2021年11月9日から11月20日の日程で英国スコットランド・グラスゴーで開催されたCOP26(気候変動会議)では、クルマの脱炭素戦略も重要な課題となった。
各国、各地域の実状、思惑、方針が異なるなかで合意に至ったもの、至らなかったものなどさまざまだが、「クルマの脱炭素化」について理想の戦略とはどういうものなのか? 今、改めて考えたい。
トヨタ労組が賃上げ要求廃止へ……国内最大自動車メーカー、トヨタの年収は高いのか? 安いのか?
※本稿は2021年11月のものです
文/鈴木直也、国沢光宏、桃田健史、ベストカー編集部、写真/AdobeStock(トップ画像=chrisdorney@Adobe Stock)、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2021年12月26日号
[gallink]
■日本の脱炭素戦略は正しいか?
当然といえば、当然。今回の日本政府と日系メーカーのCOP26での対応について、そう感じる自動車メーカー関係者、そしてユーザーが日本では大半ではないだろうか。
COP26では「2040年までに新車販売の100%をZEV(ゼロエミッションヴィークル)とする宣言」が出されたが、日本は政府も自動車メーカーもこの宣言に署名していない。ZEVとは事実上、EVと燃料電池車を指すからだ。
岸田文雄首相は11月2日、COP26世界リーダーズサミットで行ったスピーチのなかで、自動車については「日本は、世界の必需品である自動車のカーボンニュートラルの実現に向け、あらゆる技術の選択肢を追及してまいります」と話している。
日本の二輪・四輪業界はZEV一辺倒ではない。EVや燃料電池車以外の『あらゆる技術』で研究開発を進めるというスタンスだ(Monkey Business@Adobe Stock)
周知のとおり、日本自動車工業会としては、2050年カーボンニュートラルに向けて、ハイブリッド車や水素を燃料とする内燃機関などEVや燃料電池車以外の『あらゆる技術』で研究開発を進めるという姿勢を日系二輪四輪業界のワンボイスとして世の中に強く発信している。
だが、日本のそうした正攻法と比べると、日本と同様に自動車産業が国の経済の中核であるドイツとアメリカは日本とはまったく違う対応を取った。前述の宣言に、国としては署名しないが、メルセデスベンツとgmは企業として署名している。
これを政治面、また外交面で見れば、ドイツとアメリカは「かなり、したたか」と言わざるを得ない。
一般的に、外交では、右手で握手をしながら、左手でお互いをけん制する、といった表現が使われる。果たして日本の正攻法は通用するのか?
(TEXT/桃田健史)
■鈴木直也×国沢光宏 水と油対談 クルマの脱炭素、理想の道
世界がまとまる難しさを改めて感じさせたCOP26。クルマの脱炭素も同じで、EVに突っ走る国があれば別の道を模索する国もあるが、理想的な方法は何か? 鈴木直也氏と国沢光宏氏が語り合った……というか対決した。(聞き手:編集部・飯干俊作)
* * *
──岸田首相がCOP26でクルマの脱炭素は「あらゆる技術の選択肢を追求していく」と明言しました。EV一辺倒の流れのなかで異例の発言だったと思います。
鈴木 よく言ったと思う。クルマとは別に、石炭火力発電を含めた選択肢も残すと言ったのは立派。
国沢 俺は今後も叩かれる口実を作ったと思うね。そんなことで目立つことないのに。
──内燃機関はえらく嫌われてますね。
国沢 全部EVなんて簡単にできないんだけど、内燃機関に対するアレルギーが大きい。
鈴木 欧州の局地的なブームですよ。でも、脱炭素は誰も反対できない課題だからね。
国沢 欧州は「内燃機関はもう生理的に嫌だ」と言ってるわけ。そこが日本の反EVの人たちはわかってないと思う。
鈴木 欧州全体がそれでまとまっているわけでもないぞ。
国沢 でも完璧に押されてる。そうなってる時に反発してもしょうがない。いったん「わかった」と飲んでおけばいいのにと思うね。
鈴木 一度認めちゃうと、今後どう動いても「おまえ賛成しただろ」と言われるよ。
トヨタとスバルの共同開発新型EV「トヨタ bz4X」(写真)と「スバル ソルテラ」が公開された。発売は2022年央。日本のEV戦略も着々と進んでいる
国沢 結局最後、日本はやるんです、実行力があるから。やってるのにバカを見るのが今までのパターン。CO2だって一人あたりの排出量は世界で22番目(2019年)と低いのに風当たりがきついこと自体が日本のやり方が間違っているということだよね。
鈴木 国沢が言うとおり、生理的に嫌だと言ってる人に正論を吐いてもしょうがない。欧州人は今、頭に血が上ってるから、それはスルーするしかないと思う。国沢は一回認めたほうがいいと言うけど。
国沢 一回ね。でも作戦としてではなくて、実際トヨタは凄いのよ。世界80カ所で電池を作ると言っている。2030年に200万台のEVを作ると言って、ちゃんと電池も含めた生産計画を出しているのはトヨタしかない。しかも生産の電気も再生エネルギーだけで賄おうとしている。
■30年先の正義で戦えるのか?
──2050年くらいまでの長い目で見ると、最後はEVになるんでしょうけど、問題はそこまでの道のりです。
国沢 2050年までは内燃機関のクルマを使えるんだから、それまでたっぷり楽しもうでいい。でも、世の中の動きは押さえておかないと。
鈴木 世の中を動かすのは世論と経済なんだよ。
国沢 日本の自動車産業が生き残るためには世界のルールで動かないといけないのに、日本のルールを持ち出してああだこうだ言ってるのは時間の浪費だし、最終的に痛い目にあうのは自分たちだよ。
鈴木 IPCCとかCOPは挫折の連続の歴史で、そんなに簡単には動いてない。
国沢 そんな評論はどうでもいいんですよ。
鈴木 まだひっくり返るんじゃないのという話。自国の経済がまずくなった時に30年先の正義を掲げて戦えますか? 直近でエネルギー価格が上がった、大規模停電が発生した、でも石炭火力発電は動かすのをやめましょうという政策が果たして通るのか。世論と経済というのはそこ。
国沢 鈴木さんみたいな話のまずいところは、2050年の話をしてるのに今日の石炭火力発電がどうこう言うところ。今は使っていいんですよ。
鈴木 脱炭素の総論では誰も反対しないけど、各論では反対意見が出るだろ?
国沢 石炭火力発電も「はい、やめます」と言っておけばいいだけ。
COP26の主な出来事
──国が決めたら民間企業はそう動きますよね。
国沢 動いちゃまずい?
──30年かけてやろうとしていることを10年でやろうとしたら歪みが出ませんか? それで日本はCOP26の「石炭火力発電の段階的廃止」に合意しませんでしたよね。
国沢 日本は米国に付き合ってるだけ。石炭火力だけね。
──そこを無理してやろうとすると電気代が高くなったりしません?
国沢 なんで石炭火力を止めると電気代が高くなるの。それはダマされてるだけ。今、一番安い電気は太陽光。
鈴木 再エネは設備投資したあとのランニングコストは確かに安い。でもバックアップ電源も必要だよねという議論。
国沢 日本は地熱発電がある。地熱発電は24時間同じ出力で出せる。
──日本の2030年の再エネ計画で地熱は1%です。
鈴木 なぜ専門家は地熱に消極的なんだろうね。
国沢 それは原発の利権があるから。地熱発電は、日本は世界で3番目のポテンシャルがあると言われてる。
──2030年代の早いうちにと決めちゃうとバックアップに不安が生じませんか?
国沢 俺の話はデタラメでウソばかりだと言われてもいいけど、世界はそう動いているから。欧州でクルマを売るならCO2オフセットで作ったものにしろと言われた時に困るのは自動車メーカー。それができなかったら海外で作るしかなくなる。だから豊田章男さんは自動車産業の雇用がなくなると言って、いろんなことで啓蒙しているんだよ。
鈴木 欧州も一枚岩とは思えない。欧州は理念が優先しすぎてる。
国沢 日本が欧州で商売したいなら、石炭火力発電を止めるしかない。簡単な話ですよ。
鈴木 世論と経済をコントロールしなかったら、理念優先型の政策は実行に移せない。誰でも理念より自分の生活が大事だろ?
国沢 それで産業が衰退して食えなくなったら一緒でしょ。
鈴木 50年後、100年後の約束をしましょうという人類史上初めての試みに世論がついてくるのかという話。国沢は30年先の話というけど、今の人たちが納得して協力しなければ、5年先ですら不透明。
2030年に36~38%としている再生エネルギーのうち地熱発電の割合は1%の計画。問題となっているのは何なのか?
──CO2排出規制があって、それをクリアできれば方法はなんでもいいはずなのに。
鈴木 それを豊田章男さんが言ってる。敵は内燃機関じゃないでしょうと。
国沢 通用しないの。向こうは内燃機関をやめろと言ってるんだから。
鈴木 確かに、そこに理屈はないんだよね。
国沢 「世界と足並みを揃えましょう」と言えばいいだけ。いずれはEVがガソリン車と同じ値段で買えるようになる。そうするとゲームチェンジで、蒸気機関車からディーゼル機関車になって電車になったのと同じでガソリン車は勝てない。環境に優しいし、太陽光ならタダで走れるわけだから。
──2050年頃にはそうなっているだろうとみんな思ってるでしょうね。でも、その途中をどうするのか。
国沢 使えなくなるまではガソリン車に乗ればいいだけじゃん。
──あっさり言いましたね。
国沢 今EVを買えとは言ってない。将来的にも国によって電気が使えないところはしょうがない。でも太陽光パネルさえあれば、ヒマラヤの奥地でも電気はできる。そこに石油を運ぶよりラク。
──日本では太陽光パネルを置くところがもうあまりないとも言われますが。
国沢 お願いだから国にダマされないで。空いている農地の上に置くことができるわけ。でも、遊休農地のままなら税金はかからないけど、そこに太陽光パネルを置いたら凄い税金を取られる。そのおかしな制度をやめたらいくらでもできる。国が太陽光を絞ろうとしているのは、既存の発電所を潰さないといけなくなるから。原発利権のもとでできない理由を探しているだけ。
鈴木 長期的には電気シフトすることを否定する人はいない。だけど、その間をどう軟着陸させるかはいろんな考え方があって、VWは電気一辺倒だけど、豊田章男さんはいろんな選択肢を残さなきゃダメと言ってる。それぞれ会社によって違っていいと思うし、国も同じ。日本は選択肢があったほうがいいでしょう。
国沢 大事なのは自分が外れクジを引かないようにすることだよ。世の中の流れを見て否定ばかりしないで考えて、自分なりの結論を出すべき。
鈴木 自助努力しろと。
国沢 そう。俺はそういう人たちに情報を与えたいわけ。自分でちゃんとした道を選んでほしい。EVが嫌いなら、2050年までは好きにエンジン車に乗ればいい。
■内燃機関は消滅を待つしかないのか
トヨタは水素燃焼エンジンに力を入れているが、燃料タンクを小さくできないという問題がある
──カーボンニュートラル燃料で内燃機関を使える可能性もあるわけですよね?
国沢 合成燃料がガソリンより安くなると思う? 絶対に安くできないから成立しない。
──水素燃焼燃料は?
国沢 それも普通に使うクルマではあり得ない。水素は極めてエネルギー密度が低いから大きな燃料タンクが必要。ディーゼルエンジンの代替とか大型建機とかそういうものには使えるかもしれないから、水素エンジン自体は否定しないけど、乗用車用は難しい。
鈴木 乗用車は水素を使うならFCVのほうがいいね。
──内燃機関はこのまま消滅するのを待つしかないと?
国沢 そうなっていくと思う。でも、これからを生きる若い人たちにはなんの問題もない。
──「いろんな選択肢があったほうがいい」というのは、もしかしたら無駄な考え方かもしれないということ?
鈴木 違う。軟着陸させる過程で、必ず適者生存で何かが生き残るでしょうという話。
──だって今の話だと、オールEVになるまでに水素燃料も合成燃料もダメなら、内燃機関は生き残れないじゃないですか。
国沢 現実的に言ったらそう思うよ。でも、何が起きるかわからないし、EVオンリーには音を上げるかもしれないし、その時に全部やめてたら生き残れるものが作れない。
鈴木 トヨタくらいのスケールだと、そのくらいの開発は無駄でもなんでもない。トヨタはグローバルで商売していて、地域に応じた手札が必要という考え方だね。
国沢 飯干くんの頭の中には保険という概念がない。効率の悪いことを全部なくしたら、必要になった時に動けない。
──結論を出しましょう。クルマの脱炭素化はどのように進めればいいのでしょう?
国沢 トヨタのロードマップが一番近い。2030年に200万台のEVを作り、電池の手当てまでやって、さらにいろんな選択肢があると言ってる。それが正しいよ。
鈴木 世の中どう転ぶかわからないんだから慌てるなと言いたい。そういうあてが外れた例は歴史上たくさんある。ただ、庶民は自分の生活防衛をしっかり考えたほうがいいのは事実。社会が激変していてクルマのエネルギーも変わっていくわけで、ヘンなクルマを買っちゃうと将来二束三文になることもあるしね。
■まとめ:「正解」は自分で奪い取るしかない
脱炭素への道をどう選ぶかは国、地域ごとの環境や自然条件によって変わってくるし、もっと言えば人生観に関わってくる問題でもある。
クルマの脱炭素も同じことで、再生エネルギーの割合や構成が確定しないことには何が正しいのか読み切ることは難しく、現時点では「予想できない」というのが実際のところだろう。
鈴木氏、国沢氏ともアプローチは異なるが「いろんな手を打っておいたほうがいい」という点では共通している。「保険」の意味合いもあれば、今後の技術革新によって内燃機関の新しい価値が広がる可能性もゼロではないし、EVが当たり前に走るシーンなど想像がつかない途上国だっていくつもあるからだ。
正解がわからないなら、自分が信じた道を正解にするしかない。世界の自動車メーカーは今、そんな戦いをしている。
対談を買ってでてくれた自動車評論家の鈴木直也氏(左)と国沢光宏氏。両氏ともアプローチは異なるが「いろんな手を打っておいたほうがいい」という点では共通している。正解がわからない現状、多くの手をうっておいたほうが安全だ
【番外コラム】トヨタ、スバル、マツダがカーボンニュートラル燃料でスーパー耐久レースに参戦
2021年11月、内燃機関の未来をかけてマツダは次世代バイオディーゼル、トヨタは水素燃焼エンジンでスーパー耐久レースに参戦。来季はスバルも合成燃料で参戦し、技術を磨く。
次世代バイオディーゼル燃料「サステオ」を使用して参戦したデミオ。来季はフル参戦し、可能性を追求する
水素エンジンのカローラスポーツは耐久レースの顔になった感がある。もちろん、来季も参戦する
【おまけ】カーボンニュートラルへの道 用語辞典
●温室効果ガス(GHG)…赤外線を吸収し、再放出する大気を構成する気体の総称。京都議定書(COP3)では二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素など7種類が指定されている。
●気候変動に関する政府間パネル(IPCC)…各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与える政府間組織。1988年に世界気象機関と国連環境計画により設立。
●温室効果ガス排出量取引…先進国が脱炭素につながる技術支援や資金援助を行った場合、途上国で削減したCO2が先進国の削減量として計上される仕組み。
●パリ協定(PA)…2015年12月12日、COP21にて採択された2020年以降すべての国が参加する法的拘束力のある国際条約。発効条件の55カ国以上、世界の温室効果ガスの55%以上をカバーする排出国の批准により、2016年11月に発効。
●二酸化炭素回収貯留(CCS)…発電所や化学工場などから排出されたCO2を集め、地中深くに貯留・圧入する技術。貯留したCO2を古い油田に注入し、残った原油を圧力で押し出して再びCO2を貯留するCCUSもある。
●アンモニア火力発電…アンモニアは燃やしてもCO2を排出しないカーボンフリー物質で、石炭火力に混ぜて燃やすことでCO2の排出を抑えられる。2040年代に100%の専焼を実現する目標となっている。
●カーボンリサイクル…CO2を再利用するとともに大気中への排出を抑制する技術。化学品、バイオ燃料などのほか、コンクリート製品や構造物にCO2を吸収させる技術もある。
●水素還元製鉄…石炭の代わりに水素を使って鉄を作る方法。鉄鋼は日本の温室効果ガス排出量の約14.6%を占めている(2019年度)だけに重要な技術となる。
●合成燃料(e-fuel)…CO2に水素を合成して作られる燃料で「人工的な原油」とも呼ばれる。CO2を資源として利用するカーボンリサイクルとなるため脱炭素燃料とみなされる。F1で2023年の導入を検討。
●次世代バイオディーゼル燃料…微細藻類ユーグレナ(ミドリムシ)や使用ずみ食用油を原料としたディーゼル燃料。従来のとうもろこしやサトウキビなどの食料と競合しないバイオ燃料で持続可能性に優れている。
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一体何様だよ。