2020年のピレリスーパー耐久シリーズには、各クラスに新車が登場しており、9月5~6日に決勝レースが行われた第1戦『NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース』では、そのうちの3車種がデビューウインを飾った。ST-1クラスのトヨタGRスープラ、ST-2のトヨタGRヤリス、そしてST-3でデビューした埼玉トヨペットGreen Braveのトヨタ・クラウンRSだ。ST-1、ST-2を制したROOKIE RACINGにとっては、最高の開幕戦になったと言える。
■『サーキットから市販車へ』レーシングドライバーが仕上げたGRヤリス
GRスープラは基本はGT4車両で、こちらも注目があったが、さらに注目を集めたのが井口卓人/佐々木雅弘/勝田範彦/モリゾウ/石浦宏明という5名が乗り込んだGRヤリスだ。モリゾウが乗り込んだということはもちろん、市販車の発売日当日にポールポジション、翌日に初勝利という結果を残した。
富士24時間:GRヤリスがデビューウイン!「すべてのスタッフに感謝」モリゾウも喜び
「このクルマを開発するにあたり、関わったすべてのスタッフ、そして生産に関わったスタッフたちの努力があった。そしてこうしてレースの場にもってくることができ、さらに発売日にこうしてデビューウインを飾ることができました。やろうとしてもできないことですから(笑)。関わったすべてのスタッフに、ご苦労様とありがとうを伝えたいです」とモリゾウも勝利を喜んだ。
市販車でも多くの注目を集めているGRヤリスは、『BORN FROM WRC』と題されているとおり、WRC世界ラリー選手権に参戦するドライバーたちのフィードバックを得ているが、日本国内でも大嶋和也や、今回富士24時間でもドライブした石浦が開発を担ってきたクルマだ。
「このGRヤリスは、モリゾウさんの『サーキットで開発をして、モータースポーツの現場から市販車に下ろして来るように』という思いから作られたクルマです。開発も、今まででは考えられないような初期のプロトタイプから僕たちが乗らせてもらって、途中からレーシングチームのエンジニアも加入して、データロガーの解析も一緒にやって、開発エンジニアの人たちとのウェブ会議にも僕たちが参加し、意見を戦わせながら、まったく新しい作り方をしました」と石浦は語る。
「もてぎ、鈴鹿、富士、筑波、それからテストコースをたくさん、ニュルブルクリンクと、数年間とんでもない日数を走りまくって作ってきたんです」
こうしてできあがったGRヤリスは、最上級グレードにあたる『RZ“High performance”』では1.6リッター3気筒ターボを積み、トヨタとしては「ST205セリカGT-FOUR以来」という四駆システム『GR-FOUR』で駆動する。この3気筒という選択も「1気筒分の軽さ、それに排気干渉の面で3気筒の方が回しやすいんです。タービンの効率がいい。3気筒で、音はどうなんだという人もいるかもしれませんが、速さに繋がる方を優先して選んでいるんです(石浦)」とこだわったパッケージになった。
「272馬力ですが、車重が1280kgという時点で、ライバルになるようなクルマたちの車重に換算すると、350馬力くらいはある。『このクルマ、272馬力か』と思って乗られると、加速した瞬間に『えっ!?』と驚かれると思います」
もちろん、サーキットでのパフォーマンス向上にむけて石浦たちが貢献できる部分は大きいが、さらにセッティングを変えてコースを走った後、すぐに一般路に入ってその感触を確かめ、街乗りのフィーリングも上げるようなテストを徹底的に繰り返してきたという。
今回の富士24時間の舞台となった富士スピードウェイでもそれは同様で、「周回路やAパドックをグルグル回りました」という。また「サーキットでインフォメーションを感じやすいパワステのチューニングを作ったのですが、それが一般道でどうなるかを試したら、逆に楽しくて。ゆっくり走っていても何か楽しいぞ、と感じられるようなところを作っています」という乗り味に加え、サウンドにもこだわっているという。
こうしたレーシングドライバーが開発に携わるのは、ヨーロッパのスポーツカーブランド等ではある事例かもしれないが、国産メーカーの、しかもトヨタというメーカーではやはり異例なことだろう。
■リヤを安定させることでジェントルマンドライバーも乗りやすく
そんなGRヤリスだが、スーパー耐久仕様にするにあたり、エンジンは市販車のままだが、ミッションの強化、ロールケージ装着、軽量化、スーパー耐久用のピレリのスリック装着など、レースに向けた装備を施しているものの、かなり量産車に近い状態で、2リッターターボのスバルWRX STIやミツビシ・ランサーエボリューションXを相手に快速を披露した。そのポイントはやはり軽さだ。
「ライバルと比べたときには、軽いのでコーナリングが圧倒的に速いです。ライバルは2リッターで排気量に余裕があるので、あちらの方がストレートが15km/hほど速い。でもラップタイムが同様と考えると、それだけコーナーが速いということなんです」と石浦は言う。
また、レーシングカーとしてのGRヤリスの開発にも携わった井口卓人は、2019年までWRX STIをドライブしていた経験をもつ。「市販車の延長線上にあるイメージ」とGRヤリスを評しつつ、「車重とホイールベースが短いですが、乗っていて腰高な感じは全然しないんです。小さいコーナーも小回りが利きます」とGRヤリスについて語る。
「昨年までWRXに乗っていましたが、ホイールベースも長く多少車重も重いクルマで、コーナーに対してはどちらかというと、四駆特有のアンダーステアが強いイメージがありました。しかしGRヤリスは、旋回についてはすごくいいフィーリングを得ていて、セッティングやコンディションによってはアンダーステアも出ますが、コーナリング性能が上がっている印象がすごくありますね。そこは稼げている部分はあるのではないでしょうか」
市販車の開発と並行して進められたGRヤリスのスーパー耐久仕様は、さまざまなコースでテストを重ねてきたが、“1号機”ではリヤの安定感を欠くシーンがあったものの、今回使用された“2号機”ではセッティングに加えリヤウイングを装着することで、「リヤのドッシリ感を出してから、曲がる方向を出そうとやっています(井口)」という。ちなみに石浦によれば、リヤウイングは「ここで開発したものが今後パーツとして市販のラインアップにも入っていくようなもの」だとか。
さらに、このリヤの安定感の増加が、「ジェントルマンドライバー代表として」ドライブしたモリゾウの好走にも繋がった。
「モリゾウさんも乗りやすそうで、タイムの面でも近いところでやっています。2秒落ちくらいの感じで安定して走れるようになっていますし、聞くとモリゾウさんのスタイルにも合っているし、リヤのドッシリ感があるので、安心して走れるようになっていると思います」と井口は解説する。
また石浦も「アクセルオンのジェントルマンドライバーに対するイージーさがある。速く踏みすぎても何も起きない。イン巻きとかしないです。ジェントルマンにとっては、うまく向きさえ変えれば、スピンのリスクがないんです。だからすごく乗りやすいと思います」と説明した。
軽さと、どんなドライバーでも安心して走れる安定感を武器に富士24時間を制したGRヤリス。「ストレートの長い富士でST-2のライバルに対し、予選ではいろいろセーブしている感じはありますが、富士でいいところに来たので、小回りが利く岡山など、こちらに有利な部分があるんじゃないかと思っています」と井口はその強みを語る。
ROOKIE RACINGはプライベーターという立ち位置だが、今回もモリゾウから市販車へフィードバックするために、あえて「壊せ」という指示が飛んでいおり、これに対応してトヨタの技術者たちもサーキットに控えていた。しかし結果的には壊れることなく、GRヤリスの発売日から3日後にいきなりクラス優勝。ポテンシャルの高さをみせつけたかたちだ。
そんなGRヤリスの市販車の高い性能、そしてレーシングカーとしての実力の高さは賞賛するしかないが、今後トヨタがレーシングカーとしてのGRヤリスを、サーキットでどう活用するかも気になるところだ。レース仕様を販売するのか、他チームの車両の登場を待つのか……? GRヤリスの圧倒的なパフォーマンスは、これまでスバルとミツビシの2リッターターボ車を中心に、プライベーターがしのぎを削ってきたST-2クラスの“ゲームチェンジャー”となる可能性もあるだろう。
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