マルキオンネ時代の終焉
text:Shinichi Ekko(越湖信一)
photo:hinichi Ekko(越湖信一)、 Ferrari S.p.A.、Italo.2023年8月、アンナ・フェンディ嬢(フェンディ創始者)主宰のパーティで、前回のフィオラーノに姿を現して以来一年ぶりにモンテゼーモロとの邂逅があった。セレブリティ達の集まるパーティの中でも、相変わらず彼のオーラは健在だ。
「あの、フェラーリの」、「モンテゼーモロだね」と彼をめざとく見つけた人々が囁いている。連絡先の会話から彼が手渡してくれたのはイタリアの新興高速鉄道イタロ(Italo.)の会長たる名刺であった。当然ながらもう跳ね馬の名刺ではない。そう、モンテゼーモロがマラネッロを去って10年の歳月が過ぎていたのだ。
一方でフェラーリのIPOを成功させ、フェラーリ会長の座におさまったセルジオ・マルキオンネは、FCAの舵取りにとんでもなく多忙な毎日を過ごしたと言われている。
マセラティのトリノ・グルリアスコ工場の設立、アルファ・ロメオとマセラティをグループ化、そして、その両ブランドのためモデナに開発拠点の構築…。マルキオンネはそのIPOによって株式市場で獲得した資金を、アニエッリ家のためにこれらへと費やした。
しかし、一体何が起こるか世の中わからない。24時間眠らない男と呼ばれたマルキオンネは、2018年7月25日に病魔に襲われ鬼籍へ入ってしまった。フェラーリ会長職はジョン・エルカーンが引き継ぐこととなった。
フェラーリの新たな戦略
一方、フェラーリの業績は順調そのものだ。コロナ禍においても堅調な数字を記録し、2023年の全世界の年間生産台数は1万3663台と史上最高を記録した。さらに純利益は12億5,700万ユーロと、21世紀初旬と比較するなら10倍ほどという堅調ぶりだ。
2014年当時、モンテゼーモロが適正台数と掲げていた年間生産台数は7000台あまりであるから、もはや現在の台数はその2倍ほどということになる。モンテゼーモロが我が身を賭けて主張した希少性への拘りは無意味なことだったのだろうか?
しかし、フェラーリは今も変わらず、どのブランドにもまして「希少性」に拘り続けているのも事実だ。電動化など新しい環境に対応するため、生き残りを賭けた大きな開発投資が必要となってきたのは、モンテゼーモロ時代と現在の大きな変化だ。今までのような地方の中小企業レベルでは、少量生産メーカーといえども存在が難しくなっていた。
そこで、彼らが考えたのはモデルレンジを広げて販売台数を稼ぐ方法論だ。ラインナップは広げながらも、各モデル単位では、需要と供給のバランスを見極めて適正販売台数を探るというアプローチをフェラーリは採った。つまり、生産台数の絶対値というよりも、「受注獲得数」が重要なパラメーターとなるわけだ。
加えて、近年のフェラーリは希少性をアピールし易い限定モデルのレンジを積極的に増やしている。モンテゼーモロが綿密に構築したスペチアーレのビジネスは、SP1/2モンツァやSP3デイトナなどの「イーコナ」シリーズや、いくつもの「フューオフ」プロジェクト(数台のみ生産)、1台だけの「ワンオフ」と、より細分化されている。
さらに高い利益を生み出す原資は、カスタマイゼーションによる単価の向上が大きなファクターとなっている。今やカタログプライスでフェラーリを購入することはできないと考えた方がよい。フェラーリ・アトリエのコンフィギュレーターで素敵な組み合わせを選んでいくと、あっという間に500-600万円を追加して支払わなければならない。
こう考えると生産体制のアップデートや、ハイパフォーマンスカー・マーケットのさらなる拡大によって、モンテゼーモロの危惧はうまく吸収されてしまったのだ。彼が力業でフェラーリ社内に引き戻したスタイリング開発に関しては、フェラーリ・デザインセンターが上手く働いている。
スカリエッティ工場に集約して、最新テクノロジーを導入したシャシー&ボディ製造システムの確立、エンジンブロックの鋳造からPHEVシステムのアッセンブルまでの内製化など、現在フェラーリが安泰であるのは、モンテゼーモロが蒔いた種であったことがわかる。
フェラーリ時代を振り返る
2022年のフィオラーノにてモンテゼーモロは、自身のフェラーリにおけるキャリアについて、こう語っている。
「人生の天職を得ることですら難しいのに、ましてや成功を遂げるということは、よほどの幸運にでも恵まれない限りはあり得ないことです。国際弁護士として仕事を始めようとしていた私は、フェラーリから突然のオファーをもらって、そこへ飛び込みました」
「そのときは上手くやっていく目算があったワケではまったくありませんでした。しかし、それは今となっては良い判断であったと思います。フェラーリの素晴らしい人々から多くを学ぶことができたからです」と。
結果的に、彼の人生の多くを賭けることになったフェラーリ。その結末は彼にとって厳しいものであったかもしれない。しかし、彼にとって良くも悪くもフェラーリが人生そのものであって、そこに全精力を賭けたことは最善のことであったと捉えているという。
そんな彼の一途な本気さを、一緒に働いた仲間達はよく理解していた。だから、あるときは非情なほど厳しい彼の仕事への取り組みにも、皆はついて来たのではないだろうか。
一昨年フィオラーノにおける彼と故マウロ・フォルギエーリとの対談の会場に響きわたっていた、共に働いた仲間達の絞り出すような叫びが今も鮮明に私の耳に残っている。
「戻ってきてくれ、アヴォカート!」と。
注)Avocato=アヴォカート、弁護士を意味し、モンテゼーモロは敬意をもってそう呼ばれた。
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