その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第23回はトヨタの9番目の国内向けSUVとして登場したカローラクロスを予定していましたが、カローラシリーズ全体のまとめ役であるトヨタ自動車株式会社 Toyota Compact Car Company TC製品企画 ZE チーフエンジニアの上田 泰史(うえだ・やすし)さんから興味深いお話を伺うことができました。そこで今回はまずカローラシリーズの開発秘話をお届けします。カローラクロスについては次回をお楽しみに。
開発責任者の“Z”は“雑用係のZ”?
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島崎:お忙しい中、お時間を頂戴いたしまして、どうもありがとうございます。
上田チーフエンジニア(以下CE):トヨタ自動車でカローラシリーズを担当しております上田と申します。よろしくお願いします。
広報・山岡さん:カローラクロス、事前にご試乗いただきありがとうございます。オンラインで硬くなりがちですが……ワン!(ここで何故か犬が吠える。全員・笑い)……親しみやすいカローラですので、親しみやすい形でお話しをさせていただければと思っています(笑)。
島崎:どうやら山岡さんのお声がiMacのスピーカーから聞こえて、来客のインターフォンと勘違いしたらしく、別の部屋にいた我が家の飼い犬が乱入しました、大変失礼いたしました。上田さんには貴重なお時間ですが、ぜひ、今までお話しになっていないことも、どしどしとお聞かせください。
上田CE:我々自身ではどれがトリビアなのかは、なかなかわからないので(ワン!=再び犬が吠える)根掘り葉掘り聞いてください。
島崎:ありがとうございます。早速ですが、上田さんは直近ではカローラをご担当されましたが、それ以前に欧州にもいらしたんですね?
上田CE:少しだけ自己紹介しますと、出身は駆動実験でCVT、MT、ハイブリッドのギアトレイン系の仕事をした後に、製品企画に移動し、イスト、欧州ヤリスを担当した縁で2011年から2014年までトヨタ・モーター・ヨーロッパに駐在し、オーリス、ヤリス、アベンシスなどをやりました。そのあと2015年1月に日本に戻ってからカローラの担当の内示が下り、現行のカローラスポーツ、カローラツーリングの開発の初期から携わって今に至っています。
島崎:カローラやクラウンのご担当といえば、他の車種にも増して、エース級のチーフエンジニアでいらっしゃると理解していますが……。
上田CE:いえいえ、弊社で製品企画のことを“Z”と呼びますが、これにはいろいろな思いがこもっており、オフィシャルにはアルファベットの最後ということで最後にシッカリ控える役目だとか、海軍の“Z旗”になぞらえてこの旗の下にみんな集まれ、と。
島崎:なるほど。
上田CE:それから、これはZの先輩に言われてすごく納得したのですが、何でもやらないといけない“雑用係のZ”だ、と。僕の中でも一番しっくりきているのですけど……。
島崎:あはは。確かにすべての責任を負う立場ですものね。
上田CE:なかなか偉そうなことはいえませんが、こうしたインタビューで開発メンバーの思いをお伝えする立場でもありますし、生産、販売も含めて、カローラをしっかり見るという、そういう意識を持っています。
初代カローラの主査も“80点+α”と言っていた
島崎:カローラは今のカローラからでしたか?もっと前から関わっていらした気もしますが。
上田CE:直接関わったのは今の12代目からです。
島崎:初代が登場した時に僕は小学校低学年で、以降リアルタイムで見てきましたが、一般的には80点主義の象徴のように言われてきましたけれど、一方で時代の移り変わりでカローラの見え方、位置づけが変わってきたようにも思います。現行カローラは歴代モデルの中でも、平たく言うとイカした存在じゃないかな、という気がしています。
上田CE:あ、ありがとうございます。
島崎:カローラの見え方が変わったように思うのは、世の中の変化なのか、カローラの作られ方が変わったのか、いったいどういうことなのだろう?と、最近、ちょっと気になっています。
上田CE:現行の12代目でカローラというブランドが変わったという思いはありません。カローラに込めている思いをお話ししますと、初代カローラの主査だった長谷川も“80点+α”と言っていました。当時の80点という思いの裏には、お客様に迷惑をかけてはいけない、不満を抱かせてはいけない……というのがあった。当時はまだクルマが先進的で新しく、使い方も模索している中で、壊れる、走らなくなる、不便だといったことをお客様に味わわせてはいけない……そんな思いが強かったはず。けれど今は、壊れることは異常、走っていて当たり前、マルチメディアも付いていて当たり前、燃費もよくて当たり前。そうした中で、何かひとつキラッと光るものを持たせないといけない。それが+αの部分であり、歴代カローラで常に確保してきました。半歩先、一歩先の、その時代その時代のお客様に求められているのは何なんだろう?と常に考えるようにしています。
カッコいいデザインと気持ちのいい走りを+αに
島崎:半歩先、一歩先の+αの部分、ですか。
上田CE:カローラの企画書の冒頭には常に“今回のカローラの+αは何であるべきか”と掲げて開発を進めてきました。そういう意味でカローラのブランドの軸は変わっていないと僕は考えています。ただ時代ごとに求められている進化、変化は変わっていて、変化、進化はカローラのもうひとつのキーワード。ひと昔ふた昔前のカローラを見るとベースが出来ているので安心感もある。僕らはそれをどう変化、進化させていくか、考えながらやってきています。
島崎:初代のカローラでは、4段フロアシフト、丸型メーター、セパレートシートなどスポーティな要素を+αとして付加したというお話でしたよね。今、改めて、当時だったらそうだよなぁ、と思います。
上田CE:次のカローラをどうするかという議論をした時に、カローラというとやはり年代の高いお客様、叔父さん、お父さん、お爺ちゃんが乗ってたよねというイメージがあったと思いますが、そこの意識を大きく変えたいというのがあった。ではそのためにどうするかという部分を+αにもってこようか。そこで、わかりやすくカッコいいデザインと気持ちのいい走りを+αにしよう、と。とてもベタな言葉ですが……。
島崎:いえ、クルマのユーザーの根源的な願望だと思います。
上田CE:まさにTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ:トヨタの新しいクルマ作りの設計思想)の考え方で、GA-Cプラットフォームを今のカローラで展開していく、すごくいいタイミングでもあったので、このプラットフォームを使い切って12代目カローラを生まれ変わらせたいと思いました。
どうしていっぱい色の違う黒を使うのか、と言われ……
島崎:グローバルで見ればカローラはこれまでの仕向け地ごとのデザイン、仕様、ボディサイズの作り分けとか、さまざまでしたが、それらの中でも最新の日本のカローラは、かなり思い切った感が伝わってきました。カッコよさはアルファロメオ156級というか。
上田CE:あはは、お褒めのお言葉をありがとうございます。セダンはしっかりとしたシルエットとパッケージを持った王道のセダンだとは思いますが、きっと初代がそうだったように、見てワクワクする感覚を持っていただきたかったので、島崎さんの今のご感想は企画、開発の担当にとってすごく嬉しいです。
島崎:先代も運転しやすく、ベーシックないいセダンでしたよね。それと現行カローラは、内装のクオリティもまた一段と上がりましたよね。まずシンプルだったひと頃とは訳が違いますね。
上田CE:“感性品質”と呼んでこだわっています。ヨーロッパにいた時に肌で感じましたが、あちらの人はモノの見方に長けています。色、形、文字の太さなど、それらがいかに統一感があるか、とか。以前にも別のクルマで、僕の目には同じ黒に見えたのですが、あるヨーロッパのスタッフが「上田CE、トヨタのクルマはどうしてこんなにいっぱい色の違う黒を使うのですか?」と。その人からすると、青っぽい黒、赤っぽい黒、黄色っぽい黒といっぱいあり、そのことが上質感や質感を損なうんだと教えられました。では、そういう上質感のある内装を作るにはどうしたらいいのかを、担当するチームからのフィードバックをもとに今回の12代目カローラに織り込んだ。グローバルでもちょうどそういう視点で取り組んでいたこともあり、単にシンプルというわけでなく、いかに質感を感じてもらえるか。色や機能的に説明できる違和感のない部品同士のアワセや形状、見切り線の位置、見せ方など、ひとつひとつこだわってきました。
島崎:いいですね、とことんこだわっていただきたいですね。
全体の質感で伝わることがある
上田CE:カローラだけでなく、TNGAをやり始めた頃から、そういう考え方がさまざまなプロジェクトに広がってきて、他のクルマにも繋がっています。
島崎:重箱の隅をつつくとよく言われる島崎にもササるお話です。
上田CE:いや、決して重箱の隅じゃなくて、人がどう感じるかということでは、全体の質感で伝わることがあるのだということは実感しますね。
島崎:けれどたくさんのパーツをコントロールするのは大変ですよね、素材も違えば、サプライヤーさんもいろいろでしょうし。
上田CE:そうですね。カローラ系では正直なところお高い材料は使いにくいですし、仕入れ先様も違っていたりする。そこで、同じ黒でもどういう色の要素が混じっているかを定量化して「この中で作ってください」と発注するようにしました。
島崎:定量化、かなり精度があがりそうですね。
上田CE:もちろん数字だけで同じ色だと思っても、最終的に部品を合わせてみるとまだ違う場合がある。ドアトリムとセンターコンソールでは光の当たり方が違ったりしますし、シボの深さでも見え方が違ってくる。実際にクルマに取り付けてみないとわからないのですが、ここはやりだしたらキリがないのも事実です。
島崎:そうですか。これからはキレイに色の揃っている内装をお見かけしたら、「これはどういう色コードでどんな微調整がされたのですか?」と伺うようにします。
(写真:島崎七生人、トヨタ自動車)
※記事の内容は2021年11月時点の情報で制作しています。
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