日経新聞によると、トヨタの研究開発費は2019年度で年間1兆1000億円で、これは日本企業のトップ。最近はAIに代表されるIT分野に開発の裾野が広がったため、毎年5%程度の増加が予想されるという。
そんなトヨタだけに、こと自動車関連の技術に関しては、ありとあらゆるモノを手がけている(と考えたほうが自然だ)。
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ちょっと前まで、主に経済メディアで「トヨタはEV開発に出遅れている」というアホな記事をよく見かけたが、それがいかに的外れかはこの研究開発費だけを見てもわかる。
他社が商品化しているのにトヨタが市場に出していない技術は、「開発が遅れている」のではなく、「商品化のタイミングを見定めている」か「商品化の見込みがないと判断した」のどっちか。それには、トヨタなりの理由がある。
というわけで、「トヨタが商品化していない技術」について、その理由を考察してみよう。
文/鈴木直也
写真/TOYOTA、VW
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■48Vマイルドハイブリッドシステム
こちらは、VWの48Vマイルドハイブリッド。エンジン補機類に48Vを使用する一方で、内装などの電装システムには従来どおり12Vを使用するため、双方向の電力をやり取りするためのDC/DCコンバーターを搭載している
最近、欧州車を中心に採用車種が増えている48Vマイルドハイブリッドシステムだが、トヨタはこの方式をなかば公式に否定している。
実は、トヨタは2001年に「クラウン マイルドハイブリッド」を発売していて、この分野の先駆者でもある。
これは、システム電圧42V、蓄電池は36V鉛バッテリーという、現在の48Vシステムとはかなり異なるものだが、原理は基本的に同じ。ベルト駆動のオルタネーターで回生/駆動を行う簡易型ハイブリッドシステムだった。
42Vのマイルドハイブリッドシステム(THS-M)を搭載し、2001年に発売された「クラウンロイヤル マイルドハイブリッド」(11代目)
ところが、その後トヨタはハイブリッドシステムをTHSに一本化して、以後マイルドハイブリッドの市販車を出していない。
何故かといえば、ずばり「コスパが悪い」からだ。
2017年11月に行われたトヨタの電動化戦略説明会で、この件を副社長の寺師茂樹さんに質問したことがあるが、「ある程度の燃費低減効果はあるが、費用対効果という点で魅力を感じない。法規制などの要因がなければ採用する予定はない」と回答された。
42Vシステムの開発に携わった寺谷達夫氏によると、マイルドハイブリッドによる燃費向上は最大20%程度と見込まれるが、THSに代表されるストロングハイブリッドは現状でも40~50%アップの実績があるという(スズキのエネチャージなど、さらに簡易な12Vマイルドハイブリッドは推して知るべし)。
つまり、トヨタには伝家の宝刀トヨタ・ハイブリッド・システム(THS)があり、本気で燃費を上げたいならこれを使うのがベスト。見かけ上のコストはたしかに安いが、48Vシステムで稼げる燃費はたかが知れている、というのがトヨタの見解とみていいだろう。
これは欧州勢にとっては痛いところで、彼らにしてみれば「そりゃわかってるけど、THSみたいに複雑なストロングハイブリッドはコストが高くて厳しいのよ!」というのが本音だ。
走行1kmあたり95gという、厳しいCO2排出規制に直面している欧州勢にとっては、いますぐ既存車種に採用できる燃費向上技術という意味で、48Vシステムは「地獄で仏」なのだが、長年ハイブリッド関連技術に投資してきたトヨタは、この分野で圧倒的なコスト競争力を持っているがゆえに、48Vシステムは中途半端で魅力を感じない。
これが、トヨタが48Vシステムを商品化しない理由なんだと思います。
■デュアル・クラッチ・トランスミッション(DCT)
トヨタはDCTにはまったく興味を示すことはなかった。BMWと共同開発したフラッグシップスポーツカー「新型スープラ」に採用したのも8速スポーツATだった
トヨタが初代プリウスを開発していた1990年代前半、ハイブリッドだけでも80種類にもおよぶ、さまざまなパワートレーンが検討された。
そのなかで、早期にボツとなったノン・ハイブリッド方式のひとつに、直噴希薄燃焼+DCTという組み合わせがあったという。
この話は、プリウス生みの親といわれている内山田竹志さんから聞いたものだが、DCT嫌いのトヨタが90年代に(!)と驚いた記憶がある。
つまり、トヨタは1990年代からDCTの燃費性能(伝達効率のよさ、フリクションの少なさ)には注目していたということ。にもかかわらず、いまだにトヨタはDCTを商品化していないのはなぜだろう?
高価格車に関しては、おそらくドライバビリティの質感、とりわけスムーズさがトヨタ基準では不満なのだと思われる。
DCTの特徴は、よくも悪くもトルクコンバーターを持たないこと。それゆえに、駆動ロスが少なくダイレクトなトルク伝達が可能とされている。
しかし、どれだけスムーズにクラッチをミートしても、オイルという流体を介してトルクを伝達するトルコンにはかなわない。DCTのメリットを認めつつも、発進のスムーズさやシフトショックの少なさをトヨタは重視しているのだ。
低価格車については、コストと燃費性能でDCTよりCVTにメリットありという判断だろう。
クルマ好きはCVTを好まないが、市街地レベルの低速ドライバビリティと燃費ならCVTがおそらくベスト。また、トルコンがあるから渋滞にも強い。
逆に、ファン・トゥ・ドライブ性能や、高い速度域の効率ではDCTにも魅力があるのだが、それを好むお客さんは少数派。トヨタはそこで勝負するつもりはない。
いっとき急激にシェアを伸ばしたDCTが最近頭打ちになっているのを見ると、トヨタの判断は正解だったような気がいたします。
■ディーゼルエンジン
トヨタが2015年に発表した2.8L直噴ターボディーゼルエンジン( 1GD-FTV)
2000年代のはじめに欧州でクリーンディーゼルがブームとなったのは、ドイツ御三家を筆頭に各メーカーから魅力的な新型エンジンがぞくぞく登場したのがきっかけ。たしかに、これら新世代ディーゼルはパワフルで燃費もよく、過去のイメージを一新する魅力があった。
では、何ゆえ欧州勢が一斉にクリーンディーゼル開発に走ったのかといえば、いわゆる“プリウスショック”が原因だったというのが定説だ。
1997年に初代プリウスが登場した時、欧州勢はその燃費性能に脅威を感じたものの、コスト面からハイブリッドが主流になるとは考えなかった。
彼らが燃費削減の主力に選んだのはクリーンディーゼル。これで時間を稼ぎつつ、将来は電動化技術を導入することで、厳しくなる燃費規制をクリアする戦略を選んだわけだ。
ここで、日本勢と欧州勢の行く道がくっきりと別れた。
日本勢はトヨタを中心に電動化戦略に注力し、欧州勢はクリーンディーゼルとダウンサイズターボを主力に据える。当然、開発生産の投資や商品戦略もこの方向で行われたから、これ以降は日本と欧州でパワートレーンの主力がかなり違う方向へ進んで行くこととなった。
結果として、マツダと三菱をのぞき日本車から乗用ディーゼルはほぼ消滅。トヨタも新規開発したのはランクル・プラドなどに搭載される1GD-FTVがほぼ唯一の存在といっていい状況だ。
ただ、GD系ディーゼルは技術的には最新だが、アジアを中心とする新興国市場をカバーするために造られたもので、欧州勢のディーゼルとはやや性格が異なる。
先進国ではディーゼルよりハイブリッド優先。これがトヨタの基本戦略と言えそうですね。
■EV(電気自動車)
トヨタ初となる量産EVとして、2020年から中国、欧州を皮切りに、日本にも2021年初めに投入する予定のレクサス「UX300e」
実験的にリース販売などで少量生産したものを除けば、トヨタはまだバッテリーだけで走るピュアEV車を発売していない。
トヨタ初のEV量産車となるのは、C-HRのEV仕様とレクサスUXのEV仕様。どちらも、2020年に中国を皮切りに販売が開始される予定だ。
これをもって「トヨタはEVで遅れをとった」という人がいるが、それはちょっと皮相的な見方と言わざるを得ない。
EVに必須の重要技術は、バッテリー、モーター、パワーコントローラの3つ。自動車メーカーならどこでも、この3点セットを用意すればすぐEVを造ることができる。
まして、トヨタは年間100万台以上のハイブリッド車を生産しているわけで、この電動化3点セットに関しては世界最大の量産規模を誇るメーカー。「遅れをとっている」のではなく「あえて参入を遅らせている」のは、子供にでもわかるはずだ。
では、なぜトヨタがEVの量産化に慎重なのかといえば、ひとつには現状ではEVはどうやっても赤字が避けられないこと。もうひとつ、トヨタがEVを手がける以上ある程度の規模(最低でも年間10万台)が求められること。とりわけ後者のハードルが高い。
赤字に関しては、1台あたり50万円の損失で10万台なら500億円だから、トヨタにとって許容できない金額ではない。しかし、10万台分のEV用バッテリーの調達ははるかに難関だ。
50系プリウスが搭載するリチウムイオンバッテリーの容量は0.8kWhだが、ピュアEVでは最低でもその50倍の容量が必須。つまり、EVを10万台造るには、プリウス500万台分の電池を調達しなければならない。
従来からのパナソニックに加えて、中国BYDやCATLなど、新たなバッテリーのサプライチェーンが構築できたことでようやくトヨタのEV量産にゴーサインが出た。それが、トヨタがEV参入に慎重だった最大の理由と言えるでしょう。
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