2017年7月、フランスのマクロン政権が「2040年までに国内でのガソリン車、ディーゼル車の販売を禁止する」という方針を発表、続いて8月にはイギリスも同内容の見解を発表しました。もともと中国は急速なEV推進策をとっていることから、自動車界では「これで世界的には一気にEVへの技術投資が加速する」という見方が出ています。
しかし本当に、EVへの技術投資はそんなに急に進み出すのでしょうか? 元日産自動車のトップエンジニア、水野和敏氏にじっくり伺いました。
『EVは普及しない』、『ガソリン車は販売禁止』はどちらもあり得ない!? どうなる自動車界の2040年問題
文:水野和敏
ベストカー2017年10月10日号
■「EV禁止」は英仏vs.独の政治問題
イギリスとフランスが2040年には内燃機関を搭載する自動車の販売を禁止して、EVだけにするという話があります。けれど、あれは自動車業界だけの話ではなく、政治問題、つまりEU内での国策問題だと私は思っています。自動車だけを見て、このような話に一喜一憂していてもしかたないと、私は思います。
欧州、EU内における経済を含めたリーダーシップと自動車大国は圧倒的にドイツです。フランスやイギリスの声明を受けて、ドイツのメルケル首相は直ちに声明を発表し「ディーゼルエンジンは将来においてもトータルでのエネルギー効率がいい」という趣旨を伝えています。
いっぽう、フランスもイギリスも経済力や自動車産業ではドイツには遠く及びませんし、将来に向けても明確な展望はありません。
今のままではドイツに引き離され渡り合えないのです。……ではどうするか。
そこでドイツを念頭に置き『フランスでは内燃機関車両の販売を禁止する』と打って出たわけです。
■国内では売らない、と宣言しただけの話
ご承知のとおり脱原発政策を強力に進めるドイツに対し、フランスは原発大国、今後も新たな原発を作っていきます。電力という資源はドイツに対して優位です。この電力を活用して国内EV化を推進し、ドイツを牽制する狙いがあると思われます。
またそれと同時にEV化を推進することで今後重要となる電子産業基盤を作り欧州でのリーダーシップをフランスに築き上げようという狙いもあるはずです。
そしてここを見逃してはいけない重要な点ですが、フランスは国内での内燃機関自動車の販売〝は〟禁止する、というだけで、フランスの自動車メーカーが他国に向けてガソリンやディーゼルエンジン車を販売することを禁止していません。
すでに賢く人件費も安い東欧諸国はフランス自動車産業のインフラ基盤になっています。ルノーもプジョーも東欧諸国に開発拠点も工場も持っています。そこで内燃機関自動車を開発、生産しアジアや南米や欧州などに輸出できるし、EU規定でほぼフランス国内並みのマネージメントができるのです。
フランスの自動車メーカーは、2040年以降もフランス以外の国に対して間違いなく内燃機関自動車を開発し、生産していくでしょう。ただフランス国内やイギリスでは販売しない、というだけの話です。
■「ドイツ車」というブランドを守るために
いっぽうのドイツは先にも言ったように脱原発を掲げていることもあり、電力事情はフランスほど余力がありません。さらに世界ブランドを持つ自動車メーカーがたくさんあり、生産台数も多い。速度無制限のアウトバーンもニュルブルクリンクの北コースも、ドイツ車のブランドを創る基盤になっているのです。そう簡単に内燃機関からEVへはシフトできない事情がある。だからこそメルケル首相の声明に繫がる訳です。
EV、電子産業立国という点では、いま最も動向を注視しなければならないのが中国です。国内に海外メーカーとの合弁だけではなくローカル企業も含めて数多くの自動車メーカーがあり、3000万台規模の生産能力を持っていますが、既存の内燃機関自動車という点ではドイツや日本の自動車メーカーにはかないません。しかしご存じのように最新の電子立国インフラは持っている。だから新しい分野のEV、電子化で差別化を図ると同時に大気汚染問題を解決しようとしている。
■当然のように作り続けられていくでしょう
繰り返しになりますが、このたびの2040年EV化問題は、ヨーロッパの主導権に対しての政治問題なのです。工業大国ドイツに対するフランスの生き残りをかけた国家戦略。あたかも日本の自動車産業に対しての中国の将来構想と酷似しているところがあります。
2040年以降も世界各地で内燃機関自動車は当然のように作られて販売され、走り続けていくでしょう。自動車だけを見て個々の評論をするような問題ではないと私は思います。将来の国策と覇権戦略の一環と捉えるべきではないでしょうか?
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