6年間を駆け抜けたS660
text:Kouichi Kobuna(小鮒康一)
【画像】公道全力の楽しさ【S660とビートを比較】 全275枚
photo:Satoshi Kamimura(神村 聖)
editor:Taro Ueno(上野太朗)
2015年3月30日に発表された軽スポーツ、S660はきっかり6年後の2021年3月30日にすべての生産枠が埋まったことがアナウンスされ、一旦歴史に幕を下ろすこととなった。
3月12日に2022年3月を持って生産が終了することが発表され、最後の特別仕様車である「モデューロXバージョンZ」がリリースされてからおよそ半月ほどで、来年3月までの生産枠がすべて埋まったということになるから、そのスピードには驚かされてしまった。
そもそも「限定」とか「残りわずか」といった状況に弱い日本人ではあるが(そうでない人も多くいるだろうが)、決して割安とはいえないスポーツカーが瞬く間に完売してしまうというのは、それだけ購入しようかどうか迷っていたユーザーが多かったことを裏付けているということだろう。
ちなみにバージョンZ発売から完売までの間におよそ4000台の受注があり、その中の2台に1台のペースでバージョンZだったというから、2度驚いてしまったのである。
ということで、瞬く間に終売となってしまったS660ではあるが、登場から6年が経過した今、あらためてじっくり乗ってみてどんなクルマだったのかを振り返ってみることにした。
今回連れ出したのは、2020年式のαグレード。S660にはCVTモデルも用意されるが、今回は軽自動車史上初の6速が採用されたマニュアルトランスミッションモデルをチョイスした。
色あせることのない美しさ
あらためて対面したS660の第一印象は、やはり「小さい」という一言に尽きる。
カタログなどで見る写真はS660単体で写っていることが多く、その端正でスポーツカー然とした佇まいからはそこまで小さいイメージを受けることはないのだが、それだけに街中で見るS660を小さく感じてしまうということだろう。
とはいえ、全長や全幅は同社の1番人気車種であるNボックスとまったく同一。ただし全高は1180mmとNボックスのおよそ3分の2という計算になる。
ボディサイズから考えるとかなりの長さとなるドアを開けると、オープンスポーツカーらしい高いサイドシルが目に入る。
うっかりするとドアトリムやサイドシルを靴で傷つけてしまいそうになるが、このサイドシルを跨ぐという所作もスポーツカーに乗り込む儀式と考えれば自ずと気分も高まってくるのだ。
そして軽自動車とは思えないサイズのシートに腰を下ろせば、目の前には本格スポーツカーのコックピットが広がっている。
低い着座位置はもちろんのこと、フロントにエンジンを搭載しないため、ペダルのレイアウトも自然であり、そこに軽自動車にありがちな妥協は微塵も感じられない。
2020年1月にマイナーチェンジを実施しているが、内外装のデザインはほとんど変更を受けていないことからもわかるように、S660は6年が経過した今見ても古さを感じさせない秀逸なものだったのである。
制限速度内で手に入る快感
ミドシップに搭載されるエンジンは、S07A型と呼ばれるターボエンジンだ。
このエンジンは型式こそ初代Nボックスに搭載されたものと同一だが、専用のターボチャージャーを採用するなどした専用のもの。
スペック的には軽自動車の自主規制値である64psとなっているが、カッチリかつシフトゲートに吸い込まれるようなタッチの6速MTを駆使して走れば、体感的に遅いと感じるシーンはほとんどない。
道幅の広いバイパス道路の信号待ちからの発進時、1速7000rpmオーバーまで引っ張ってシフトアップし、2速でも6000rpmまで引っ張る。
後方で心地よい排気音を感じながら、脳内麻薬がドバドバと生み出されるようなシチュエーションであるが、実はこの時点での車速は60km/hほどであり、まったく持って合法となる。
また、交差点を曲がるだけでも、背中にあるエンジンを支点して曲がるというミドシップ・レイアウトならではの感覚が味わえてまたニヤリとしてしまう。
当然ワインディングを走らせても軽快なハンドリングは折り紙つきであるが、そこまで速度域を上げずとも楽しめるということこそが、S660最大の美点といえるのではないかと筆者は考えるのだ。
近年のスポーツカーでは馬力やラップタイム、ゼロヨン加速などわかりやすい数値でアピールすることも珍しくないが、そのポテンシャルを公道上で発揮できるケースはほとんどない。
そういった意味では、常に全力で楽しむことができる「遅いスポーツカー」こそが日常をより豊かにしてくれる存在になるのではないだろうか。
S660のカタログに書かれた「MICRO SUPER CAR」という文言こそが、それを物語っていると感じ取れたのである。
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