同日に2回もスピード違反で捕まった王女
英国王室のアン王女も、ミドルブリッジ・シミター GTEを1台注文。しかし希望の納品日までに準備は間に合わず、先行して生産されたプロトタイプが貸し出された。マスコミの注目度も高かった。
【画像】王女ご愛用スポーツワゴン ミドルブリッジ・シミターGTE 同時期のクーペ/スポーツワゴン 全113枚
王女用に作られたGTEは、ミドルブリッジ・シミターが製造した6台目のスポーツワゴン。シャシー番号は5で、1988年12月にラインオフしている。1989年に届けられ、同日に2回もスピード違反で捕まるという、負の偉業もそのクルマで残している。
ボディカラーは、パールサファイア・グリーン。インテリアはブラック・ベロアで仕立てられ、オプションも満載だった。メーターパネルの右側には、スイッチで操作するクルーズコントロールも実装。ヘッドライト・ワイパーや自動車電話も備わった。
彼女は最新のGTEを気に入り、積極的に運転した。開発を率いた中内康児氏の期待以上に、活用されたのではないかと思う。
ところが、1990年11月にGTEの生産は終了してしまう。受注は当初から芳しくなく、生産目標は1週間に4台だったが、1・2台で低迷。事業は行き詰まっていた。
加えて、1990年にF1チームのブラバムを買収するが、参戦に伴い資金は枯渇。ル・マンを優勝したクラシックレーサー、ベントレー・オールド・ナンバー1の購入失敗が、とどめを刺した。
資金が必要になった創業者の中内とデニス・ナーシー氏は、ミドルブリッジ・シミター社を売却。大量の在庫車両だけでなく、リライアントから取得した権利も手放された。
オーナーズクラブのメンバーでもあった
アン王女は、それまで3年毎にシミター GTEを買い替えていたが、8台目は35年以上も大切にした。走行距離は18万3000km以上に達している。買い替えが不可能になったこともあるが、彼女にとって最も長く所有したクルマになった。
1420 Hのナンバープレートは、当初から。彼女は、20歳の誕生日に第14/20王立軽騎兵連隊の連隊長へ任命されており、それにちなんだ番号だ。
ボンネット中央に載るマスコットは、跳ね馬と女性騎手をカタチどったもの。1976年のモントリオール・オリンピックへアン王女が出場したことを記念したもので、それ以降の歴代のシミター GTEにも与えられてきた。
アン王女は、オーナーズクラブのメンバーでもあった。自身の別荘、ガットクーム・パーク・レジデンスでは、2014年にミドルブリッジ・シミター社の25周年記念イベントが開かれている。
彼女がこのスポーツワゴンを手放したのは、72歳になった2023年。既に乗る機会は減っていた。安全性を理由に任意保険の契約が難しくなり、王室のセキュリティチームも運転には難色を示していた。
由緒正しいクルマの、2番目のオーナーになったのはシミター・オーナーズクラブのメンバー。可能な限り、オリジナルのまま公開することを条件に。
塗装は補修され、徹底的な整備を受けたが、状態は悪くなかった。年式を考えると走行距離も長くなく、王女が乗っていたまま見事に保たれている。現在は自動車博物館、グレート・ブリティッシュカー・ジャーニーに展示されている。
450か所以上の改良 走り出すと魅力が増す
ミドルブリッジ・シミターが製造したGTEは、リライアント時代から450か所以上の改良が施されている。ボディや内装の製造品質は、明らかに改善されている。凹凸の目立つアスファルトではリアハッチがきしむものの、耳障りなノイズはない。
パワーアシストは備わるが、ステアリングホイールは重い。駐車時に使う筋力を、僅かに減らしている程度だ。上級グランドツアラーが目指されていても、ビニールレザー張りのダッシュボードと相まって、水準には届いていない。
シートとアームレストに張られた、少し時代遅れだったベロア生地が高級さを感じる部分。英国王室が、豪華な車内だと呼ぶことはないだろう。レザーはオプションで用意されていたが。
シートは四角く、これもビニールレザー張り。クルーズコントロールは備わるものの、同時期のフォードの量産車と比べて、特別な印象は得にくい。
とはいえ、走り始めると魅力は増していく。重いステアリングは、高速道路での安定性へつながる。セルフセンタリング性が強く、真っ直ぐ突き進める。手のひらへ、不快なキックバックが伝わってくることもない。
ホイールベースが長く、ギア比はロング。高速巡航が得意分野といえ、同時期のロータス・エクセルやアルファ・ロメオGTV6に勝る。GTEのオーナーの多くは、高速道路での安楽さを特徴に挙げるが、筆者も理解できる。
V6エンジンはトルクが太く、変速は少なくて済む。スポーティな印象は薄いものの、ブレーキやクラッチペダルも扱いやすい。
王女のニーズを満たしたスポーツワゴン
グレートブリテン島の隅々まで、短時間に向かう用事の多かったアン王女には、適した能力をGTEは備えていた。主張が控えめな見た目も好ましく、彼女へ望ましいグランドツアラーだったとはいえる。
他方、注文を集められなかった理由もわかる。新車時の英国価格は2万4663ポンドで、エクセルやルノー・アルピーヌGTAなどより高価だった。
日本にも、優れたグランドツアラーやスポーツクーペが存在していた。トヨタ・スープラや日産フェアレディZ(300ZX)が、有能な選択肢として支持を集めていた。英国価格は近くても、遥かに速かった。
実用性では勝っていたが、同時期のクーペもリアハッチとリアシートを備えていた。BMW 325i ツーリングなど、有能なステーションワゴンも登場していた。英国製であることに強いこだわりがなければ、選択肢の上位にGTEが入ることはなかっただろう。
1980年代に妥当なアップデートを施さなかったリライアントだが、それを買い取ったミドルブリッジ・シミターは素晴らしい仕事を施した。究極のGTEに仕上がっていることは間違いない。王女のニーズを満たしていたことも。
同時に、生産終了を決めたリライアントの判断は正しかったともいえる。結果として、ミドルブリッジ・シミターは79台しか作っていない。
伝統的な英国製シューティングブレークの、最後を飾ったGTE。自ら創造したスポーツワゴン市場は、自らの手で幕が閉じられた。唯一といえる歴史を持つモデルではないだろうか。
協力:グレート・ブリティッシュカー・ジャーニー、ミドルブリッジ・エンスージアスト・シミター・セット、ミック・ゴーラン氏
ミドルブリッジ・シミター GTE(1989~1990年/英国仕様)のスペック
英国価格:2万4663 ポンド(新車時)/2万ポンド(約400万円/現在)以下
生産数:79台
全長:4432mm
全幅:1722mm
全高:1321mm
最高速度:228km/h
0-97km/h加速:7.5秒
燃費:10.6km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:1235kg
パワートレイン:V型6気筒2935cc 自然吸気OHV
使用燃料:ガソリン
最高出力:150ps/5700rpm
最大トルク:23.7kg-m/3000rpm
トランスミッション:5速マニュアル(後輪駆動)
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みんなのコメント
ディック・フランシスミステリーで主人公が乗ってた奴
アコードエアロデッキって、これのパクリとは言わないが、当時BLと提携して英国出張したホンダ社員がアイディア拝借したと思う