2022年3月16日、モータースポーツ界に多大な貢献を果たした高橋国光さんが82歳で逝去された。高橋国光さんといえば、1960~70年代にケタ外れの高性能、サーキットにおける連勝ぶりによって“スカG神話”をもたらした立役者でもある。
その後、1989年に3代目GT-Rとして復活したR32 GT-R。じつは高橋国光さんは当時限定500台の伝説「R32 GT-R NISMO」のオーナー。しかも、初めて購入したGT-Rだというのだ。なぜ購入したのか、R32 GT-Rをどう評したのか。自動車雑誌driver(1990年9-5号)に掲載したインタビュー記事をお届けする。
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「伊豆のご自宅にうかがうべく、伊豆高原駅に降り立つと、到着時刻を見計らった国光さんが迎えに来てくださった。それも、聡明なご夫人を助手席に乗せたGT-R・NISMOで・・・」(インタビュー記事より)
※以下、当時誌面より〈文=戸田治宏〉
乗用車の理想に近いよね
新旧スカイラインGT-Rを語るとき、これほどうってつけの人はいない。1960年代後半から70年代前半、GT-Rに栄光をもたらすことにより、日本にモータースポーツを花開かせ、現在もなお、F3000やJSPCといった第一線で活躍する男——高橋国光選手、その人である。
しかし、グループAマシンとしてGT-Rは復活したが、国光さんはツーリングカー選手権に参戦していないではないか——これこそ、余計な心配だ。なぜなら、国光さんはGT-R・NISMOのオーナーであるからだ。
伊豆のご自宅にうかがうべく、伊豆高原駅に降り立つと、到着時刻を見計らった国光さんが迎えに来てくださった。
それも、聡明なご夫人を助手席に乗せたGT-R・NISMOで。クルマの表情が、喜々としているように思われた。これほど幸福なGT-Rが、ほかにあるのだろうか。
じつに丁重で、心温まるもてなしを受けながら、「新旧のGT-Rを、どのように受け止めていらっしゃいますか?」と切り出してみた。すると、国光さんは、前にも増してにこやかに、語り始めるのだ。
「それは、じつに簡単なことです。昔のGT-Rは、限りなくレーシングカーに近いクルマ。でも、現在のGT-Rは、理想に近い“乗用車”、ということです」——。
■昔はジャジャ馬だったけど…
——昔のGT-Rはネ、少しいじれば、第一線のレースに出場できたんですよ。エンジンなんか、レーシングカーのプリンスR380のものを、そのまま載せたような感じでね。とにかく、超高回転で大パワーを絞り出すジャジャ馬だったんです。
しかし、耐久性にも優れていた。R380の耐久テストだと、1万2000~1万3000(!)まで引っ張って、何時間も運転しましたよ。それでも、エンジンはヘッチャラだから、「早く壊れて、テストが終わらないかなあ」なんて思ったりしてね(笑)。パワーがある半面、当時はタイヤがよくなかったから、リヤを滑らせてコーナーを抜けるドリフト走行が、必然的に生まれたんですね。そんなクルマだから、町なかで乗るには低速で扱いづらいし、クラッチだって重い。普通のクルマを扱う感覚では、乗れなかったんです。
ところが、今のGT-Rは、現代にマッチした乗用車感覚を備えています。エンジンは、280馬力という大パワーを発揮しながら、低速だって、だれにでも扱いやすい。ペダルなどの操作も軽い。ブレーキもよく効く。足まわりも、抜群にいい。さらには、エアコンの性能がすごくいいでしょう。ケンウッド(国光さんの公私にわたるスポンサーだ)のカーステレオはあとから付けたんですが、車内で質の高い音楽さえ聴ける。すべてが、乗用車として素晴らしい出来なんです。
特に、足まわりがいい。硬すぎず柔らかすぎずというか、そして、まず、乗り心地がいいでしょう。それでいて、どこまでもドライバーの意思どおりに動いてくれて、挙動の乱れが少ない。ここ辺り(伊豆)はワインディングが多いんですが、スイスイとコーナリングできるGT-Rは、とても快適ですよ。
そういう意味で、乗用車の理想像という気さえしますね。だぶん免許取り立ての人だって、GT-Rに乗れば、まるで運転がうまくなったように、どんな道だって楽々と走れてしまうと思いますよ。ただ、アッという間に180km/hに到達するから、自分のウデを錯覚すると、過ちのもとになりますけどネ。
■雨の日に、ヒョイと乗れる
ただ、考えてみれば、そうした性格のクルマに、“GT-R”という名前がはたして必要なのか?という気もするんです。
東京まで行くときに雨が降っていると、ボクはヒョイとGT-Rに乗るんです。ウエットの高速道路を飛ばすのに、GT-Rは、とにかく楽なんですよ。ヒョイと乗れる…。
でも、本当はそうじゃないと思うんです。ボクはポルシェ928も持っていますが、こいつは、スタイリングにしても、5LのV8エンジンにしても、「スポーツカーだ」という、何か特別な雰囲気がある。“スペシャル”な感じがね。そうすると、これにはヒョイと乗れない。「ヨッコラショ」って乗る。
GT-Rと名の付くクルマは、こういうものじゃないかという気がするんです。昔、6気筒といえば、特別な存在だった。
それを現代によみがえらせるなら、例えば、5LのV12を搭載するとかね。エンジンがジャジャ馬的に大パワーを発揮するから、クラッチやミッションも特別なものを付けてやる。当然、万人向けのクルマではなくなる。そういった意味での“スペシャル”こそがGT-Rなのではないかと…。
しかし、これはボク個人やごく一部の人が考えること。長谷見(昌弘)や星野(一義)たちが、今の人たちが造り上げたGT-Rでファンの期待に応えている。だから、「やはり、GT-Rはすばらしいクルマなんだ」という思いに変わりはありません。
◇◇◇
国光さんは、「ジャジャ馬は、レーシングカーで味わっているから、日常生活は普通のクルマでいい」とおっしゃる。その国光さんがGT-Rを持っている。
じつは、ご夫人がポツンと口にしたひと言が気になっていた。
「GT-Rを買ったのって、今回が初めてなのよね……」
もし、現行のGT-Rが国光さんのいう“R”であるなら、国光さんはGT-Rを手元に置かなかったかもしれない。仮に置いたとしても、けっして雨の日には乗らないだろう。
GT-R。あまりに神話化されたこの名の真意をこれ以上探ることは、サンクチュアリ(聖域)に踏み込むことと同じかもしれない。
高橋国光
1940年生まれ。東京都出身。’58年、浅間火山レースにデビューウィンを飾って以来、日本人初の2輪GP制覇など、レーシングライダーとして華々しい活躍をする。4輪転向は、’65年のニッサン・ワークス入りから。スカイライン神話を自ら作り上げた人で、’70年全日本ドライバー選手権(TII部門)では、GT-Rで5戦5勝を果たす。日本レース界のれい明期から現在に至るまで、30年以上も頂点に立ち続けている。
〈まとめ=ドライバーWeb編集部〉
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