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スポーツ 2018.8.11

レイトンハウス創始者、赤城明氏の急逝に寄せて

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 今でも時折街中で見かけるターコイズブルーのトレーナー。背には黒い文字でLEYTON HOUSEと描かれている。1980~90年代に国内外のモータースポーツ界で一世を風靡したレーシングチーム、LEYTON HOUSEの名残だ。

 そのLEYTON HOUSEを設立したのが赤城明氏。本業の不動産業での収益をレースに注ぎ込んだ。モータースポーツへの関与は1984年の萩原光への支援がきっかけ。ツーリングカーレースや富士GCレースに参戦し、86年に萩原がテスト中の事故で亡くなってからも活動は継続、国内レース界での存在感を高めていった。LEYTON HOUSEのクルマでレースを戦ったのは故・萩原を初め、関谷正徳、星野一義、岡田英樹、影山正彦……など。トップドライバーの名前がずらりと並ぶ。

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 赤城の野望は日本国内に留まらず、世界、それも最高峰のF1グランプリに向けられた。1987年にはレース活動を再開したマーチ・エンジニアリングを全面的に支援。イワン・カペリ、マウリシオ・グージェルミンの2人のドライバーを抱えてF1グランプリに打って出た。89年にはマーチを買収、正式にコンストラクター”LEYTON HOUSE Racing”としてレースに参加した。

 ハイライトは1990年のフランスGP。カペリとグージェルミンは予選7番手、8番手からスタートし、レースのほとんどをリードする快走振りを見せた。残念ながらグージェルミンはリタイアしたが、カペリはゴールまで3周を残してフェラーリのアラン・プロストに抜かれ、無念の2位に甘んじた。自動車メーカー系のチームが力を発揮するF1グランプリで、プライベートチームでも優勝に王手をかけられる希望を見せつけた。その時のクルマを設計したのが、F1界随一の才能といわれる天才デザイナ-、エイドリアン・ニューエイだった。

 順風満帆に見えた赤城のレース活動だったが、1991年、赤城は富士銀行赤坂支店の不正融資問題に絡んで逮捕された。多額のレース活動経費の融資を不正に受けたと言われ、10年間服役をした。服役を終えてからは投資会社を興してビジネス展開をしていたが、8月8日に急逝した。享年73歳。

 豪快な事業展開をするビジネスマンだったが、モータースポーツ界に限らず、国籍も人種も民族も越えて多くの人に慕われた。ご冥福をお祈りします。

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(motorsport.com 日本版 赤井邦彦)

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みんなのコメント

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  • tea*****|2018/08/11 19:05

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    レイトンブルーは、バブルの象徴だった様な…
  • guu*****|2018/08/11 20:24

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    レイトンブルーのマシンは細身で格好良かったなぁ。
    非力なジャッドV10で果敢に攻めて、コースによっては上位すら食う勢いで面白かった。
    ピーキーで扱いにくいハンドリングって話しも幼い自分には応援したくなる要素だった。
  • ton*****|2018/08/11 20:36

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    90年のフランスグランプリでレイトンのカペリがラスト3周までプロストのフェラーリを抑え込んでトップを快走していたのを思い出す。
    そういえば、カペリが獄中の赤城オーナーと面会した際に「いま自分がF1に乗っているのは赤城オーナーのお陰」と言って涙したなんて美談もあったっけ。

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