バブル末期の日本で評価された第三世代
メルセデス・ベンツは、創始者ゴットリーブ・ダイムラーとカール・ベンツによって造られ、2人の信念は今日のメルセデス・ベンツ車造りに脈々として受け継がれている。
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ゴットリーブ・ダイムラーの信念として有名なのが「最善か無か」。つまり、工場の門を出るものはいかなるものも、品質と安全においてすべて最高の規準まで進歩したものにするという意味であり、いまもメルセデス・ベンツ車造りにおける哲学の中核となっている。つまり、メルセデス・ベンツに応用される技術はその時代において最高のものであり、お客様にとって利益のある有効なものでなければ採用されない。
筆者が思う「最善か無か」を追求したモデルとして、これまでEクラス(W124)とSクラス(W126)を紹介してきた。今回は3代目のSクラス(W140)にスポットを当ててみたい。
巨大化せざるを得なかったライバルの存在
12年振りのフルモデルチェンジとなった3代目Sクラス。このW140は、メルセデスの「最善か無か」の車造りをした最後のモデルと評価されている。ボディサイズは堂々たる存在感を持った全長5120mm、全幅1880mm、全高1490mm。先代のW126に比べ大型化されたが、各部をフラシュサーフェス化することでCd値0.31を実現。Sクラスの伝統ある先進技術はこのW140でも継承された。では、なぜメルセデスはSクラスをここまで大きくする必要があったのだろうか。
W140の開発は1981年から開始され、先代W126のデビューから10年が経過する1989年末に発表する計画だった。ところが、先にBMWが1987年に大型セダン750iを発表。当時、ドイツ車として戦後初となるV12気筒の5リッターSOHCユニットを搭載したBMW750iは、好調な販売を続けていたW126/Sクラスの最強のライバルとなった。そこでメルセデスは世界最古の自動車メーカーの威信に賭け、大至急にV12気筒エンジンの開発を決定。従来のW140コンセプトもこのライバルを打ち負かす究極の高級セダンへと方針転換させた。
つまり、408psを発揮する5987cc/V12気筒DOHC4バルブというM120ユニットを搭載できるボディ&シャーシが不可欠で、重厚な大型セダンとなったのだ。当初の予定から2年遅れの1990年11月に正式発表。しかし、この年の8月にイラクがクエートに侵攻し、湾岸戦争の勃発による石油危機が世界を襲ったほか、ドイツ本国も東西統一による深刻な経済不況に悩まされる事になった。その影響でW140は1998年に生産終了となり、スリム化された4代目のSクラス/W220(1998~2005年)へとバトンタッチされた。
電動調整式ステアリングなど高級車らしい装備
しかし、ご承知の通り、メルセデスは合理的な理由なく車体寸法の拡大は行なわないとしている。当時、メルセデスの発表ではドイツにおいて過去15年間に平均身長が5cm伸びており(男性)、新型Sクラスが21世紀まで使われることを考えると室内の寸法を拡大する必要があり、これに伴って車体が拡大されたとも言われている(通常151cmから184cmの範囲を考慮しているがW140では拡大)。さらに、衝突時の安全性を高めようとすれば、車体は当然大型になるわけだ。
さて、ボディのサイズアップによって気になる空気抵抗値は先代モデルのW126では0.36だったが、W140では0.31を実現。最も大きく貢献したものと言えば、メルセデス初のフラッシュサーフェイス化が図られた点である。サイドのフラッシュサーフェイス化を実現させたのは、W140の特徴のひとつ2重の窓ガラスが採用された為と言える。2重の窓ガラスは3mm厚のガラス2枚の間に乾燥した空気を収めたもの。熱電動率は従来の3分の1となり、エアコンは効率的になって曇り防止の効果も高まった。
そしてコクピットに座ると、ステアリングの前に見慣れた配置のメーターパネルがある。過去にメルセデスを運転した人には、たとえこの車が初めてであっても、乗り込んだ瞬間から違和感なくドライブできるのがメルセデスの伝統。新しい画期的な点は従来のステリングが前後(テレスコピック)のみだったが、上下(チルト)もテレスコピックの方向も電動で動かせるようになった。メルセデスは不思議な事にシートの前後調節と高さ調節を自分に合った位置にすると、ステアリングがチルト調整できなくても、そのポジションは違和感がない。もちろん、ステアリング調整機構があったほうが、多くの体型の人にフットさせることが可能。副次的なメリットとして、これを跳ね上げることによってドライバーの乗降性を高めることにも繋がった。
また、トランクを開けるボタンを押すと、手を掛ける「ツバ」が出てくる。これは意外と便利で手は汚れない上に、トランクリッドの開閉がラクになったことも付け加えておきたい。
メルセデス車造りの基礎になった新機構
W140の進化は走りの向上にも繋がった。マルチリンク式リアサスペンション(オプションでセルフレベリング・サスペンションやアダプティブ・ダンピング・システム、エアサスペンションも用意)、ABS、SRSエアバッグの標準装備など、W201やW124で培った技術が投入されたシャーシには、408psを安全に受け止めるためにトラクション・コントロール(ARS)を標準装備。さらに、エンジンからエアコンユニットまで、様々な機能を7基のECUを使って一括で管理、コントロールするデータパス・システム(CAN)が初めて投入された。
このほか、先述の乾燥空気を密閉した2重窓ガラス、オートクロージャーの備わるドア、ノンフロンのオートエアコン、ランバーサポート付きの12ウェイ・パワーシート(オプション)を採用。特にバックギアに入れるとリアから自動で伸びるポールは、ボディが大きいぶん使い勝手を良くした。
このように、究極の高級車を造るために考えうる様々なデバイスが惜しげもなく詰め込まれたのだ。さらに7リッターもの容量を持つ触媒、リサイクル可能なプラスチック素材の採用等環境問題に取り組んでいるのも先進的だ。
2トンを超える車重など否定的な意見も多かったのも事実だが、ボディを大きくして巨大なV12気筒を搭載したうえ、これだけの新機構を装備して300kg程度の重量増に抑えたのは、メルセデス技術陣による努力の賜物。ここで、採用された様々な技術が、後のメルセデスの車造りの基礎になっていることを考えれば、W140が果たした意味が非常に大きいと言えるだろう。
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