2018年5月26日(土)、ベストカーClub員限定イベント「水野和敏のクルマ評価塾」が富士スピードウェイにて開催された。
同イベントは、元日産GT-Rのプロジェクト総責任者であり、今なおエンジニアとして第一線で活躍する水野和敏氏によるクルマの評価方法を知り、ひいては「クルマの楽しさとは何か」を学ぼうという趣旨のもの。午前中は座学による講義、午後は実際に実車を運転しながらその特性を知る実技演習が行われた。
以下、その概要を、特派記者および参加者のコメントと合わせて紹介したい。
文:大音安弘、ベストカーClub事務局
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■【座学】クルマとは何か?
富士スピードウェイのミーティングルームにて、ホワイトボードを使った講義。2時間の長丁場だったがあっという間に時間がたってしまった
まず水野さんは「クルマの楽しさとは何か?」という最大のテーマを参加者たちにぶつけた。
多くの人の話題に上るのはなぜなのか。
参加者からは様々な意見が出たが、その理由を、水野氏は、「それは自由だからだ」という。
クルマは「時間」、「空間」、「場所」の3つが自由に選べる。そんな商品はクルマ以外にはほとんど存在しない、と。
その最も特徴が表れているのが、昨今のSUVブームだという。
SUVは「自動車メーカーが作って来た社会的な商品のヒエラルキー」(たとえば「カローラよりはマークXのほうが上で、マークXよりはクラウンのほうが上」というような商品の格付け)に捕われない、所有に対しての自由さ…例えばハリアーやC-HRやRAV-4等は従来の高級(高くお金のある人向け)車とか廉価(安いお金の無い人向け)車等の単純な車格感でなく「クラス・レスの自由な選択感」が中心となっている。
モニタに水野さんが作った資料が映し出され、「いいクルマとは」、「SUVとは」、「スポーツカーとは」と解説されてゆく
もちろんSUVは「オフロード走破向けの車」がスタートであるが、スタイル重視、高級車、スポーツカーなどなど様々なものが登場したのは、ユーザーがクルマに自由を求めた結果であり、今のSUVにはもはや「カテゴリー」という垣根が存在しないのである。
「車型の編集性は従自在になり、今後は従来では想像もしなかったモデルが出てくるだろう」と予言し、まだまだ新しいクルマが提案され、誕生する事を示唆した。
また話題によく上る「セダン離れ」については、使用する人の生活ヒエラルキーが診えてしまうモデルの人気が低迷しているだけで、逆に国内外で所有のステータス的価値が認められた高級・高額なセダンは、しっかりと生き残っていると語り、「単純なセダン離れ」という見方は必ずしも正しくないことを指摘した。
■「いいクルマかどうか」を見分けるためには
全体を通してGT-Rの開発ストーリーなどを交えながら、世界のトップブランドが認められる理由や市場での価値についてなどの解説に加え、モデル末期までブラッシュアップを図り続ける欧州車と異なり、アメリカのコンピューター主役の統計的マーケティング手法によるクルマ作りを日本車が真似たことが、美徳であった日本のモノづくりの底力を揺らがせていることまで言及した。
最後に、クルマを評価する際には、単にハンドリングやブレーキや加速だけではなく、このクルマは、どのようなベネフィットの自由を求めているのか、このクルマを手にしたら、どんな快感や楽しさが手に入れられるのかまで考えて欲しい、と語った。
そして、そのクルマはチームの一人一人のやる気と知恵で作り込んで開発されたものなのか、組織の責任分担やデータなどを基にコンピューター作業主体に作ったものなのか、どんな商品であるのかも掘り下げて考えて欲しいと語り、約2時間の「講義」を終えた。
参加者は120分という長丁場の「講義」を熱心に聞き入り、メモをとり、今後の「クルマの見方」に大きな影響を受けていたようだった。
■水野流クルマを見抜くための基礎ドライビング
なんとも贅沢な、実車を前にした水野さんの講義。クルマの構造を知り尽くしているからこそ、チェック方法はわかりやすく、スムーズ。「なぜこのチェック方法が有効なのか」から解説してくれた
昼食を挟んで、午後からは富士スピードウェイ最大の駐車場「P7」にて、ドライビング体験が実施された。
パイロンを設置し、指定のコースを実際に走って、曲がって、止まって、クルマの特性を体験。これらはクルマの特性を見抜くために必要なだけでなく、運転の上達にも大切なもの。「どんな状況でも、4つのタイヤグリップ力を均等化させる運転技術の習得と、それに基づく評価方法」を中心としたメニューは以下の通りだ。
フルブレーキテストなどを実施。クルマによる挙動の違い、「踏み方」による効き方の違いなどを体験してゆく参加者(Club員)
◎直線でのフルブレーキング
ブレーキ操作を3つのステップに分解し、「最短距離での停止と安全な旋回性」を造り出す。
◎定常旋回
ステアリングの舵角は一定で、進入時のブレーキと旋回中のアクセルコントロールだけで、前後のタイヤ荷重とストロークを均等化しコーナーをトレース走行する。
◎ブレーキングからコーナリング
ブレーキコントロールによるコーナー進入時の車両姿勢作りとスムーズなステアリング操作を実践。
◎パイロンスラローム
4つの各タイヤの荷重変化の仕方の違いによる旋回特性の把握やボディの変形、ブッシュ剛性、ステアリング特性などを分かり易く知る為に、FFとFRを乗り比べて違いを体感。
それぞれのテスト前に、Club員からの質問に答える水野さん
単純なことだが、きちんと繊細な動作をする事がすごく大事で、クルマの荷重移動をコントロールすることで、クルマの作りや特性を見抜くことが出来るという。そのために重要となるのが、ブレーキとアクセルのペダル・コントロールだ。
水野氏によれば、特に大事なブレーキには3つのステップと役割があるという。
「姿勢をつくるためのブレーキ」⇒「止まるためのブレーキ」⇒「自由なステアリング操作を可能とするブレーキ」。
このためには、まずブレーキをコントロールする意識が必要だ。
ブレーキングとなると、一気にドッカン踏みしてしまう人が多いが、これではABSが作動し易くしてしまい、逆に制動距離は延びしてしまうし、車の挙動も不安定にしてしまう。
設計の仕様からブレーキは、前輪より先に後輪が効くので、まずファーストストロークでは後輪ブレーキを効かせ、後ろの姿勢を沈める。それからブレーキフル制動を効かせる。そうすることでリヤが浮かずに、4輪に均等に制動荷重が掛かりABSの作動限界も上がり、安全に最短距離で停車が出来る。
もしここでガツンとブレーキを踏んでしまうと、一気に前傾姿勢となり、後輪が浮き、ABSが作動する。
「ABSを作動させ、クルマを止まらなくしているのは自分自身の運転操作」
と水野氏は指摘する。
コーナーをすばやく安定させて抜けるためには、この一連の動作の最後にブレーキをリリース・コントロールして、自在なハンドリングをするために前輪に少し荷重を載せてあげる。
これらがブレーキングのセオリーだ。
この一連の動作を習得できれば、特に雨や雪での制動や車両姿勢に大きな差がでるという。
このブレーキ操作を可能とするには、教習所で教わった「かかとを床から離し上から下に一気に踏む」のでは無く、微妙にコントロールするアクセルペダルの操作と同様に、カカトをフロアに付けて「手前から奥へ」というイメージでブレーキペダルを踏むことが大切で、これにより微妙な3ステップのペダル操作が可能となる。
クルマを知る、そして運転上達のキモとなるブレーキングの極意が伝授された。
■テストドライブに用意されたのは4台
広大な駐車場を用いたテストドライブでは、FFコンパクトハッチの「スズキ・スイフトスポーツ」と「トヨタ・ヴィッツG’s」、FRセダンの「BMW318i」、FFセダンの「トヨタ・カムリ」を用いて、それぞれクルマの本質を見抜くために必要なドライビングスクールが行われた。
多くの参加者たちは、上記のようなブレーキとアクセルによる車両姿勢コントロールの難しさと奥深さを実感しながらも、各車の違いを肌で感じることができたようだ。
また参加者の運転は、水野氏がチェックし、アドバイスも与えられた。
このほか実車のチェックポイントとして、エンジンマウントやBピラーによるボディ局部剛性チェック法やエアロダイナミクスに影響を与えるデザイン要素の構成などの講義も行われた。
これにより、参加者たちは、これまでの自身の経験とは異なる視点でのクルマをより深く知るヒントを得たようだ。
午後の講義では、贅沢にも水野氏へ自由に質問することができたのも大きな魅力であった。すでに第2弾を熱望する声が聞かれるほど大盛況だった「水野クルマ評価塾」。今後の展開にもぜひ期待して欲しい。
実車チェックも2時間があっという間に経過。ややオーバーしつつ参加者全員で記念撮影。早くも「次回はいつですか」という問い合わせが殺到しました
■参加者の声
◎スギヤマヒロカズさん(Club員)
水野さんのお話は、イノベーターから発せられる実経験の言葉だからこそ、心から感動しました。
そして、午後の止まる、曲がるというシンプルライドがこんなに難しいなんて……苦笑。
本当に素晴らしい企画であり、体験でした。(ベストカーのみなさま大変おつかれさま&ありがとうございます)自分のクルマ人生に深みが生まれました!
またこのようなイベントに参加できたらと思います。
◎筑井啓介さん(Club員)
今回の水野さんのクルマ評価塾、本当に有難うございました。
特に前半のご講演では、水野さんが日産GT-Rをはじめとする様々な自動車やレーシングカーを開発された際の情熱、本質を見極める目、課題解決のための知恵と行動力に本当に圧倒されました。
数年前に日産GT-Rを運転した時、とてつもないパフォーマンスを持っているにもかかわらず、非常に運転しやすく、安心感のある車だったことを覚えていますが、そこには水野さんが話された車作りの理念が如実に表れていることを実感しました。
今回お話された内容は、自動車の開発だけでなく、全ての分野に通じるものだと感じました。特にものづくりを志しているような若い人達にも是非聞いてほしい内容と思いました。
水野さんをはじめイベントを運営頂いたベストカーの方々には心より感謝いたします。
◎ぱららさん(Club員)
●座学
ブレない商品開発のお手本のようなお話で、つい自分の仕事に当てはめてしまい、別の意味でとても勉強になりました。
また、いつもの熱い語り口と商品に対する熱量の高さがこちらにも伝わってきて、自分の仕事に意欲が湧いてきました。
車メーカーの人はオレたちが文化を創るといって培ってきたヒエラルキーからの脱出の形がSUVだという切り口はちょっと新鮮でした。そういう見方があるとは!
●走行チェック
・車の剛性、遮音性能を簡単にチェック出来るなんて! これだけで参加した意味がありました。→もっと知りたいです!
・空力はすごく凄く興味あるのでもっと聞きたいです。ディフューザーの形状とかレーシングカーの事例も交えて。
・ フルブレーキやスラロームは車の違いがわかりやすかったですが、他の二つはイマイチ消化出来ず。
・ブレーキの仕方はフロント荷重になりすぎないようにするための方法だと思いますが、タイヤの面圧をどうコントロールするか、タイムアタックとはちょっと違うようでやや消化不良。
・普通に定常円で試して見たかった。路面が濡れていればさらに面白いかも。
とても有意義な一日でした。ありがとうございました。
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