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トンネルだと5分、旧道だと最大10時間! 【安房峠を越えて(酷道険道:長野県/岐阜県)】マツダ・ロードスター

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トンネルだと5分、旧道だと最大10時間! 【安房峠を越えて(酷道険道:長野県/岐阜県)】マツダ・ロードスター

長野県と岐阜県の県境にまたがる安房峠。安曇野と飛騨高山を結ぶ交通の要衝であり、今でこそトンネルの完成によってものの5分で抜けられるようになったが、かつては狭隘かつ急峻な山岳路しかなく峠越えには大変な労苦を伴い、行楽シーズンには10時間近くかかることもあったという。マツダ・ロードスターで孟冬の飛騨山脈を駆け抜ける。TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji)PHOTO:平野陽(HIRANO Akio)

絵に描いたような旧道

『間違いだらけのクルマ選び』刊行記念イベントで分かった、クルマ好きの高い文化レベル。

「旧道」という言葉に心惹かれるのは酷道険道マニアの根本的資質だろう。道幅は細く、カーブはきつく、アップダウンは激しく、路面は荒れ、そして何より歴史がある。例えばほら、中山道よりも旧中山道と聞くほうがなんとなくウキウキするというか、走ってみたいという気にさせられませんか?

 まぁ、たいてい旧ナントカって道は途切れ途切れになっていたりして、うまくつなげて走ることが難しかったりするし、途中から登山道みたいになって車両走行不可になったりするけれど、それもまた楽し。

 ある地点からある地点に移動することが目的であれば新道を走るに越したことはないけれど、走ることそのものが目的であるならば、とりあえず旧道を覗いてみるのがクネクネ道オタクの常套手段だ。

 そんな読者諸兄にオススメしたい「ザ・旧道」のひとつが長野県と岐阜県の県境にまたがる安房峠である。まぁ有名と言えば有名だから本誌読者のなかにも走ったことがある方が多いかも知れないが、そういう達人のみなさんには黙ってお付き合いいただけますようお願い申し上げます。

 で、なぜにオススメかというと、以前はこのタイトでツイスティな峠道しかなくて屈指の難所として知られていたのが、とんでもなく立派なトンネルができたおかげで一気に往来が楽になり、峠道のほうは交通量が激減し、一転して物寂しい雰囲気に……という、絵に描いたようなバックボーンを持つからだ。

 もちろん、険しい北アルプスという立地にあることも大前提だ。上高地、乗鞍、飛騨高山、白川郷などなど、今でこそ東海北陸自動車道や長野自動車道の開通によってアクセス良好な観光地になったが、かつては地元在住でもなければ、そう簡単に行ける場所ではなかった。それだけにたどり着いたときの感慨もひとしおで、これらの地名を耳にするだけで旅情をかき立てられてしまうのである。



いきなり濃度マックス!

 長野自動車道の松本インターチェンジを降り、国道158号線を西へと向かう。松本電鉄上高地線と並行に走っているうちはいわゆる市街地に過ぎず、沿道も賑わっているが、終点の新島々駅を過ぎ、梓湖にさしかかる辺りから景色は山深くなり、にわかに秘境感が増してくる。

 とはいえ平日でも交通量は多く、酷道険道らしい物寂しさはまだ感じられない。国道158号線は松本市と高山市を結ぶ交通の要であり、乗用車はもちろん大型バスや大型トラックも頻繁に行き来している。上高地や乗鞍といった名だたる観光地を擁し、しかもそれらにマイカー規制が敷かれていることも大型バスが多い理由だろう。

 余談だが、この梓湖のあたりの国道158号線は、天気を問わず来るたびにいつも路面が濡れているような気がする。もしかしたら自分が通る直前に雨が降っていたのかもしれないが、それが毎回繰り返されていたとも思えない。

 トンネルから湧き水や雨水が沁み出しているのか。とにかく、自車と前走車が跳ね上げたしぶきでウィンドウやボディの下半分くらいが汚れまくる。出発前にはウォッシャー液の残量にもご注意を。


 しばらくして梓湖を過ぎ、10分ほど走ればいよいよ安房トンネルの入り口が見えてくる。トンネルを正面に見て、手前の「中の湯温泉旅館」の看板に従って右折すれば峠越えの旧道だ。

 のっけから9つものヘアピンが連続し、急峻な斜面を一気に駆け上がる。ステアリング操作は忙しくなり、運転席の真横すれすれにまで岩肌が迫り来る。いきなり酷道険道濃度マックスである。

 そんなこの安房峠旧道を、かつてトンネルができる前は大型ダンプや観光バスが連なって走っていたというのだから呆れるしかない。俊敏なロードスターでさえステアリングをグルングルン回さなければ曲がれないのに、ダンプやバスでどうやって曲がれというのだろう。

 事実、当時は一発で曲がり切れずに何度も切り返している姿があちこちで見られ、すれ違いが困難なことも相まって大渋滞を引き起こしていたという。なにしろトンネルの入り口から峠を越えて平湯温泉まで、安房トンネルを通ればものの5分、旧道でも現在のように交通量が少なければ40分ほどで行けるところを、かつては行楽シーズンだと5、6時間は当たり前で、ときには10時間近くかかることもあったらしい。もはや歩いた方が速いレベルである。

 参考までにGoogle mapで計算してみたところ、徒歩で4時間20分と出た。でも休憩が必要だし、アップダウンの激しさによってペースが落ちるのを考慮すると、早くても7時間くらい?……うーん、やっぱりクルマが無難ですね。え? バイクが最強だって? でも梓湖の横を通るとエキパイやらスイングアームやらが汚れまくって洗うのが大変そうでイヤだな。


雄大な北アルプスを一望  

 9連続ヘアピン区間をクリアすると勾配も緩やかになり、相変わらず道幅はタイトではあるものの、すでに目も慣れてきたから穏やかな快走路のように感じてしまう。そして10分ほどで安房峠に到着する。

 峠からの眺望はすばらしく、穂高連峰をはじめとした雄大な北アルプスを一望できる。かつてはここに茶屋があり、トンネル開通後に廃業した後もしばらくその姿をとどめていた。数年前に訪れたときもまだ建物は残っていたのだが、今回はすっかり更地になってしまっていた。

 風情が失われてゆく……などと言うのは部外者の身勝手で、儲からなければ廃業し、維持ができなくなれば更地になるのはしかたがない。ただ、これだけの眺望の存在を考えれば、なんとかやりようはなかったのかなとも思ってしまう。

 いや、今になってわざわざこんなに綺麗な更地にしたということは、もしかして新たに何かを建てる予定があったりして。もう観光バスが通ることはないのだから団体客を考慮する必要はないわけで、この絶景を眺めながらお茶と団子のひとつやふたついただけるような、そんなささやかな茶屋が復活してくれるといいのだが。

 この安房峠は長野県と岐阜県の県境になっていて、手前が松本市、奧が高山市だ。まぁしかし、こんな山奥で市と言われても困る。もともとはそれぞれ安曇村と上宝村だったのだが、なぜ村のままではいけないのだろう? なんでもかんでも市にすりゃあいいってもんじゃない。市という漢字の意味を考えれば、文字の誤用だと言いたくもなる。前述の茶屋の跡地は長野県側にあるのだが、松本市の茶屋と言われたら駅前の喫茶店かと思ってしまうじゃないか。

 そんなこんなで峠を越えると、当然ながらその先は一転して下り坂となる。ただ、前半の登りよりも全体的に勾配は緩く、タイトなヘアピンも少ない。とりあえず安房峠越えというひとつの目的を果たした安堵感も手伝って、景色を楽しむ余裕も出てくる。

 こうした酷道険道を走るには、なにはともあれコンパクトで取り回しに優れるクルマを選ぶことが大切だが、さらに「楽しむ」という要素も重視するならばオープンカーであることも付け加えたい。酷道険道は、とにかく沿道のあらゆるものが乗員に近い。草木、土手、岩肌、石垣、法面、ガードレールなどが手を伸ばせば届くほどの距離に迫り来る。

 オープンカーであれば、その距離感がさらに縮まるのは言うまでもない。岩盤の隙間から滝のように流れ出している湧き水が、うっすらと頬や腕を濡らすことだってある。音、匂い、温度、そして湿度までもがダイレクトに感じられ、緊張も不安も興奮も快感も倍増する。つまり険道酷道ならではの醍醐味が倍増するというわけだ。



安房峠の次は平湯峠へ

 安房峠から20分ほどで平湯温泉に到着し、安房トンネルを抜けてきた新道と合流する。平湯は古くから奥飛騨エリア有数の温泉として知られてきたが、上高地や乗鞍にマイカー規制が敷かれてからは、ここにクルマを駐め、観光バスやタクシーに乗り換えるというスタイルが確立したため、交通の要衝と役目も担うことになり、より一層の賑わいを見せるようになった。ただし残念ながら「湯ったり飲んびり」な旅は当ページの主旨にそぐわないので先を急ぐ。

 しばらく国道158号線を西に走ると、今度は県道485号線との分岐点が現れる。まっすぐ行けば平湯トンネルだが、左に曲がれば例によって旧道である。交差点から覗き見るだけでも木々がうっそうとしているのがわかり、なかなかここを左折しようという気にはならないだろう。

 だが、安房峠の旧道を走ってきた猛者なら心配ご無用だ。比較論に過ぎないが、あちらほど急峻でも狭隘でもなく、見通しのいいコーナーも多い。それに、この県道485号線は、一応は乗鞍スカイラインへのアクセス路のひとつにもなっているのだ。

 とはいえ乗鞍スカイラインはマイカー乗り入れ禁止だし、入口付近まで行ったところで、そこからバスやタクシーに乗るのは難しい。そしてバスやタクシーは平湯トンネルの西側からアプローチすることが多いようだから、いずれにせよこの県道485号線は交通量が少なく、存分に酷道険道ムードを味わえるのだ。

 走行ペースに影響を与える度合いは、道幅やコーナーの曲率よりも見通しの良否のほうが大きいかもしれない。安房峠よりも心なしかアクセルの踏み込み量が大きくなり、コーナー手前ではヒールアンドトーを駆使しながらシフトダウン……助手席のカメラマンから「いいねぇロードスター」の声が挙がる。

 今回の伴侶に選ばれたロードスターは、最もベーシックな「S」というグレードで、LSDもリヤスタビライザーもアンダーフロアの補強ブレースも備わらない。ただ、結局のところ自分がいま走っているのは一般道であって、出せるスピードにも限度がある。そんな状況のなかでは、素のロードスターならではのわかりやすい挙動がとてつもなく快感だ。

 もちろん、けっして上級グレードの高いパフォーマンスがサーキットでなければ活かせないわけではなく、一般道でもソリッドな乗り味に酔いしれることはできるはずだ。ようするに、それぞれに楽しみ方があって、優劣ではなく個性だということである。


時は金なり───だからこそ時間を掛ける贅沢を楽しむ

 我々のように撮影を挟まなければ、おそらく10分ほどで平湯峠に到着する。左折すれば乗鞍スカイラインだが、前述の通り一般車両は通行できない。そして真っ直ぐに進むと、そこからは乗鞍スカイラインから続く県道5号線となり、もはや酷道険道の影はない。平湯峠から5分ほどで国道158号線に復帰する。ここで今回の酷道険道ドライブは終了だ。

 筆者のように酷道険道を走ることのみを目的としてわざわざ安房峠と平湯峠に行くような物好きはなかなかいないとは思うが、もしいたとしても走りまくるばかりでなく、昼食ぐらいは地元のおいしいものを召し上がっていただきたい。

 高山方面に少し走ると赤かぶの里というドライブインがあって、飛騨牛や高山ラーメンが味わえる。もちろん名物の赤かぶの品揃えも豊富で、試食して選ぶことが出来るのでオススメだ。

 帰りは長野自動車道の松本インターチェンジを目指し、すべて新道を通ってみた。安房峠旧道に足を踏み入れてからここまで、撮影を含めて約3時間が経っていたが、復路はわずかに20分足らずであった。

 時は金なりとはよく言われるが、だからこそ、時間をかけて楽しむということはとんでもなく贅沢なことだ。サーッとトンネルをくぐっていたら絶対に出会えなかった景色と体験を、安房峠と平湯峠は味わわせてくれたのだ。


マツダ・ロードスターS

▶全長×全幅×全高:3915× 1735×1235mm ▶ホイールベ ース:2310mm
▶車両重量: 990kg ▶エンジン形式:直列4 気筒DOHC
▶総排気量:1496cc ▶ボア×ストローク:74.5× 85.8mm ▶圧縮比:13.0
▶最 高出力:96kW(131ps)/7000rpm 最大トルク:150Nm/4800rpm
▶トランスミッション:6速MT
▶サスペンション形式:Ⓕダブ ルウィッシュボーン Ⓡマルチリ ンク
▶ブレーキ:Ⓕベンチレ ーテッドディスク Ⓡディスク 
▶タイヤサイズ:195/50R16 ▶ 車両価格:249万4800円

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