国内の新車販売で圧倒的シェアを確保しているのがトヨタ。さらに車種別販売ランキングの上位を占めるのもトヨタ車ばかりだ。しかしトヨタは、例えば売れゆき絶好調のヤリスクロスはそのぶん納期が半年程度かかる予定になっているなど、困った問題もあるようなのだ。
好調な新車販売を続けているトヨタだが、販売面ですべてが順調というわけではないという。そんな表からではなかなか見えてこないトヨタの問題点について、新車販売事情に詳しい小林敦志氏に解説してもらった。
ノア1本化はなくなった? 売れてるヴォクシーの延命説を追う!
文/小林敦志 写真/TOYOTA、ベストカー編集部
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■人気のヤリスクロスは買ってもすぐには乗れない!?
2020年8月31日に正式発売となったヤリスクロス。発売から10カ月が経とうとするいまでも、すべての仕様で納期が半年かかるという納期遅延状況が続いている。
ヤリスシリーズが2020年度販売台数でついにN-BOXを超えた。ヤリスシリーズの半数が『ヤリスクロス』なのでほんとによく売れている
半導体問題も少なからず納期遅延に影響を与えているともいえるが、これが、ヤリスクロスのなかでも、ごく一部のグレードや決まったオプションを選んだケースだけのことであれば、部品の滞りなどがあっての納期遅延となる。
しかし、ヤリスクロスは半導体問題が顕在化する前でもすべてのグレードで納期遅延となっているので、高い人気を維持していることが大きく影響していると考えていいだろう。
ただ、ヤリスクロスの生産工場で6月に生産調整が行われるとの報道があった。その影響についてトヨタ系ディーラーに聞くと……
「影響はそれほど大きくないと聞いております。今ご案内できる納期は6カ月ですが、そうなると、すでに納車が越年してしまうことにもなりかねません。おそらく予定納期よりは早まることになるでしょう(年内納車に間に合いそうだということ)」と楽観視するコメントが聞かれた。
さすがに、今後は新規オーダーも落ち着いていくだろうから、順調にバックオーダーの消化が進むことを考えれば、話を聞いたセールスマンのコメントも理解できる。
■ヤリスクロスが売れても、そのぶんC-HRは激減
そこで疑問となるのが、ここまで納期遅延となるほどの大量のオーダーがどこから集まっているかである。トヨタ以外のライバルメーカーからも当然流れてきているだろうが、それだけでここまでの納期遅延となるとは考えにくい。
業界事情通は「トヨタならではの売り方がそこにある」として、次のように説明してくれた。
「実は、販売現場ではC-HRユーザーからの乗り換えを熱心に進めているようなのです」。
C-HRは2016年12月14日に国内で発売された。暦年締めで初めてフルカウントで年間販売台数が出た2017年での年間販売台数は11万7299台で、登録車では3位となっている。以降、2018年は7万6576台となり12位に急落、2019年は5万5677台(15位)、2020年は3万3676台(21位)となっている。
販売低迷しているC-HRだが、5月に特別仕様車 G “Mode-Nero Safety PlusII”が追加発売された
さらに業界事情通は、「すでに初回車検を受けているユーザーも多くなってきています。C-HRは、スタイリッシュなクーペSUVスタイルということもあり、よく売れたのですが、実際使ってみると、一部では後席居住性や積載性能への不満も出ているようです」と話す。
続けて「C-HRだけではなく、初回車検を受けたか、もうすぐ初回車検ぐらいの車種のオーナーが、比較的新車へスンナリ乗り換えてくれることが多いともいわれておりますので、C-HRのユーザーはターゲットカスタマーとしてはピッタリなのです」と説明してくれた。
そのほかにも、ボディサイズの大きいRAV4ユーザーや、ハイブリッド車はないがライズを選んだユーザーなどにも、「ヤリスクロスはハイブリッドがありますよ」とアタックしているのではないか、と業界事情通は語ってくれた。
あとは、3代目と現行型のプリウスユーザー、クルーガーやヴァンガードといった絶版トヨタSUVに乗っている人などへもアプローチしているようである。
3代目プリウスのユーザーにもヤリスクロスへの買い替えを薦めるケースもあるようだ
■日本の新車販売市場には売れない要因が盛りだくさん
口八丁手八丁で売り込んで納得して買ってもらったクルマを、次は初回車検ほどの短いタイミングで乗り換えさせてしまおうという売り方には、「ユーザーが愛車への愛着がやっと出たころに入れ換えさせるのは、新車販売業界自らが消費者のクルマへの興味を薄めているようにも見え、それはいかがなものか?」といった思いを持つ人もいるだろう。
ただ、残価設定ローンを利用しての新車購入が当たり前のようになってきている現在では、「現金で30万円入れてくれれば、月々の支払い額はそのままに新車へ入れ換えることができますよ」などと、セールスマンがお客に“甘い囁き”をしやすくなっているのも確か。
残価設定ローン利用者が多く、そのため3年程度の買い替えを薦めやすくなっている実情もある
ましてや、今はまだ世界3位の新車販売市場であるものの、市場規模は縮小の一途とたどっており、インドなどに抜かれるのも時間の問題ともいわれている。
そのなかで日本車が壊れにくいことは世界共通認識にもなっているので、放っておくと初度登録から13年超を迎え、自動車税がアップした時に、ようやく長く乗り続けていることに気がつくというユーザーもとても多い。
そこから「新車に乗り換えようかな」と気持ちが変わるのを待っていたら、新車ディーラーの商売が成り立たないともいえよう。
それでなくとも、高齢ドライバーの運転免許自主返納や、若い世代の“クルマ離れ”も、新車販売の低迷の要因として問題となっている。
前述したように、自分で売っておいて、初回車検が来るか来ないかという短いスパンで新車へ乗り換えさせることに違和感を覚える人もいるかもしれない。しかし、新車販売市場の活性化を考えると、やむを得ないのではないかという意見があるのも確かなのだ。
■トヨタ系ディーラーの必殺わざ! “提案型営業”とは?
それでは、ほかのメーカー系ディーラーも、トヨタと同じように初回車検のタイミングを狙って積極的に新車への乗り換えを薦められるかと言えば、それはなかなか難しいだろう。トヨタ系ディーラーセールスマンの多くは、“提案型営業”というスタイルを得意としている。
これは、「新車に乗り換えたい」という来客があってから商談を始めるのではなく、お客は新車への乗り換えを真剣に考えていないのに、「今ちょうどお薦めできる新型車が出ました。見積りを作ってみたら、下取り査定額も結構よく買い得になりました」と、新車購入の提案をして商談に持ち込むこととなる。
トヨタ系ディーラーでは“提案型営業”が脈々と受け継がれており、これが“トヨタ一強”を支えている
過去に販売した、管理ユーザーのなかで、性格やクルマへの趣向性などを勘案し、自分で“攻め時”を決めて新車を売っていくのである。
これは、かつての“昭和”という時代には、クルマだけでなく家電製品あたりでも、街の電気屋さんが、得意客の家にある電化製品の様子を見ながら、新機種への買い替えをタイミング見計らって売り込んでいたのと同様だ。
トヨタ車ユーザーのなかには、比較的にこのような提案型営業を好む人も多く、平成、令和と時代が変わってもトヨタ系ディーラーでは脈々と受け継がれており、これが“トヨタ一強”を支えているといってもいいだろう。
トヨタ以外のメーカー系ディーラーでも、提案型営業をまったく行っていないとは思えないが、幅広く令和の時代でも行っているのは、トヨタとスズキぐらいといえるだろう。
トヨタ系ディーラーセールスマンはよく、「他メーカー車と比較検討されることはない」と言っている。しかし、実はトヨタ車ユーザーとトヨタ系ディーラー&セールスマンとの“阿吽の呼吸”のようなものを、他メーカー車に乗るユーザーがトヨタディーラーを訪れた際に感じてしまい、「トヨタ車はやめておこう」となっているのかもしれない。
トヨタユーザーのなかで新車の乗り換えを繰り返すだけでも相当の台数となるので、このような他メーカー車のユーザーの動きがキャッチできていないのならば、思わぬトヨタ車販売の“アキレス腱”といっていいかもしれないだろう。
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