6月18日、宮城県のスポーツランドSUGOで決勝レースが開催された全日本スーパーフォーミュラ選手権第5戦では、予選8番手からスタートした大嶋和也(docomo business ROOKIE)が戦略も的中させ4位でフィニッシュ。2021年以来最高位を獲得し、現地に駆けつけた豊田章男チームオーナーをはじめ多くのチームスタッフは喜びを爆発させた。
「とても攻められるようなクルマじゃなかったです。僕も年齢もあるので、毎レース引退覚悟でやってます」
ストレス過多のSUGO戦で、ついに“素のローソン”が露わに。Fワードも飛び出す【SF第5戦あと読み】
この言葉は、今季第5戦のちょうど1年前となる2022年第5戦SUGOの後、大嶋からチームの終礼で語られたものだった。
2022年、大嶋は序盤戦こそ比較的好調だったが、アクシデント等もありポイントに届かず、迎えた第5戦SUGOは「今年いちばん乗りにくいクルマ」でレースを戦った。チームはピット作業等ノーミスだったが、根本的にグリップ感、スピードが足りない。レース後、「僕が求めるレベルが間違っているのか……。良く分からないです」と自嘲気味に語っていた大嶋だったが、その年は結局序盤の好感触を取り戻すことはなく、この年の参戦ドライバー唯一の無得点に終わった。
docomo business ROOKIEは2021年から現行の体制となり、毎年のようにチーム強化を続けていたものの、毎戦メカニックたちが目標を定め、奮闘していたチームの頑張りがなかなか実を結ばず、大嶋が思うようなクルマを用意することができていなかった。チームは1台体制で、ライバルたちよりも大きな不利もあった。2022年の第5戦SUGOは、苦しい流れのなかでもまさにどん底と言っていいレースだった。
他のチームであれば、2022年の成績はドライバー交代に踏み切ってもいい成績だったかもしれない。それでも2023年へ大嶋が残留したのは、豊田章男チームオーナーが大嶋のポテンシャルを「信じていた」からだった。
■土曜の走り出しから感じていたグリップ感
迎えた2023年に向けて、他カテゴリー含め多忙を極めていた片岡龍也の負担を減らすべく、チームはスーパーフォーミュラの監督に、大嶋を良く知る石浦宏明を招聘。片岡が作り上げてきた土台からさらなる上積みを図った。今季車両が変わったこともあって開幕前のテストではポテンシャルの片鱗をみせていたが、第1戦富士では幸先良く1ポイントを獲得。今のdocomo business ROOKIEにとってはチーム全体を勇気づけるものとなった。
チームは今季、2021~22年となかなか果たせなかった「Q1突破とポイント獲得(石浦監督)」を目標にしており、開幕戦でポイント獲得は達成したが、その後第2~4戦もQ1突破は果たせず、なかなかポイント獲得には届かなかった。フリー走行までは良くても、予選になるとセットアップが逆の方向に向かってしまったりと、なかなか噛み合わずにいた。
しかし迎えた第5戦は、大きくセットアップを変更して臨んだ結果、フリー走行から大嶋が望んでいたグリップ感があった。「フィーリングは良かったですよ。トップには届かなかったけど、変えてきたことが機能していました。予選でこのパフォーマンスが出れば、今回は良いだろうと思います」と大嶋は手ごたえを感じていた。
そして迎えた予選。大嶋はQ1のB組を4番手で通過し、ついにチームの宿願だったQ1突破を果たした。Q2でも8番手につけ、これまでの予選順位から大幅にアップ。予選後に大嶋と石浦監督のもとに向かうと「オートスポーツの表紙にしてくださいよ(笑)」と上機嫌。「クルマはかなり良くなっていますが、決して乗りやすいわけではない。ただバランスはとにかく、グリップがちゃんとあるのでタイムが出ます」と大嶋。
チームと大嶋が待ち望んだQ1突破に、誰よりも感動していたのは、ル・マン帰りだったにもかかわらずSUGOまで訪れていた豊田章男チームオーナー。「休暇代わり」に大嶋の応援に駆けつけていたそうで、いかにモータースポーツに情熱を傾けているかが分かるが、チームの苦労を知るだけに、感極まっている様子をみせた。
■「前のグリッドだからこそ」トライした作戦
そして既報のとおり、大嶋は6月18日の決勝で10周目にピットインを行うと、チームも鍛えてきたピット作業でチャンスをものにする。同時にピットに入ったライバルたちを先行し、アンダーカットを見事成功させると、最後はニュータイヤで追い上げたリアム・ローソン(TEAM MUGEN)の追い上げをなんとかしのぎきり、4位でフィニッシュ。サインガードには、まるで優勝したかのような喜びの輪が広がった。
レース後、石浦監督に取材に行くと、まだ暑さが残るSUGOで「ちょっとチョコモナカジャンボ食べながらでいいですかね(笑)」とホッとした笑顔をみせた。「今回はフリー走行からクルマを順調に仕上げてきましたが、エンジニアとドライバーのコミュニケーションもスムーズにいきました。今までは一歩進んでまた一歩下がって……のような感じでしたが、今週は流れが良い方向にいけていました」と石浦監督。
前日の予選で8番手につけた時点で、監督としてもこの日のレースの作戦は大いに悩むことになった。これまでのレースで大嶋は、下位グリッドから10周でのピットインを行い、大きく順位を上げることができていたが、このSUGOは1周が短く、展開によってはラップダウンになってしまう恐れもある。また上位を走っていた場合は先に動きづらい。
「たしかに来る前のミーティングで、SUGOはラップダウンになる可能性もあり、戦略の幅が狭まってしまうので、予選で中団くらいにはいて欲しいと監督として言ったんです。でも8番手になったから、今度は幅が広がってしまって。予選日の夜から、ずーっとそればかり考えちゃったんです(笑)」と石浦監督は言う。
決勝レースを前にいくつかのパターンを決め、豊田オーナーに説明した。ただ、オーナーは「選択肢があるのは分かったから、決めたの?」と石浦監督を諭した。「これが失敗だったら自分が謝るしかない。でも僕と大嶋は、この位置からでもチャレンジしたいと無線でメカニックのみんなに伝えました」と石浦監督はオーナーの言葉に作戦を決断。「セーフティカーが出たら沈んじゃうかもしれないけど、チャレンジさせてください」と伝えた。
「SUGOはセーフティカーランがあると思うじゃないですか。でもSCがあると思う人が多いかな……と思って、逆にこの作戦をやってみたんです。それにグリッドが前だと、この作戦はなかなかできないじゃないですか。だから前に出たときこそやってみようと思ったんです。『みんなクラッシュしないでくれ~!』と祈りながら見ていました(笑)」
■取り戻した大嶋の本来のスピード
終盤、石浦監督は「テンション上がっちゃって、めちゃうるさい監督になってた(笑)」と毎周のように大嶋に無線で呼びかけ、その祈りが通じ4位でフィニッシュした。
「これが大嶋の本来の速さだと思うんですよ。スーパーGTではポールポジションを獲ったりしているのも皆さん見ていますよね? 今までが本来のパフォーマンスを出せていなかったのを証明できましたし、今回はオンボードを観ていても、本来の大嶋の走りをしていると思いました」と石浦監督。
「すごく安心しましたし、ちゃんと良いクルマを準備できれば本来の速さが出せると思うんです。自分もそうでしたからね。こんなに美味しいチョコモナカジャンボは初めてですよ(笑)」
そして、「正直、スーパーGTで勝ったときより、比べものにならないくらい嬉しい4位」というのは大嶋。「8番手からでしたが、あまり失敗を恐れず気楽にやろうと臨みました。スタートは少し失敗しましたが、順位をキープできたのでそのまま10周でピットインし、もともと決めていたとおりタイムを稼ごうとしました」とレースを振り返ってくれた。
「ここ数年のなかでいちばんグリップがありましたし、今後もこれが続けば楽しいレースができると思います。ファイナルラップの前に(小林)可夢偉に追いつかれそうで、なんとか守れるかと思いましたが、ローソンが来て。最終ラップはハイポイントでインを気にしすぎてタイヤを1本外に落としてしまい、タイヤを汚してしまいました。最後は少し無理にブロックしたことで可夢偉にも申し訳ない感じになってしまいましたが」
レース後、豊田オーナーはもちろん、チームメンバーも喜びに沸くことになったが、エンジニアやメカニックの中には、喜びのあまり涙を流すメンバーもいた。それくらいdocomo business ROOKIEは苦しみ抜いてきたのだ。
大嶋は「毎戦クルマもいろいろ検証し、メカニックも工夫していろんなものを持ってきてくれました。前向きにやろうと動いてくれますし、みんなが本当に頑張ってくれていましたが、結果に繋がらなくて。努力がやっと結果に繋がってくれました」とスタッフに感謝を述べた。
■「長かったね。長かった」豊田章男チームオーナーも感動
そして、豊田章男チームオーナーにとっても、この4位は格別なものとなった。前戦オートポリスでは、レース後の終礼で「僕が知っている大嶋和也のポジションはこんなところではない」と語り、チームにさらなる奮起を期待していたが、今回の第5戦SUGOのレース後、「長かったね。長かった。だけど全員がやってくれると思っていました。そして大嶋和也の実力は、まだまだこれから」とチーム全員に声をかけていた。
「何より、昨年のSUGOは辛かった。一昨年も辛かったけど、昨年はもっと辛かったと思います。だけど私自身がぶれずにいられたのはみんなの支えがあったからですし、大嶋和也の『負けてたまるか』という気持ちに支えられてきたと思います」
豊田オーナーが大嶋のスピードを疑わず、チームが大嶋のために力を合わせ戦ってきた2年半が、片岡監督、そして石浦監督のもと今回の4位でようやく花の“咲きはじめ”まで至った。しかし豊田章男チームオーナーは「まだまだ我々の戦いは続きます」という。また大嶋も石浦監督も「次に4位になったときに、『悔しい』と思えるようにしたい」と語った。
石浦監督は「1台体制のチームで4位で終わることができたのは、かなりハードルが高いことだったと思います。自分たちにとってこの4位は優勝に値するような結果だと思います」と振り返った。ファンにとっては分かりづらいことではあるが、1台体制というのはそれだけ厳しい。
これが分かっているのは、やはり大嶋と戦ってきたライバルたちだったのだろう。レース後のメディアミックスゾーンでは、今までにないくらいメディアが大嶋のもとに集うなか、多くのライバルたちが大嶋に声をかけ、4位という結果をともに喜んだ。特に感慨深くハグまでかわしていたのは、同じ1台体制の福住仁嶺(ThreeBond Racing)だったのが印象的だった。その苦労と、4位という結果の価値を知るからだ。
現代のスーパーフォーミュラを1台体制で戦う難しさを乗り越えた結果を残した大嶋とdocomo business ROOKIE。シリーズ後半戦、楽しみに見たい1台になるだろう。
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