F-1グランプリでのレジェンド、イギリス人のスターリング・モスが2020年4月12日に逝去した。享年90歳。スターリング・モスは現在のような極度にビジネス化したF1グランプリとはまったく雰囲気の違う戦後のF-1グランプリをはじめ、様々なレースで活躍した最後のドライバーだ。
幅広いレース参戦
スターリング・モスの両親は、イギリスのアマチュアレーサーであり、父親は歯科医で、母親もまたアマチュアレーサーで、その夫婦の間に1929年、誕生している。モスは9歳の頃から自宅の周りをクルマで乗り回していたという逸話もある。
戦後、1947年から各種のレースに出場し始め、1948年にはフォーミュラ3で優勝を果たし、その後も様々なカテゴリーのレースで活躍しイギリスで注目を浴び始めた。
そして1951年のF-1スイス・グランプリにイギリスのレース・コンストラクターのハーシャム&ウォルトン・モータースのマシン乗ってF-1グランプリにデビューを果たした。その後はイギリスの様々なチームのF-1マシンに乗ったが、いずれのマシンも戦闘力は低く成績はぱっとしなかった。その一方で、1952年にサンビームに乗ってモンテカルロ・ラリーで2位に入賞するなど、現代のF-1ドライバーとは違って幅広いカテゴリーで活躍している。
その後、モスは自費で購入したマセラティ250FでF-1グランプリに出場して才能を見せた。その結果、1954年にマセラティ・ワークスチームに加わることができた。しかし翌年には最強のチーム、メルセデス・グランプリ・チームに加わり、エマニュエル・ファンジオとともにグランプリ・レースに出場し、イギリス・グランプリでは優勝するなど活躍してシリーズ2位の成績を残している。
またF-1だけではなく、世界スポーツカー選手権でもメルセデス・ベンツ 300SLRに乗り、マニファクチャラーズ・チャンピオンを獲得。さらに公道レースのミッレミリアにもナビゲーターとして出場し優勝している。
クラッシュの後遺症
1956年からは再びマセラティ・チームに復帰し、シリーズ2位となっている。そして1958年にはクーパー・クライマックス・チームのミッドシップ・マシンに乗り、アルゼンチン・グランプリで優勝し、ミッドシップのF-1マシンとして初の優勝者になった記録を残している。ただ、この年には最多の4度回優勝を果たしたにもかかわらず、シリーズ・ポイントは2位に終わっている。
その後は、BRP、ロータス・チームを渡り歩くが、1962年にクラッシュ事故を起こし、頭部に重傷を負い昏睡状態に。その後は意識が回復したものの後遺症が残ったといわれている。モスは、その後レースに復帰しようとするが、思い通りに走ることができなかったため、32歳と早すぎる年齢ながらF-1レースからの引退を決意した。しかし、その後はツーリングカーレース、ヒストリックカーレースなどには出場しており、レースに対する情熱は途切れることはなかった。
そして2000年にモータースポーツの発展に貢献したとしてイギリスで「ナイト」の称号が与えられ、スターリング・モス卿と呼ばれることになった。 1度もF-1グランプリでシリーズ・チャンピオンの座につくことはできなかったが、イギリスでは英雄であり、「スターリング・モス・イングランド」と宛名を書くだけで手紙が届いたという。
また50年代から60年代は、イギリスの警官がスピード違反のクルマを止めた際に「スターリング・モスにでもなったつもりか」というのが常套句になったという。また映画「007カジノロワイヤル」にもゲスト出演をするなど、まさに国民的な人気者であり、ヒーローなのだ。
晩年、マセラティの100周年を祝うイベントにモスは参加した。ミュージアムに展示されていたマセラティの名車の数々を目にしたモスは、一つ一つのモデルを事細かに説明した。「250Fは高速マシンとして、すべての動作においてドライバーを満足させたモデルだった。300Sは素晴らしいバランスと並はずれた運転のしやすさを備えた1台。そしてこのふたつの特長を併せ持ったのが、ティポ61バードケージでした」と語っていた。
当時のF-1グランプリのサーキットは、ガードレールも少なく、エスケープゾーンも極めて狭く、非常にリスキーなコースだったが、そうしたサーキットでモスは巧みにマシンを操ることができた。またF1だけではなくスポーツカー耐久レース、公道レース、ローカルなツーリングカーレースにも積極的に参加するなど、最後の、本物のレース・エンスージアストだったということができるだろう。
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