2018年からインディカー・シリーズを戦うロバート・ウィケンス(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ=SPM)はカナダのオンタリオ州、トロントから西に100kmほどのゲルフという小さな町の出身だ。
アメリカのフォーミュラBMWで2005年にキャリアをスタートしたウィケンスは、翌年にタイトル獲得し、フォーミュラ・アトランティックを経て2008年にヨーロッパへ渡った。
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そして、2009年にF2でシリーズ2位、2010年にGP3でシリーズ2位とキャリアを重ね、2011年には現F1ドライバーのダニエル・リカルド、ブレンドン・ハートレー、現インディカードライバーのアレクサンダー・ロッシらを相手に5勝を挙げてフォーミュラ・ルノー3.5シリーズでチャンピオンに輝いた。
これらの実績とパフォーマンスが認められ、彼は2011年、F1のマルシャ・バージン・レーシングでテスト&リザーブドライバーを務めた。しかし、F1GP参戦への道は残念ながら開かれなかった。
フォーミュラカーひと筋で来たウィケンスだったが、F1に進めずに行き場を失い、ドイツの自動車メーカーが熾烈な戦いを繰り広げるDTMドイツツーリングカー選手権で走り始めた。こちらでももちろん彼は才能を発揮し、メルセデスベンツのチームで6年間戦い、6勝をマークした。
そして2018年、ウィケンスはインディーカーで再びオープンホイールで戦うチャンスを手に入れる。
A1GPをチームメイトとして戦ったカナダの同胞ジェイムズ・ヒンチクリフが、彼の走るシュミット・ピーターソン・モータースポーツを説得し、ウィケンスはレギュラーシートを与えられることになったのだ。
ふたりのチームオーナー、サム・シュミットとリック・ピーターソンは、資金を持ち込んでくれるドライバーを選ぶべきか、速いドライバーを選び、その活動をサポートしてくれるスポンサーを探すべきか1カ月をかけて検討し、才能があると考えられたウィケンスの起用を決断したという。
ウィケンスは2017年にミカイル・アレシンの代役としてロードアメリカ でのプラクティス2回に出走している。しかし、そこでの彼はほとんど何の印象も残していない。
「良いところを見せようとかは、まったく考えていなかった。あれは自分のマシンじゃなかったから。プッシュし過ぎてクラッシュするなんていうのが最悪のパターン。チームの情報収集に少しでも役立つよう走った」と彼は当時を振り返った。
そして2018年の春、自分のマシンを与えられたウィケンスは快進撃をスタートさせた。
「フルタイムで走れるとわかった今年の春のテストから、僕は本気で走っている」
■予選で際立つウィケンスのパフォーマンス
開幕戦セント・ピーターズバーグ、彼はハーフウエットの路面も味方につけ、いきなりポールポジションを獲得するセンセーショナルな本格デビューを飾った。
レースも堂々とリード。しかし、最後のリスタートでアレクサンダー・ロッシにヒットされ、優勝は逃した。あのレースの後、ウィケンスは「ペースカーの行動が不可解だった。次のラップでスタートするはずじゃなかったのに、突然スタートすることになった」と戸惑いを見せた。インディカーでは頻繁に見られる”フレキシブルな判断”に彼は慣れる必要があるだろう。
「ぶつけられた自分はクラッシュ。ぶつけた相手は3位で表彰台というのは納得がいかない」というコメントには、彼が単なるルーキーではなく、世界の大きな舞台で十分な経験をしてきていることが現れていた。
ウィケンスのパフォーマンスはその後も目覚ましく、第2戦フェニックスはオーバルコースでの初レースとなったが、こちらでも優勝目前まで行っての2位フィニッシュ。
第5戦インディGPで2度目の表彰台となる3位に入り、インディ500も9位とトップ10で走り切った。
難しいと言われるオーバルへの順応もウィケンスは驚異的に早く、フェニックス、インディとはまた違った超高速ハイバンクオーバルのテキサスでもトップを快走した。
「レース中はピットスタンドからできる限りの情報をフィードしてもらっている。周りの状況を理解、把握することで有利に戦えることも多いからだ」と彼は話していた。
速く走りながらも頭はクールに保たれ、情報を収集、解析して自らの中に経験として積み上げていっている。テキサスはクラッシュという結果に終わったが、それは不注意だったエド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)に進路を塞がれてクラッシュしたためだった。何事もなく走り続けていたら、ウィケンスは優勝かそれに近い結果を残せていたはずだ。
デビューシーズン17戦の10戦が終了。これまでのところウィケンスは決勝よりも予選でより目覚ましいスピードを見せている。予選での平均順位はオーバル3戦を含めても6.1位というハイアベレージ。
彼より数字が良いのはウィル・パワー(チーム・ペンスキー)だけだ。ポイントランキングのトップ4=スコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)、ライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)、アレクサンダー・ロッシ、ジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)よりウィケンスの方が予選でのパフォーマンスは安定して高いのだ。
予選でも決勝でも、それぞれのシリーズには特徴がある。例えばインディカーの予選では、経験を積むチャンスの限られるソフトコンパウンドのタイヤ(レッドタイヤ)の使い方が重要で、決勝では燃費セーブをしながら速く走るテクニックが求められるケースが少なくない。
ウィケンスはまだラップタイムを犠牲にすることなく燃費を大きくセーブするノウハウでは十分なものを手にしていないが、その能力もじきにトップレベルに引き上げられるだろう。
それより驚くべきなのは、彼がすでに予選の戦い方をほぼマスターしている点だ。そこにはDTMでのキャリアも役に立っているのだろう。
GTマシンを使って競われているDTMだが、メルセデスベンツ、BMW、アウディが威信をかけて戦うシリーズでは豊富なリソースを使ったマシン開発が行われ、ソフィスティケイトされた最先端ハイテク満載のマシンが使われる。ドライバーに対する技術的な要求度は高く、ウィケンスは6年間でその能力に磨きをかけたのだ。
「インディカーレースは楽しい」とウィケンス。「ヨーロッパに行く前からインディカーは目標にしていたシリーズだし、ヨーロッパで走っている時にも常にチェックしていた。しかし、もうシーズンの半分が終わったなんて信じられないね。まだシーズン序盤の気分だ」
「1レースを終えると、すぐ次のレースの準備に入る。その忙しさに驚いている。DTMはシーズン中のテストもないし、インディカーと比べるとパートタイムの仕事と言えるぐらいだった。この忙しさ、バラエティに富むコース、インディカー参戦を僕は心からエンジョイしている」
様々な経験を積み重ねてインディカーに到達したウィケンス。彼が天賦の才に恵まれているのは間違いなく、インディカーでの初勝利を記録するのはもはや時間の問題だろう。
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