どんなに安全に気を遣っていても、ドライバーは皆ある日突然「加害者」になり、場合によっては「逮捕」される可能性がある。もし人身事故を起こしてしまったら、ドライバーにはどんな事態が待ち受けているだろう? また、どのようなケースで「逮捕」にまで及ぶのか? ここでは家族が事故にあった経験を持つ筆者が、弁護士への取材をもとに、人身事故を起こしたドライバーに対する「刑事責任」に関して解説したい。
文/鈴木喜生 写真/写真AC
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どんな場合に「逮捕」されるのか?
人身事故の場合、たとえ悪質と判断されなくても、起こした事故が甚大であれば逮捕されることはある 写真AC
人身事故を起こすと、そのドライバーは逮捕される可能性がある。しかし、逮捕されるかどうかの明確なガイドラインは、実は存在しておらず、すべては2つの条件によって判断されている。ひとつは「事故の態様」であり、もうひとつは「事故の結果」だ。
「事故の態様」とは、その事故が「悪質かどうか」を意味する。不注意などであれば逮捕にまで及ぶ可能性は低いが、「速度超過」「無免許運転」「酒酔い運転」「危険運転」「ひき逃げ」「救護義務違反」などの場合には「悪質」と判断され、逮捕される可能性が高まる。
また、「事故の結果」とは、主には被害者の容態だ。被害者が軽傷であれば逮捕されずに「在宅捜査」となるケースが多いが、「重傷」「重体」「意識不明」「死亡」などの場合には、逮捕される可能性は高くなる。
筆者の家族は数年前、自転車で交差点を直進しているときに右折車に跳ねられ救急搬送されたのだが、この時のドライバーは前方の注意を怠ったものの、その他の道交法違反は犯しておらず、すぐに被害者の救護に当たり、自身で救急連絡を入れている。しかし、被害者は頭部を強打し、意識不明の状態で救急搬送された結果、ドライバーはその場で逮捕されたのだ。つまり、「事故の態様」はさほどではないが、「事故の結果」が甚大だったため逮捕されたケースといえる。
ちなみに「加害者」とは、あくまで人身事故を起こしたドライバーに対する呼称であり、その事故が犯罪となる可能性がある場合には「被疑者」と呼ばれ、裁判によってその刑が確定すると「犯罪者」となる。ただし、物損事故の場合にも、「当て逃げ」(警察への報告義務違反)など、極端に悪質な道交法違反を犯していれば「犯罪者」になる可能性はある。
「逮捕」されると、どうなるのか?
人身事故が発生した場合のフローチャート(愛知県警資料を参考に筆者作成)
事故を起こしたドライバーが逮捕されるとき、どんな根拠のもとそれが執行されるのか?
人身事故のような刑事事件によって人が逮捕される時、「嫌疑の相当性」と「逮捕の必要性」という、2つの要件が満たされている必要がある。
「嫌疑の相当性」とは、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(刑事訴訟法第199条)状態のこと。つまり、その人身事故が裁判によって犯罪だと判断される可能性があることを意味している。
また、「逮捕の必要性」とは、被疑者が逃げる、または証拠を隠滅する可能性がある場合のことを指す。逆に言えば、この2つを満たしていない逮捕は「不当な逮捕」といえる。
逮捕されたドライバーは「被疑者」となり、警察署の「留置場」に入れられ、取り調べを受ける。この状態を「身柄捜査」という。警察での取り調べが完了した時点で釈放されることもあるが、それはレアケースとのこと。多くの場合、加害者を逮捕した警察は、この案件を逮捕から48時間以内に検察へ「送致」する。つまり、被疑者の身柄と関係書類は検察に送られ、検察がこの刑事事件に対する権限と責任を持つことになる。
被疑者が送致されると、検察官は24時間以内に以下のいずれかを選択する。
●「勾留請求」
・勾留請求とは、検察が被疑者を勾留する許可を裁判官に求める手続きのこと
・勾留請求が行われると、被疑者はまず裁判所に連れていかれる
・裁判官は「被疑事件」の概要を告げ、同時に被疑者の言い分を聞く
・勾留が決定されると、被疑者は最長10日間にわたり勾留される
・勾留はさらに最長10日間延長される可能性がある
・勾留が決定されると、基本的には検察の「拘置所」に入ることになる
・ただし、多くの場合は警察署の「留置場」に留められることが多い
●「釈放」
・検察へ送致されたとしても、勾留請求されずに釈放される場合もある
・検察が勾留請求しても、裁判官によって却下され、釈放される場合もある
・被疑者が釈放されると、「身柄捜査」から「在宅捜査」に切り替わる
・釈放された被疑者は、日常生活を送りながら起訴、不起訴の判断を待つ
拘置所は満杯状態。そのため裁判所によって「勾留」が決定されてからも警察署の留置所に留められる場合が多い 写真AC
裁判所が被疑者の勾留を決定した場合、本来であれば「拘置所」に勾留されるのだが、拘置所は国内に8箇所しかなく、103箇所あるその支所も満室状態。そのため、多くの場合は警察署の留置場(全国約1100箇所)に引き続き収容されるケースが多いようだ。
すべての犯罪・刑事事件においては、逮捕された被疑者に対して勾留請求が行われるのは9割以上といわれている。しかし、クルマによる人身事故の場合、悪質な違反がなく、被害者の怪我が軽度であれば、勾留請求が行われることは少なく、逮捕から72時間で釈放されるケースが多いようだ。
どんな法律で裁かれるのか?
裁判所で裁かれるのは、起訴された場合だ。死亡事故の場合でも執行猶予が付くことはあるが、悪質と判断されれば実刑に 写真AC
被疑者が「不起訴処分」となれば、その加害者は「刑事責任」を問われることなく、「前科」が付くこともない。あとは民事的な責務に対処し、免許停止・免許取り消しなどの行政処分を受けることになる。
しかし被疑者が「起訴」された場合には、被疑者は「被告人」となり、「自動車運転処罰法」と「道路交通法」によって裁かれることになる。以下がその主な内容だ。
●「自動車運転処罰法」
〇「過失運転致死傷罪」
・前方不注視、信号無視、巻き込みなどによって死傷事故を起こした際の罪
・7年以下の懲役または禁錮もしくは100万円以下の罰金刑
〇「危険運転致死傷罪」
・故意と同等の悪質で危険な運転によって死傷事故を起こした際の罪
・飲酒運転、薬物使用、異常かつ危険な運転、煽り運転など
・被害者が怪我をした場合は、15年以下の懲役刑
・被害者が死亡した場合は、1年以上、20年以下の有期懲役刑
あおり運転などにより人身事故を起こした場合は、危険運転致死傷罪に問われる。ドライブレコーダーの記録は重要な証拠となる 写真AC
●「道路交通法」
〇「危険防止措置義務違反」(ひき逃げ)、「救護義務違反」
10年以下の懲役または100万円以下の罰金
〇「警察への報告義務違反」(当て逃げ)
3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金
〇「酒酔い運転」「酒気帯び運転」(飲酒運転)
酒酔い運転の場合、5年以下の懲役または100万円以下の罰金
酒気帯び運転の場合、3年以下の懲役または50万円以下の罰金
〇「無免許運転」「免許不携帯」
無免許運転の場合、3年以下の懲役または50万円以下の罰金
免許証不携帯の場合、3000円の罰金
〇「速度超過」
6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金
被告人が犯した罪は、こうした法律と罰則から総合的に判断され、刑が確定するのだ。
起訴には2種類あり、検察は裁判所に対して「公判請求」、または「略式請求」を行う。100万円以下の罰金(または科料)に相当する事件の場合には、正式な裁判ではない「略式裁判」が簡易裁判所によって行われる。被告人がそれを納付すれば完了するが、不服がある場合は正式裁判を申し立てることも可能だ。
公判とは、公開された法廷で行われる刑事事件に関する裁判のことで、基本的には裁判官、検察、被告人、その弁護人などが立ち会い、裁判官が証拠による審理を行って判決を下す。被害者が証言を求められることもあるし、被害者自身が出廷できない場合には代理人が立つこともできる。
もし公判で有罪判決が下され、「懲役刑」が付いたとしても、被害者の怪我が軽度、初犯、過失、特に悪質ではない事故の場合には、「執行猶予」がつく可能性が高い。被害者が死亡した場合にも執行猶予が付くことはあるが、悪質な運転によって事故を起こしていればその可能性はほぼなく、刑が確定し次第、交通刑務所などに身柄が移されることになる。
執行猶予が付いたとしても「前科」は付き、それは消えることはない。しかし、執行猶予の間、何事もなく無事に満了すれば、「刑の言い渡し」の効力は失われる。つまりその結果、市区町村が管理する「犯罪人名簿」から名前が削除され、履歴書の賞罰欄に前科を記載することが不要になり、医師や弁護士などの免許や資格が失効する、などの事態を免れるのだ。
軽微であっても人身事故の場合には、社会的なペナルティが課せられることが多いということは肝に銘じて運転してほしい 写真AC
交通事故によって家族が傷つくという経験をした筆者が痛感するのは、人身事故はそれに関わったすべての人々を不幸に陥れるということ。交通事故は被害者だけでなく、加害者とその家族の生活や人生も大きく変えてしまう。それを回避するためには、私たちは決して安全をおろそかにしてはいけない。
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理不尽な逮捕されるよ