総計わずか1039台の稀少車だった
2023年5月の第3週末に、イタリア・コモ湖畔チェルノッビオにて開催された、ヨーロッパでもっとも格式の高いクラシックカーのコンクール・デレガンス「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」。近年ではヴィラ・デステに隣接する、同じく古城を改装した見本市会場「ヴィラ・エルバ」にて、コンクールの一般向け公開が行われるほか、広大かつ美しいヴィラを活用したオークションも行われている。今回はコンコルソ・ヴィラ・デステの公式オークションとなったRMサザビーズ「Villa Erba」オークションに出品されたBMW「3.0CSLバットモービル」について、お話しさせていただくことにしよう。
眉毛がついてまるで「カーズ」のキャラ! BMW 3.0CSL Hommageとは
BMW史上もっともワイルドなホモロゲーションモデル?
1971年に登場したBMW 3.0CSLは、1968年にデビューした美しき4座クーペ「2800CS」をベースとし、当時全欧で絶大な人気を誇っていた「ヨーロッパ・ツーリングカー選手権(ETC)」の王座獲得を目指し、FIA(国際自動車連盟)ホモロゲートを取得するために開発されたエボリューションモデル。その開発作業には、1968年シーズンから2800CSを擁してETCで活躍していたアルピナが関与していた。
1970年10月、BMWは2800CSのエンジン拡大版、「3.0CS」を発表。そのかたわら既定路線として、当時のETCにおける宿敵であり、より小型・軽量な「フォード・カプリRS」や「オペル・コモドーレ」に対する競争力を向上させるため、CSの大幅な軽量バージョンをアルピナとともに開発する。そして、当時のETCの対象であるFIAグループ2ホモロゲーションの取得を目的としたエボリューションモデルこそが3.0CSLだった。
ドイツ語において「軽い」を意味する「Leicht」の頭文字「L」を添えた車名が示すように、左右ドアやボンネット、トランクリッドをアルミ化しただけでなく、ルーフやフロントノーズのスチールパネルも薄板化を図り、フロント/リアウインドウには薄板のラミネートガラスが採用された。
また、車内の防音材は排除され、フロアカーペットも薄いものに変更。ボンネット固定にはメッキ仕上げのボンネットピンに置き換える徹底ぶりで、車両重量は3.0CSの1400kgから約200kgのダイエット。当時のアルピナ側資料によると、じつに215kgの減量に成功したとされている。
バットモービルといえば「大胆不敵なエアロパーツ」が特徴
しかし、なにより3.0CSLを印象づけているのは、やはり「バットモービル」という愛称のもととなった、大胆不敵なエアロパーツであろう。これは、1972年シーズンからFIAグループ2規約が厳格化し、空力付加パーツも市販モデルと共通の形状であることが求められた結果とされている。
1972年から採用されたこの空力パーツは、フロントエンドの下半分を覆いつくすエアダムスカートや、極めて大型のリアウイング、ルーフ後端に設けられたスポイラーなどで構成。当時設立されたばかりの「BMWモータースポーツ(現在のBMW M社)」と、シュトゥットガルト大学との共同開発によるものと言われている。
ただ、翌年になると西ドイツ国内の交通法規が厳格化されてしまったことから、1973年生産の後期型ではバットモービル状態でのコンプリート販売は中止。そしてこの年をもってCSLは生産を終了し、総計わずか1039台の稀少車となった。
しかし、アルピナとBMW Mの前身が総力を結集した3.0CSLは、生来の目的どおり1973年シーズンにはフォード・カプリを下してETC選手権のコンストラクターズタイトルを獲得。そののちBMWはワークス/プライベーターを交えて7年連続で王座に君臨し続け、世界のツーリングカーレースを席巻していくこととなったのだ。
■深遠なるBMWの世界に誌面で触れる!
有名な広報車両だったバットモービルは、4500万円で落札!
生産期間・台数ともに非常に限られた3.0CSLながら、エボリューションモデルの常として、細かいアップデートが施されていた。その最たる例は、年次ごとに異なるエンジンである。
直列6気筒SOHCの「ビッグシックス」ユニットは、当初3.0CSと共通となるツインキャブレター付き2985cc・180psとされていたが、1972年モデルの、いわゆる中期型ではインジェクション化されるとともに3003ccに拡大。さらに1973年モデルとなる後期型では、3153cc・206psにパワーアップされた。
今回、RMサザビーズ「Villa Erba」オークションに出品された3.0CSLは、最終進化形にあたる1973年モデル。ドキュメントには、1973年8月1日に完成したとの履歴が残されている。
最終型ということで、3153ccまでスケールアップされたビッグシックス・エンジンを搭載するともに、西ドイツ国内では建前上後付けのオプションとして設定されたという、過激なエアロキットを装着した167台のうちの3台目とのことである。
ラインオフののちには、すぐにBMWミュンヘン本社の広報車両&オフィシャルカーとして、「M-CE360」のナンバープレートを付けて登録され、ドイツの老舗モータースポーツ専門誌『Rallye Racing』1974年1月号のグラビアページを飾っている。
その後、走行距離8900kmまで到達した段階で、このCSLはドイツZDF放送局の人気ニュース番組『Heute(ホイテ)』で長年キャスターを務めていたヨッヘン・ブライター氏に売却され、2021年まで同氏が最初で唯一の個人オーナーであり続けた。個人の登録ナンバー「K-TV123」を取得したこのバットモービルは、1991年までブライター氏の日常のアシとして愛用されていたという。
1980年、ブライター氏は懇意にしていたBMWディーラーに依頼し、工場出荷時と同じ純正スペックの新品CSLボディパネルに換装させた。これは、3.0CSLのボディワークがホモロゲートのため軽量薄板で仕立てられ、市販車として充分な防錆処理が施されていなかったため。当時は、しばしば行われていたこととされている。
来歴・現状のコンディションともに申し分のない1台
また40年以上にわたる所有期間中に、ブライター氏はブラウプンクト社製の「ベルリン」ステレオ、レザー/ファブリック・コンビのインテリア、レカロ社製の純正スポーツシート、「ドッグレッグ」パターンを持つゲトラグ社製265型5速トランスミッション、そしてエンジン内部のリビルドなど、13万4000ドイツマルク相当の改良を行わせている。さらに1992年から1996年にかけて、このCSLはシュトゥットガルト近郊に拠点を置くMKモータースポーツによってレストアされた。
2021年にブライター氏の家族から現オーナーに引き渡されたのち、過去1万5000kmの間に、この素晴らしい3.0CSL バットモービルには、新品のミシュランXWXタイヤとビルシュタイン社製サスペンションが装着され、ブレーキとクラッチのオーバーホール、エンジンの包括的な整備が行われたとのこと。すなわち、来歴・現状のコンディションともに申し分のないバットモービルであると、RMサザビーズ欧州本社からのリリースではアピールされていた。
■深遠なるBMWの世界に誌面で触れる!
そして2023年5月20日に行われた競売では、28万6250ユーロ。日本円に換算すれば、約4500万円で落札されることになった。
バットモービルの由来となった純正エアロパーツの有無、あるいはメカニカルコンディションによって、3.0CSLのマーケット価格は左右される。近年では2000~3000万円あたりでの販売事例が多かったことを勘案すれば、今回のヴィラ・エルバはなかなかの大商いだったといえるだろう。
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