■欧州の燃費規制をクリアするには電動化待ったなし。喉から手が出るほどハイブリッド技術が欲しいメーカーはどこだ?
2019年4月3日、トヨタ自動車が『ハイブリッド車開発で培ったモーター・PCU・システム制御等車両電動化技術の特許実施権を無償で提供』という驚くべき発表をした。トヨタがライバルとの差別化において大きな役割を果たしているハイブリッド技術を、どのメーカーでも心おきなく使えるようになるというわけだ。無償提供される特許件数は約2万3740件で期限は2030年まで。あわせて、技術サポートも行なう(もちろん有償)という。
すでに量産性やコスト面でも競争力のある、独自のハイブリッド技術を確立しているメーカーにとっては関係のない話にも思えるが、電動化に出遅れながらも、メーカーごとの燃費規制をクリアするためには電動化が必須といえる欧州の自動車メーカーにとっては渡りに船のおいしい話といえそうだ。
では、トヨタ・ハイブリッド・システム(THS)の特許を使いそうなメーカーとして、どこが考えられるだろう。まず、国内ではトヨタと資本関係のあるマツダは採用例があるし、SUBARUも北米で販売するプラグインハイブリッド車にはTHS由来の電気駆動系を採用している。さらに、スズキもTHSの技術供与を受けると発表したばかりだ。
欧州では、フルハイブリッドシステムにおいて遅れをとっているPSAとFCAの両社はTHS陣営に入ってくることだろう。THSはエンジンとモーターの出力を上手にミックスできるため駆動モーターを小型化しつつフルハイブリッドシステムを成立できる。そのためコスト面で小型車に載せやすい。こうした特徴は、両社の求める電動化技術とマッチにするはずだ。
すでにPSA(プジョー、シトロエン、DS)はトヨタと共同で小型車の生産工場を運営しているほどで、なおかつ電動化における市販車の動向を見ると、小型車に対応できるコスト感のTHSは喉から手が出るほどほしい技術だろう。同じく小型車をメインとしているFCA(フィアット、クライスラー)もフィアット系の商品ラインナップを見るとTHSとの相性は良さそうだ。欧州ではBMWもトヨタとの関係が深いが、BMWブランドの場合はプレミアムモデルから電動化を進めているのでTHSにチェンジする必然性は薄いが、BMWミニについてはTHSを採用するというのはありだろう。初代のBMWミニではトヨタのディーゼルエンジンを積んでいたこともあるのも何かの縁といえそうだ。もし、欧州においてこれだけのメーカーがTHS陣営に入れば、さまざまな部品のサプライチェーンを含めて量産性は高まるだろうし、価格競争力も強まるだろう。
北米については、GM、フォードともに独自のハイブリッド技術を確立しているのでTHS陣営に入る必要性はないが、コストダウンにつながるのであれば検討する価値はあると合理的に考えるだろう。とくにフォードはもともとTHSの技術供与によってハイブリッド車を生み出したこともあり、ハイブリッド技術の方向性としては似たような方向性を持っている。意外にスムースにTHSにシフトできるかもしれない。
そのほか中国、インドなどアジア系メーカーにおいてもTHSを利用するというのはあり得る話。日米欧 自動車メーカー各社のロードマップを見ても、21世紀の半ばまでは100%電動化になることはなく、50%程度はハイブリッドカー(プラグインハイブリッド含む)であると予想されている。「ハイブリッドはつなぎの技術」という見方もあるが、つなぎだからこそ自社開発にこだわらず、ローコストのシステムを使うというのは、やはり合理的だ。
そうして、THSがデファクトスタンダードになればモーターやPCUに使う半導体素子の量産効果が高まり、さらにコストダウンが可能になる。現時点においても、2モーターハイブリッドで比べると他社よりもコスト面で優位に立っているトヨタだが、この特許無償提供によって盤石の体制につなげようというのが狙いだろう。また、今後の自動運転においてはプラットフォームレベルでの対応が必要とされているが、THSがデファクトスタンダードになれば自動運転開発においても勢いが増すことが期待される。
いずれにしても、グローバル化においてはデファクトスタンダードを握ることは生き残りやリーダーシップにつながる。特許の無償提供を決断するタイミングが遅いという指摘もあるが、トヨタとしてハイブリッドが枯れた技術になりつつある時期と、欧州を中心とした電動化ニーズの高まりがぴったりと重なり合った今こそ、THSのデファクトスタンダードを狙うベストタイミングといえるのかもしれない。
文:山本晋也
自動車コミュニケータ・コラムニスト
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