幻で終わってしまったプロトモデル
ロータリーエンジン(RE)を搭載したスポーツカーと言えば、マツダのRX-7シリーズが思い浮かびますが、じつは海外のメーカーでもRE搭載のスポーツカーが、かつて存在していました。存在というか、正確にはプロトタイプで終わったのですが、今回はREを搭載したベンツのスポーツカー、C111を振り返ります。
マツダ以外にもあった「ロータリー・エンジン搭載車ヒストリー(海外編)」
ガルウィングはスーパースポーツの証
最初にC111が登場したのは1969年にフランクフルトで開催された国際モーターショー(Internationale Automobil-Ausstellung =IAA、通称“フランクフルト・ショー”)でした。ダイムラー・ベンツのブースに出展されたC111は、まずはいかにもスーパースポーツカー的なルックスで人目を惹くことになりました。
そして展示パネルやパンフレットに目を通すと、当時世界中から注目を浴びていたヴァンケル・エンジンを搭載していたことで、一層大きな話題となりました。ちなみに、日本ではロータリー・エンジンと呼ばれていますが、世界的には基本原理を発明したフェリックス・ヴァンケル博士に敬意を表してヴァンケル・エンジンと呼ばれています。
REは1951年に基本特許を持つドイツの2輪/4輪メーカーのNSUで試作研究が始まり、1957年になってようやく試作1号機が完成しています。その後、世界中のメーカーがこのREに注目し、日本のメーカーでは1961年2月にヤンマーディーゼルと東洋工業(現マツダ)が、NSUと技術提携を結んで基本特許を取得しています。
ダイムラー・ベンツも、その3年後にはNSUと契約を交わしていますが、ヤンマーがガソリンとディーゼルの両方での技術提携であるのに対して、東洋工業は200ps以下のガソリン、ダイムラー・ベンツは50ps以上のガソリンに関しての技術提携となっていたのは各社のREへの思惑が窺えて、興味深いところです。
ちなみに、1969年のフランクフルト・ショーに展示されていたC111は3ローターのREを搭載していて、その最高出力は280hpでした。翌1970年のフランクフルト・ショーに展示されたC111-II(それぞれのモデルを区別するために、1969年のモデルはC111-I、1970年のモデルはC111-IIと呼ばれています)は4ローターのREで最高出力は350hpにまで引き上げられていました。
ハイパワーの恩恵もあって、発進加速では0~100km/hをわずか4.9秒で加速し、最高速は300km/hにも達する韋駄天ぶりが報じられていました。
その一方で、C111のサスペンションは基本デザインとしては前後ともにダブルウィッシュボーンの4輪独立懸架。とくにリヤのそれは、当時のレーシングカーとしても一般的だったアッパーにIアーム、ロアにパラレルIアームを配し、さらに上下2本のラジアスアームを追加する変形ブラバムタイプと呼ばれるものでした。
ダイムラー・ベンツ側ではパラレルリンク式と呼んでおり、のちに1980年代になってベンツの各シリーズに好んで採用されているモノの先行テストだったのではないか、とする声も少なくありません。
いずれにしてもC111は、1950年代に登場したスーパースポーツ、メルセデス・ベンツ300SLの後継モデルととらえるファンが多く、なかにはダイムラー・ベンツの本社にホワイトチェック……小切手に金額を記入しないまま、つまりはダイムラー・ベンツ社の言い値でもいいから購入したい、という熱烈な購入希望者=ファンも少なからずあった、とも伝えられています。
確かにガルウイングドアやリトラクタブルヘッドライトを採用したデザインは、スーパーカーというよりもダイムラー・ベンツのフラッグシップたるスーパースポーツに相応しいデザインだと納得できる出来栄えでした。
4ローターのREから一転、ターボディーゼルにコンバート
このように熱烈なファンも少なからずいたのですが、残念ながら、C111が発売されることはありませんでした。ダイムラー・ベンツでは、C111はあくまでもさまざまな技術の先行開発車、テストベッドだとしたのです。
少しうがった見方をすると、4ローターのREを搭載したC111-IIまでは市販モデルの先行開発車、との意味合いもあったと思うのですが、REの熟成に手間取ったことに加えて、折からのオイルショック(第一次石油危機)が影響して燃費の良くないREに対して逆風が吹いていたことも見逃せません。
またボディをFRP(ガラス繊維強化樹脂)で成形していましたが、とくに北米での対衝突に、ダイムラー・メルセデスとして納得できる解決策が見つからなかった結果では、とする意見も聞こえていました。いずれにしてもC111は市販されることがありませんでした。
その後、C111はディーゼルエンジンに換装されてC111-IIDに進化していきます。当時は公表されることはありませんでしたが、C111-IIDに搭載されたディーゼルエンジンには、インタークーラー付きのターボチャージャーが搭載されていました。
そうです。オイルショックで逆風を受けるようになったREに代えて、俄然注目を浴びるようになるターボディーゼルのテストベッドとなったのです。同時にC111はレコードブレーカーとして結果に残る活躍を始めることになりました。
C111-II Dの後継モデルとなったC111-IIIのディーゼルエンジンは230hpと4ローターのC111-IIに比べて120hpにまでパワーダウンしていましたが、軽量で空気抵抗を低減したボディの強味か、1978年には9つの世界記録を達成しています。さらに4.8LのV8ガソリンエンジンに換装したC111-IVは、403.978km/hの世界サーキットの周回速度記録を達成しています。
最後になりますが、ボディサイズなどのスペックを紹介しておきましょう。まずエンジンは2ローターのREで排気量は600cc×4ローターの2400ccで、最高出力は350hp/7000rpm。トルクは4000rpmから5500rpmの広い回転域で40.0kg-mのトルクを発生していました。
ボディサイズは全長×全幅×全高が4440mm×1800mm×1120mmでホイールベースは2620mmと発表されていました。デザインを手掛けたのは第2世代のW126から第3世代のW140、第4世代のW220とSクラスを3代続けて手掛けることになり、ダイムラー・ベンツ・スタイリングセンターの責任者にまで上り詰めることになるブルーノ・サッコ。C111は彼がまだ若いころの作品で、このことからサッコの出世作とも評されています。
C111-IIは1970年の東京モーターショーでも出展されていましたが、奇しくも、REの本家(分家筆頭というべきか)の東洋工業もREを搭載したコンセプトモデル、RX500を出展しており、REスポーツの二大競演となっていました。ともにミッドシップレイアウトの2シーターでしたが、サイズ的にもエンジン的にもC111-IIがRX500よりもふたまわりほど大きいサイズ感でした。
C111-IIもRX500も、ともにコンセプトモデルで終わることになるのですが、C111-IIがREエンジンのREの熟成に手間取ったことからテストカーに留まっていた(何度も言いますが個人的にうがった見方に過ぎませんが)のに対して、RX500が市販モデルに進化できなかったのは、そのサイズのせいだったとされています。
初代コスモスポーツの後継モデルにと考えられていたRX500は、コンセプトの上からは大きすぎたのです。その辺りにも当時の、彼我のモータリゼーションの根付き方が違っていたであろうことを窺い知ることができます。
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