2023年シーズンのホンダ陣営は、グランプリ史上かつてなかったほどの辛酸を舐める一年になった。2018年に最高峰クラスへ昇格してLCR Honda IDEMITSUで走り続けてきた中上貴晶も、6年間の中で最も厳しい一年になった。活路を見いだせないシーズンをどんなふうに気力を奮い立たせて戦い抜いたのか、ホンダ自体が大きく変わろうとしている新たな一年に賭ける期待、そして、4歳のときからバイクで走り続けてきたレース人生とその後について……等々。2024年のプレシーズンテストが行われたセパンサーキットで、公式日程3日間初日の走行を終えた中上からたっぷりと話を聞いた。
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■ドゥカティ乗り換え奮闘のマルク・マルケス「僕はまだトップ層と同じレベルにない」
―2023年は、中上選手が今までMotoGPを何年も走ってきたなかで一番苦しかったシーズンでした。ホンダ陣営全体が今までになかったほどの低迷でしたが、どうしてここまで苦労することになったのだと思いますか?
「やはり一番の理由は、方向性を見失っていたからだと思います。極端にいえば、バイクはライダー4人が違うモノを使っていて、『これで行こう』というものが定まりきらずにコロコロ変わるような状態でした。シーズン前半戦の課題はどちらかといえばリヤグリップだけだったので、そこにフォーカスしていたのですが、後半戦のシルバーストーンで新しいエアロが投入されてからは、さらに状況が悪化してしまいました。リヤグリップもさらに薄くなって、フロントのフィーリングも得られない、どこが限界なのかわからず、簡単に言うと、攻めると転んでしまうという状態です。限界値が非常に低くなってしまい、限られた時間の中でいろいろトライはしてあれこれ変えてもあまり改善がみられず、良くしていく方向を見つけられなくて、本当に長いシーズンでした」
―それはつまり、バイクのベースそのものがまとまらなかった、ということでしょうか?
「そうですね。戻る場所としてのベースもなかったので、本当に探りながら各ウィークのセッションを進めて行ったので、まるでテスト走行をしながらレースをしているような感じでした。ウィーク中に何かを変更しても『ダメだったときはここに戻ろう』という場所がなかったのは、苦戦してしまった本当に大きな原因だと思います」
―そんな苦しいシーズンで、どういう目標を立てて走り続けていたのですか?
「いや、正直キツかったですよ。自分自身も攻められないし、正直なところ、走る前から結果を望めない状態だったので、たとえば今回はトップテンを目指そうという目標すら言えないような状況でした。
予選のQ2入りも、あまりにも遠い目標すぎて、予選でこのグリッドを確保してレースに向けてさらに闘志を高めるという流れが途絶えてしまった感はありましたね。順位やタイムや、この選手に負けたくないという目標すら不透明なままスタートして、結局、特に得るものもなく結局ダメだった、というレースがたくさんあって、それが積み重なった一年になってしまいました。
特に後半戦は悲惨でしたね。さっき言ったように目標を立てられなかったので、ただレースに参戦して、転ばないようにぐるぐる走ってレースを終え、ときには前がいっぱい転んでポイントを取れて良かった、という結果だったので、本当に運だのみで、自分たちの実力で結果を摑み取ったわけではないので、乗っていても全然楽しくない。本当に、ただ走っているだけでした」
■苦しいシーズン、モチベーションをどう維持していたのか?
―そのような状況で、どうやってモチベーションを維持していたのですか?
「あまりモチベーションを保てなかったから、走りも順位も悪かったのだと思います。『よし、これくらいのポジションを目指そう』『この順位まで行きたい』という目標を立てられないし、自分の裡から湧き上がるものを作れないので、ワクワクして走ることがなくて転ばないようにするのが精一杯でした。自分自身の置かれている立場は、レプソルのワークスチームライダーたちとは違うので、彼らも昨年は恐ろしい数の転倒数を記録しましたが(マルク・マルケス29回、ジョアン・ミル24回)、たとえばファクトリーライダーではない自分が彼らと同じ数の転倒をした場合、自分の評価が下がるだけなので、『彼らが転倒しても俺は絶対に転倒しない』ということは常に念頭にありました(中上のシーズン転倒回数は12回)。前向きな評価ではないけれども、マイナスにならないようにということは気にしながら走っていました。だからもう本当にモチベーションを維持しづらかったし、目の前にニンジンがぶら下がっていてそれを追いかけて一所懸命走る感覚がどんどん落ちてしまってはいましたね」
―ホンダ・レーシング(HRC)の桒田哲宏(レース運営室室長)さんや佐藤辰(開発室室長)さん、河内健(テクニカルマネージャー)さんたちにも話を聞いたのですが、彼らの話では2022年のバイクがそもそもスイートスポットが非常に狭く合わせこみにくかったので苦戦を強いられ、その改善を目指したものの、結局2023年もスイートスポットの課題を解決できなかった、と振り返っていました。中上選手のライダーとしての視点でも、バイクの合わせこみの幅の狭さは感じていましたか?
「ありましたね。特に後半戦でエアロが変わってダウンフォースがすごく増えたものになってから、何かが狂ったというか、バイクのバランス自体がもう本当に一輪車で走ってるような印象でした。エアロが変わる前の前半戦の方が、自分としてはまだもうちょっとできることはあって、少しは限界がわかったからある程度は攻めることができたし、Q2進出やシングルフィニッシュも達成できていました」
―そういう苦しいシーズンが終わり、ホンダ陣営は2024年シーズンにコンセッション(優遇措置)が適用されることになって、テストライダーとレーシングライダー全員がシェイクダウンテストから走行してきました。シェイクダウンを終えて、今のプロトタイプには改善の兆しのようなものが見えていますか?
「そうですね。そこは嘘なく、確実に良くなっている、というのが全ライダーの共通した意見です。エンジンパフォーマンスや出力もすごく上がっていて、バイク全体の性能も向上している手応えを感じています」
―エンジンは2スペックを試しているのですよね?
「そうですね。ひとつは昨年のバレンシアテストで使用したものと、もう一台は、それを踏まえて今回のセパンテストで導入された新しいスペックです」
―どういったところが改善されているのですか?
「エンジンの扱いやすさです。ボトムからトップまでの滑らかさとつながりが良くなって、右手ですごく操作しやすくなりました。去年のエンジンは唐突に来る感じで結構ピーキーだったのでコントロール性が不足していたんですが、今のエンジンは爆発感覚が分かりやすいので、そこは劇的に良くなっています」
■2024年のホンダは姿勢に変化アリ?
―ずっと抱えてきたリヤのトラクション問題や、フロントの信頼性などはどうですか?
「トラクションは、まだ少し薄いですね。エンジンの繋がりも滑らかで良くなってトルクも上がっているので、加速している感覚は出てきているんですが、リヤのグリップに関してはまだもうちょっと良くしなければいけないと思うし、他のライダーたちも同じ指摘をしています。バレンシアのエンジンと比較すると、今回の新しいエンジンはウイリーが少し多くなっていて、それは出力があるからこそなんですが、エアロやダウンフォースにフォーカスしてせっかくトルクが上がって前に進むようになっているので、それをうまく次のコーナーとラップタイムにつなげることができればいいレベルに達すると思うので、あとほんのもうひと息、って感じです」
―車体については、昨年は新たにカレックスが製作したものに対する評価がライダーたちの間で分かれたようですが、今回試しているものはどうなんでしょうか?
「実は僕もそこは細かいところを知らないんですよ。いくつかのスペックがあって自分はこれを使っていて彼はあれは使っていて、という情報も特にないので、たぶんみな同じ車体なんだと思います」
ーカレックス製ですか、あるいはホンダのインハウス製なのでしょうか?
「それは本当にね、わかんないんです。本当にあんまり知らなくて、車体についてはきっと、今回はあまりバリエーションがないんだと思います。今回のテストでは2台のエンジンスペック違いと、あと、今日(2月6日)の午後に僕はエアロの担当だったので新しいエアロパッケージの確認をしていたんですが、車体は皆が別々のモノを使っているとは聞いていないし、ライダー4名全員が同じものを使って揃えていると聞いています」
―エアロの評価を担当したということですが、桒田さんや河内さんから聞いた話では、今年はファクトリーチームだけではなくLCRのふたりも活かして、全4名のライダーで緊密に連携を取って進めていきたいという話でした。そのあたりの変化は、実感しますか?
「そこはすごく感じますね。4台が一列というか、イコールコンディションで作業を進めています。もちろんプライオリティはファクトリーチームですけれども、その差はごくわずかだし、パーツ評価も平等な印象です。
そういえば、今回の公式テスト前に実施したシェイクダウンテストでは、日程が終わった後に初めて、HRCのエンジニアの人たちと僕たちライダー4人、プラス、テストライダーのステファン(ブラドル)も加わって大きなミーティングを持ちました。ひとりひとりが新しいバイクのインプレッションを述べて議論することは、少なくとも僕がMotoGPクラスに来てから(2018年)初めての機会でした。
僕自身も彼ら4人のコメントを直接聞くことができるし、自分ももちろん意見を発する立場になって、それをみんなが聞いてくれる。今までのような誰かを介してこうだったああだったという伝言ゲームのような状態よりも、皆の意見を直接に聞けたのはすごくいい機会でした」
ーモチベーションにもなりますね。
「そうですね。実際に4人のライダーが議論をして、『ここはやっぱり足りない』とか『ここをこうしてほしい』というところが一緒で、ドゥカティから来た(ルカ)マリーニと(ヨハン)ザルコが話してくれるマシン特性の違いもどんどん落とし込んでいます。彼らが話す言葉を僕たちもエンジニアと同じタイミングで聞いていて、それがすごくうまく回り始めている印象があります。みんなで良くしていこうという雰囲気に自然になっていて、それは今までに見なかった景色だし、いい意味で劇的に変わりつつありますね」
■「35歳までMotoGPで活躍できれば幸せ」
―これは少し違う話題で、先ほどのモチベーションの話とも関わってくるのですが、特にこの数年は、小椋藍選手が昇格するかどうかということが話題になるたびに、セットのように中上選手の翌年の去就も話題になります。たとえゴシップレベルのものでも、ある程度は本人の耳に届くでしょうし、そういったものごとに対して自分自身ではどのように処理しているのですか。あるいはまったく意に介さないのでしょうか。
「気にならないというと嘘になりますけれども、今の世の中では100パーセント耳を塞ぐのは不可能で、自分もSNSを仕事に使う以上、情報をシャットダウンするのは無理じゃないですか。でも、僕は自分で何かを探し出しに行くような行為には全然興味がないので、それで逆に不安になったりするようなこともないですね。
たとえば今の状態が、バイクはすごく良くてあとは自分の成績だけ、自分の能力を発揮するだけという場合で、壁のようなものにぶちあたって『もうこれ以上はいけません。パフォーマンスも発揮できません……』という状況なら、そろそろいろいろなことを考えなければいけない時期かもしれないんですが、正直なところこの数年、特に2022年と2023年は最初にお話したように、『いや、こうじゃないんだよな』というのをずっと抱えながらモヤモヤした状態で戦っていました。
でも、周りはきっと結果の数字しか見ていないから、テレビや文字情報から想像するでしょうし、それで当たり前だとも思います。だからといって、『いや、ホントは違うんです、じつはああなんですこうなんです』と説明する気もないし、してもしかたないので、だからこそ様々な話題は特に気にならなかったという面もありますね。もちろん、藍が上がってくるのも近いでしょうし、そのレールが敷かれているとも思います。けれども、それがいつになるのか、自分は今年で終わるのか来年で終わるのかも、まだわからないですよね。
今年は自分が納得いくパフォーマンスを発揮できて結果も良ければ、もう1年やりたいとかもう2年やりたいときっと思うようにもなると思います。でも、自分ではずっと昔から思っているんですが、じつは35歳以上までやるつもりはないんですよ」
―その話は、ちょうど30歳になる前後の時期に伺ったように思いますが、その考えは今も変わっていませんか?(※2月9日に32歳を迎えた)。
「何も変わらないですね。たとえば、同じホンダでほかの3人がすごい成績を残す一方で自分だけが引き離されたり、パフォーマンスが劣ったりしていたら、これはもうきっぱりとやめます。走る意味がない……、というか、他の選手やチームに迷惑だし、自分自身も辛いだけでしょうから。それならもう走らないと決める方が、自分自身にとっても絶対に幸せなので。
今の時点では、まだ続けたいし走りたいし結果を残したいという気持ちが100パーセントなので、そこから先のことはパフォーマンス次第ですね」
―35歳という明確な線引きがあるのですか。あるいは、なんとなくそれくらいの年齢、ということなのでしょうか。
「昔から『35歳までMotoGPで活躍できれば幸せだな』と思っていました。今はそこにどんどん近づいていて、もうすぐ32歳になるんですが、これを35歳まで続けることができればこの上ない幸せだと思っています」
■4才からずっとバイクに乗ってきた
―35歳で辞めたとして、そこから先のプランなどはあるのですか?
「まだ何もないんですよ。ただ、これだけ長いシーズンに渡ってグランプリの経験をさせてもらい、MotoGPも今年で7シーズン目を戦わせてもらっていて、こんなに長いシーズンを戦うことができた日本人はきっと数少ないと思うので、成績のいい悪いはともかくとしても、この経験は経験値として次の世代にやっぱり活かしてもらいたいです。活かしたいというか、自分の経験を使ってもらいたい、といえばいいでしょうかね。教えるのかわからないですけど、それはグランプリとロードレースの世界に対する恩返しだとも思いますし。4歳のときからずっとバイクしかやってこなかったので、バイク業界に対してお礼も含めて恩返しをしたいという気持ちはものすごくあります」
―今年の話に戻すと、2024年シーズンの目標はどんなところに置いていますか。
「翌年の契約時期が来るシーズン前半戦の夏前までに、自分自身で納得のいくスピードとパフォーマンスを発揮できれば、さっき言ったように残留という選択肢も出てくると思うので、そこは今の目標のひとつにしています。コンセッションをフル活用して一戦でも早くいいレースをして、自分が納得いく順位やパフォーマンスを出したいと思っています。前半戦は今言ったような目標がありますし、一年間で見ると、やはりどこかで表彰台に上がるという目標はもちろんあるので、そこに到達できればいいなと思います」
―表彰台、ということで言えば、今年は2024年ですよね。玉田誠さんがもてぎで劇的なポールトゥウインを飾ってから20年で、あれ以降、日本人選手は最高峰クラスで誰も優勝していないんですよ。
「そうか……、そんなに時間が経っているんですね。玉田さんがキャメルカラーの年ですよね。それはすごい。20年も経つとは知らなかったです」
ーだから、中上選手、おねがいしますよ。
「ありがとうございます。その日本人無勝利記録をストップできるよう、全力でがんばります」
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みんなのコメント
とはいえ、中上自身もチャンスを不意にしてしまった数年前のポールから即転倒やら中断で表彰台逃したシーズンが痛い。
今後もLCRの同僚、もしくはHRCの1人には勝ってシートを勝ち取れる成績を収めてほしい。