オランダのアッセンで開催されたザ・レーシング・デイでは元F1ドライバーのデビッド・クルサードによるデモランが行なわれたが、それと並ぶ目玉と言えたのが、1997年のモナコGPでミハエル・シューマッハーが優勝したマシン、フェラーリF310Bの走行だった。しかもステアリングを握っていたのは、80歳の男性だったのだ。
彼の名前はエーリッヒ・ツェッヒ。ドイツ人の彼こそ、フェラーリF310Bのオーナーなのだ。
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「信じられないことだった」とツェッヒは言う。
「一番嬉しかったのは観客の反応だった。立ち上がって拍手を送ってくれた。これを目の当たりにするのは素晴らしい」
「私が一番好きなのは、このマシンを再び人々に見せられることだ。私の一番の目標は、シューマッハーが走っていた当時の体験にできるだけ近づけることだ」
その言葉通り、ツェッヒはシューマッハーのヘルメットのレプリカを被ってドライブするなど、その再現度にはこだわっている。外見的には確かに当時を彷彿とさせるが、ドライバーの年齢は全く異なる。当時のシューマッハーは28歳。ツェッヒは80歳だ。
「悲しいことに、そうなんだよ!」とツェッヒは笑う。
「でも特別なことだろう? このようなマシンを運転するのは大変なことだが、私はまだ信じられないほど健康だと感じている。公式のライセンスを取得するためには健康診断に合格しなければならなかったが、まだこれほど健康だということも驚きだった」
そしてそれ以上に印象的なのは、ツェッヒが昨年までシングルシーターのマシンを運転したことがなかったことだ。
「レーシングカーに乗り始めたのは去年の5月からだが、F1マシンを買ったらいつか運転してみたいといつも言っていた。その点で、私はインゴ・ゲルストルに頭が上がらない」
インゴ・ゲルストルは、クラシックF1マシンなどが出走するBOSS GPにも参加しているドライバーで、所有するトロロッソSTR01ではTTサーキット・アッセンでのラップレコードを保持している。
「彼が私をここまで連れてきてくれて、『健康診断をしてOKならやろうよ』と言ってくれた。彼から買ったGP2マシンが今の私のトレーニングカーなんだ」
「そして5月にはミハエル・シューマッハーのフェラーリを初めてドライブした。昨年、ここアッセンでF310Bをお披露目したが、そのときはまだ動いていなかった」
「多くのデータが消去されていたようだ。インゴ・ゲルストルはイタリアに素晴らしいコネクションを持っていて、彼のおかげで3月に彼のワークショップで初めてマシンを走らせることができた。それは我々全員にとって驚異的な瞬間だった。これはマラネロからのサポートなしで走っている唯一のヒストリック・フェラーリなんだ」
また、ツェッヒがフェラーリF310Bを手にした背景も明かしてくれた。
「私の娘は20年前からドバイに住んでいるのだが、ドバイではフェラーリのガレージを新しく建設中だった。私は娘と一緒にそこに行き、どんな車があるのか見に行った。ショールームでドイツ語で話していたら、突然、若い男性に声をかけられた。『あなたたちはドイツ人ですか?』と」
「彼はドイツ語も話せて、ドバイとアブダビでフェラーリの営業主任をしていた。彼は私がフェラーリファンかどうか、そしてどのクルマを持っているかを尋ねてきた。ラ・フェラーリが2台、SF90が2台、そして812が1台だと伝えたら、驚いていたよ」
「私は彼をディナーに招待したが、その夕食の席で彼は、5ヵ月前にエンジンのないF1マシンを売ったと話した。私としては、そういったものに興味はあるが、エンジンのない車には興味がないと返した」
「彼はヨーロッパに、所有者が亡くなったフェラーリのコレクションがあると知っていた。そしてそれは全てサザビーズのオークションにかけられると。その中にはミハエル・シューマッハーのF1マシンがあったが、私は『ミハエル・シューマッハーのF1マシンなんて高すぎて買えないよ!』と思った」
「いずれにしても、彼は情報を集めて、そのマシンが売れるのかどうか、費用はどのくらいかかるかをチェックしてくれた。4週間後に彼はまた電話してきて、それが1997年のマシンであることを報告し、取り次ぎをしてくれると言った」
「私はそのマシンの価格を聞き、写真を送ってもらえるかどうかを尋ねた。その写真を見た私は、実物を見ることなく購入した。3日後、シューマッハーのマシンは私のガレージにあった……そういうわけなんだ」
ツェッヒは今年初めに地元ホッケンハイムで行なわれたジム・クラーク・リバイバルで初めてF310Bを走らせた。その後オーストリアのレッドブルリンクで走ってから、アッセンにやってきたのだ。
既に3度F1マシンを走らせたツェッヒは、9月にアッセンで行なわれるクラシックGP、そして次回のザ・レーシング・デイでも再びドライブしたいと考えている。
「明日どうなっているか分からない歳になってしまったがね! でも全てがうまくいけば、また戻ってきたい」
長年の夢を叶えたツェッヒは、こう締め括った。
「シューマッハーのレースはよく見ていたし、まだホッケンハイムで開催されていたころのドイツグランプリにも行った。当時は音(大きなエンジン音)もあって、F1は良い時代だった」
「海外でのレースもテレビを見ながら、彼が勝つことを祈っていたよ。(そのシューマッハーのマシンをドライブすることは)なかなかクールな話だね……」
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