存在になっている。たとえば、バレンタイン・デイだとかクリスマスだとかお正月だとか町内のお祭りだとかが、ある日、なくなってしまったとしたら……、その存在の大きさを知ることになるのではあるまいか。

ある晴れた1日。筆者はフェラーリ・F8トリブートを駆り、小津安二郎の映画ほども低いアングルから雪をかぶった富士山を眺めた。そのときの多幸感は、ちょっとほかのクルマでは味わえない。西伊豆のキラキラ輝く青い海沿いの道をのんびり走りながら、こんな幸せな気持ちにさせてくれる乗り物が地球上に存在していることのありがたみを思う。

フェラーリを手に入れるというのは、自分専用の映画館を買うようなものだ。少なくとも、たいへん贅沢なおこないである。そういう僥倖に恵まれたひとびとにひとこと申し上げるとすれば、願わくば、ときどきでよいので、私にも観せてください。そのフェラーリは、もちろんあなたのものですけれど、あなただけのものではないのです。人類がつくりえた芸術のひとつ、最高の自動車なのだからして。

文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)

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みんなのコメント

6件
  • >フェラーリ・F8トリブートを駆り、小津安二郎の映画ほども低いアングルから雪をかぶった富士山を眺めた。そのときの多幸感は、ちょっとほかのクルマでは味わえない。

    借り物でなく、自分のフェラーリでやってみなよ。そりゃ、とんでもない多幸感と万能感ですよ。
  • >くおおおおおおんッ。
    >ぐおん、ぐおんッと
    >気持ちいい~ッ。
    >ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ。
    >画面がピコピコ光り

    馬鹿っぽいなw

    >動くシケインは

    何様だよ。
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