2006年、Eタイプにインスパイアされて開発が進められたという2代目XKクーぺが登場している。しかし、その中身はジャガーらしさの継承というより、変革を感じさせる「モダンジャガー」だった。伝統的なジャガーらしさを感じさせながら、新しいものを求めていく。2006年秋に行われた試乗は、ジャガーのそうした姿が見られるものだった。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年1月号より)
クルマを作る意義は何か、根元的な要素が本質を作る
プレミアムカーを成り立たせている二大構成要素は「パフォーマンス」と「コンテンツ」だ。
【くるま問答】最近のクルマにテンパータイヤはない。パンク修理キットをどう使う? 最高速は?
パフォーマンスが優れていなければならないことは、説明の必要がないだろう。速く、運動性能に長けていなければ「いいクルマ」とは呼ばれない。
さらに、最新の安全装置を備え、装備が豊富で、インテリアがよく吟味されているかどうかなども、これに準じると考えて構わない。
人間と荷物を、A地点からB地点に移動させるという、自動車の基本的な機能を高いレベルで満たしていることがプレミアムカーの基本中の基本だ。
しかし、クルマに限らず「高いモノ」は、それだけでは売れない時代だ。だから、プレミアムカーはパフォーマンスと同等以上に「コンテンツ」が重視されるのだ。
ベントレー コンチネンタル フライングスパー、フェラーリ612スカリエッティ、アストンマーティンV8ヴァンテージ、マセラティ クアトロポルテ スポーツGTなど、この連載で取り上げたクルマを例に挙げてみても、その走りっぷりとともにエクステリアデザインの造形、インテリアデザインの意匠、あるいは車名やメーカーのマークに至るまでが作り上げる世界を大切にしていることがわかる。その世界こそが、コンテンツなのだ。
コンピュータやインターネットの世界の人々が率先して使い始めて普及した、このコンテンツなる言葉を難しく考える必要はない。情報の「中身」や「目的」と言い換えれば済む。
コンピュータやインターネットは、情報の「器」や「通り道」であり、または「手段」だ。
人に何かを伝えるためには、目的と手段の両方が揃っていなければならない。コンピュータやインターネット企業が口を揃えて「コンテンツを充実させる」と表明しているのは、伝える手段は持っていても、それだけでは中身が伴っていないことを物語っているからだ。
プレミアムカーには、この「器と中身」、あるいは「手段と目的」が必ず揃っている。自然発生的に揃ったものもあるが、当事者たちが必死になって保持しようとしているようにも見受けられる。
つまり、冒頭に記した「人間と荷物を、A地点からB地点に移動させる」ことを通じて、何かを表現しようとしている。それが、最近の自動車メーカーがよく使う「ブランドアイデンティティ」や「ブランドDNA」なのだろう。
何のために、クルマを作っているのか。何をしたくて、クルマ作りを始めたのか。
日本のホンダとヨーロッパの多くの自動車メーカーは、創業のいきさつにモータースポーツが関わっている。彼らが宣伝や技術開発以上のモチベーションを以て、今でも競走に取り組んでいることは、その現れだろう。
ベントレーが、親会社であるアウディのレーシングカーR8を「ベントレーEXPスピード8」として仕立て上げ、2003年にル・マン24時間レースで優勝したことは記憶に新しい。
フォルクスワーゲン・アウディグループ入りした新生ベントレーの原点回帰として、ル・マン24時間レースへのチャレンジと勝利は見事な演出効果を発揮した。
ご存知の通り、フェラーリは戦後の近代F1開始以来、ずっと参戦を続けている唯一の自動車メーカーである。アストンマーティンも、2005年のル・マン24時間に鮮烈にカムバックし、GTSカテゴリーでシボレー・コルベットと死闘を演じた末に勝利した。同様に、長らくレースから遠ざかっていたマセラティも、新たに開発したレーシングスポーツMC12によって、2005年度のFIA GT選手権を制覇している。
高度に発達した現代のレーシングカーは、市販車との技術的なつながりは薄い。また、ワークスチームとはいっても、現場のレース運営はヨーストやプロドライブといったプロのレーシングチームとの混成部隊が編制されたり、まるごと委託されたりする。だから、ワークスマシンとはいえレーシングカーと市販車との間に、直接的な関係はほとんどない。
それでも、あえて、彼らがレースを戦うのは前述したコンテンツのためだ。最終的には、宣伝のためと納得させられてしまうのかもしれないが、モータースポーツ活動は自動車メーカーの自らのアイデンティティの模索に他ならない。
踏襲から革新へと転換、爽やかなる洗練性の提示
ジャガーも1950年代にCタイプやDタイプといったレーシングスポーツによって、ル・マン24時間をはじめとする数々のレースを制して来た。XKシリーズでラリーやツーリングカーレースでも名を馳せた。80年代に入って、グループCカーレースに復帰し、ル・マン24時間に勝った。しかし、90年代にF1に参戦するも、目立った戦績を残すことなく撤退してしまった。
だからなのかわからないが、今度のXKの宣伝プロモーションなどには、モータースポーツのイメージはあまり強く使われていない。CタイプやDタイプ、XK120などのイラストがカタログやプレス資料に小さく載せられているだけだ。
そして、注意深く新型XKの登場の仕方を観察していくと、今までのジャガー各車や他のプレミアムカーと較べて、コンテンツの扱い方の違いに気付く。
ジャガーは、今までことあるごとにジャガーネス(ジャガーであること)を強調してきていた。ジャガーであることとは、過去のモータースポーツでの栄光であり、イギリスのクラフトマンシップと同義だった。言わば、イギリスの古き良きものの現代版としてジャガーを定義していたのだ。
それが、今度のXKから払拭されている。イギリスのイの字も見当たらないし、ブリティッシュレーシンググリーンの緑色も配されていない。基本色は黒に統一され、よく見れば、ジャガーのロゴに使われているJの字のフォントデザインも変わった。広告のテーマコピーも「ゴージャス」と謳っている。
肝腎のクルマそのものも、エクステリアデザインは旧型のイメージを継承しつつも、エンブレムを剥がしたらジャガーとわかるかどうかの境界線上にある。
インテリアは、インパネやダッシュボードの素材、シートやトリムの色などの違いによって、テイスト別に数種類の中から選択することができる。従来通りの、革と木目を強調したコンサバなセンスのものから、アルミや淡い色調の革を用いたモダンなものまで揃っている。モダンなものは無国籍風だが、かえって爽やかだ。今の時代に古いブリティッシュイメージを押し付けられても、時代錯誤で息苦しくなってくる。
走り始めると、旧型からすべてが刷新されていることがわかる。当たりは柔らかいのだが、踏ん張るほどにしっかりしてくる乗り心地が素晴らしい。サルーンでも、ここまで洗練された乗り心地を持つものは少ないだろう。
傾斜のキツいワインディングロードで、ペースを上げてみる。直線部分でスピードを上げ、迫り来るコーナーに備えて強めにブレーキング。同時に、ステアリングホイールを切り始め、ボディがロールしながら旋回していく。この一連の動きの中に、一切の淀みや引っ掛かりが存在しない。ドイツのプレミアムカーに多い、外界からの動きを極力シャットアウトしていこうとするシャシの開発指針とは大きく異なっている。ロールやノーズダイブ&スクオットなどは洗練させた上で受け入れている。
そこで大きな役割を果たしているのが、アルミ製シャシだ。3年前にデビューしたXJに用いられた、鍛造と鋳造アルミニウムパーツを接着剤とリベット止めで組み付ける工法を継承し、発展させたものだ。
軽量かつ高剛性という、アルミシャシの長所を十分に生かしている。重量は、クーペで1595kg、コンバーチブルで1635kg。ジャガーの資料によれば、クーペボディのねじり剛性はクラストップの値で、コンバーチブルは旧型XKよりも50%も向上しているという。
さらにペースを上げて、強く、急激なブレーキを踏んでも、XKは破綻することなく減速し、柳が風を受け流すように涼しい顔をしてコーナーをクリアしていく。すべてが、柔らかく、優しい。強固なボディにつながったサスペンションが滑らかに動き、路面とクルマ自身双方の動きを受け入れているから可能な技だ。
現在の価値を最大限に追求、見事なまでの広がりを持つ
素晴らしい走りっぷりを支えているのはサスペンションだけではない。トランスミッションも大きな役割を果たしている。
ジャガー初となるパドル付き6速ATはマニュアルシフトが可能。「D」モードで走行中にパドルで変速すれば、瞬時にマニュアルモードに移行する。約16秒間、何もしなければ、オートマチックの「D」モードへ自動的に戻る。それより早く戻したければ、パドルを少しだけ長引きすればいい。
高いエンジン回転数で変速し、減速時のブリッピングも強くなる「DS」モードの働きも絶妙だ。速度とエンジン回転数と減速Gを感知し、変速タイミングとエンジンブレーキ量を変化させているのだが、F1ドライバーに手伝ってもらっているかのように正確だ。DSモードを使うと、確実に速く走れるし、面白い。
新型XKは、車名以外のすべてが革新されている。見事な走りっぷりは最先端を行っている。
今のところ同じフォードグループに所属しているアストンマーティンV8ヴァンテージの方がスポーツカーとしては硬派ではあるが、XKは一般的であるが故に、楽しみの幅が広く、奥が深い。
過去のコンテンツに頼り過ぎることなく、最新テクノロジーを蓄積されたクルマ作りのノウハウで最大限に活用している。モダンジャガーの面目躍如だ。プレミアムカーの新しい在り方を示している。(文:金子浩久/Motor Magazine 2007年1月号より)
ジャガー XKクーペ ラグジュアリー 主要諸元
●全長×全幅×全高:4790×1895×1320mm
●ホイールベース:2750mm
●車両重量:1690kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4196cc
●最高出力:304ps/6000rpm
●最大トルク:421Nm/4100rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:1180万円(2006年)
[ アルバム : ジャガー XKクーペ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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