最初のトランザルプは1987年デビュー
1980年代にパリダカ4連覇を果たしたホンダワークスのラリーマシン「NXR750」。
その設計思想や技術を受け継ぎ「パリダカレプリカ」と言われたXRV650アフリカツイン(1988年発売)だが、同車の登場より1年前にもNXR750をルーツとするモデルが存在した。
現代の目線では意外かもしれないが、そのモデルとは初代トランザルプである。
【画像9点】ホンダ「初代トランザルプ」のエンジン、サスペンションなど細部を写真で解説
初代トランザルプことトランザルプ600Vは、日本では1987年4月10日に台数限定で発売された。デビュー当時を知るライダーに聞くと「ビッグオフという感じではないし……」と、どんな用途に使うバイクなのかイメージしづらいモデルだったという。
ホンダは発表時の資料で『雄大なスケールのツーリングが楽しめる新しいタイプの大型スポーツバイク』と記述しているが、オフロードも対応できる大型ツアラーというジャンルや世界観を伝えるのに難儀したのではないだろうか。
今でこそ「アドベンチャー」というジャンルが確立されているが、そうした呼び方も無かった時代なのだ。
さて、そんな初代トランザルプが国内発売となる前に『別冊モーターサイクリスト1987年2月号』では、1987年型ホンダ輸出車試乗会でテストした海外仕様車のインプレッションを展開している。
以下にその記事を再掲載するが、サーキットでの高速安定性の高さに驚いている様子や、当時のライダーが今で言うアドベンチャーをどう捉えているかなど、そのあたりに注目して読んでみてほしい。
サーキットでも安定感は抜群のデュアルパーパス
トランザルプのイメージフィルムは、ヨーロッパの高速道路から始まる。──道はいつしか市街地からワインディング・ロード、さらに舗装の荒れて狭く、曲がりくねった山道へとかわり、最後にラフロードとなる。オフロードブーツも履かないライダーは、しかし、そのすべての道を実に気持ちよさそうにこなしていく。見ているだけで一緒に走りたくなるような作品であり、オンオフツーリングバイクとして造られたトランザルプのコンセプトがよく伝わってくる。
だから、今回のようにサーキットだけを走ってこのモーターサイクルを評価するのは本当ではない。しかし万能車たるトランザルプは、鈴鹿東コースをとても楽しませてくれた。第一の理由は優れたハンドリングだ。
速度の高低にかかわらず、前後サスペンション、タイヤは適度にバランスし、限界に近づいても特性が急変しない。従ってライダーは、なにものにもおびえることなく気軽にスロットルを開けられるし、ヨコハマE-703デュアルパーパスタイヤはサーキットを飛ばすに耐える。またコーナリング中に荒れた路面に出会ったとしても、よく動くサスペンションと車体側の安定によって事件とはならない。
もちろん、長いサスペンションストローク、オンロードスポーツと比較すれば高めの重心、さらに舗装路を意識したとはいえ、最近のレーシングタイヤに近いプロファイルをもつハイグリップオンロード専用タイヤと比較すれば低いグリップ力しかもたぬタイヤなどによって、スーパースポーツ的なピタッと路面に吸い付く感覚はない。切り返しにしても、重くはないが、スパッではなく、スーッである。しかし、接地感は十分あるし、限界に至って後輪が流れたとしても、いきなりバッといくことがないから安心していられるのだ。
そしてコーナリング速度そのものもなかなか速い。同時に試乗したCBR1000F(*1)と直線速度を比べるのは無意味だが、1コーナーから最終コーナーまでの「峠道区間」では、互角に走れてしまうほどだ。
グランドスタンド前のストレートはやや下りのうえ、試乗当日はかなりの追い風だった。こうした条件が揃うと、メーターの針は180km/h前後まで届いてしまう。そのときの直進安定性は満足できるレベルだし、カウリングのおかげで風圧と格闘する必要もない。肩から上、ヘルメットなどはカバーしてくれないが、このモーターサイクルはアスペンケード(*2)ではないのだし、ツアラーとしてもこれで十分だ。
ブレーキも不満はないが、1コーナーめがけての全力制動では、長いフロントフォークがわずかにたわむのが感じられるとともに、車体の前傾、重心移動によって後輪の接地力減少が顕著になる。だが、そういうことがあるという程度で不安はない。総じて高速性はよく、高速道路を多様したツーリングにも十分使える実力である。
583ccVツイン3バルブエンジンは、サーキットを走った限りではとにかくフレキシブルで、全5段中の3速ですべてのコーナーをクリアできたし、同じことを4速でやってもほとんど同アベレージを保てる。Vツイン特有の振動、排気音はごくおとなしいものだが、それも4,000rpmあたりから徐々に影をひそめ、5,000rpm以上ではかなりスムーズになるから、トップエンドを使い続けるのは苦もないことだ。だがフラットでスムーズなばかりがこのエンジンの本質ではない。低回転からスロットルをひねったときのレスポンスも悪くない。担当者が仕上がり直前の1ヵ月をこのフィーリングに費やしたというだけのことはある。
*1編集部註:CBR1000Fは1987年型の輸出専用車として登場。新開発の998cc水冷並列4気筒は135psの性能を有し、最高速270km/hというパフォーマンスを発揮した当時のホンダのフラッグシップスーパースポーツモデル。
*2編集部註:アスペンケードはゴールドウイングGL1100/GL1200に設定された、大型カウル、パニアケース、トップボックスなどを装備するラグジュアリー版モデル。
パリダカレプリカ……ではないが
パリダカールラリーの人気に伴ってか、このところ2気筒エンジンを使った大型デュアルパーパス車が数多く登場している。本家ともいえるBMW R80GS(水平対向)を始め、カジバ エレファント(V)、モトグッチ 650NTX(V)、ラベルダ OR600アトラス(並列)などであり、主流はヨーロッパだ。
ホンダもXLV750R(*3)を手持ちに加えていたが、大きく重いこのモデルは好評とはいえなかった。というわけで、今回のトランザルプはXLVとは方向性の異なるバイクに仕上げられている。つまり、ずっと軽くて、より多用途に使え、誰にでも扱いやすく、である。
エンジンはNV系(*4)で経験の深い52度V、オフセットデュアルピンクランク、3バルブなどをさらに煮詰めて、フラットな特性を与えた583cc、55ps/8,000rpm。これと組み合わされるフレームは、角パイプをメーンに、丸パイプを併用した、いかにも剛性の高そうなセミダブルクレードル。注目されるのは、ライダープロテクションを考慮するとともに、ヘッドライト、メーターを操舵系から切り離したボディマウントカウリングの採用だ。
エンジンをVツインとしたのは、長時間の高速走行においては、振動が疲労の直接原因となるからだ。そして高速走行時の直進安定性の確保に高剛性フレームは欠かせない。さらに操舵系の軽さと、カウリングによって上体の安定したライダー自身がこれを助ける。上体の立ったライディングポジションによる高速走行では、風圧に抗するためにライダーがハンドルを引いてしまい、自分自身で直進性を悪くしていることが多いのだ。
これらのうち多くは、ライダーの体力確保も重要項目である。パリダカールラリーを戦って得た教訓なのだ。単なる車重でなく、乗って軽いモーターサイクルということも当然その一部である。スタイルや動力性能ではなく、考え方の基本でいえば、トランザルプはパリダカレプリカといえよう。
ただパリダカマシンと量産車たるトランザルプで異なるのは、前者が速く快適であればよいのに対し、後者はそれに加え、付き合って飽きのこない性質、あるいは長旅の友となれるかどうか、といった資質までを問われる点だろう。
オンロード上での優れた走りがラフロードでも再現できるかを含め、短時間のサーキット試乗では、これらを確かめることはできない。しかし、レーサーレプリカとアメリカンの氾濫する国産車の中にあって、新しいツーリングバイクのありかたを追求したトランザルプの試乗印象がとてもよかったのは事実である。
国内においての市販は決定されていないが、限定数百台を今春にもリリースしそうである。そのときはオールラウンドなツーリングに連れ出してみたいものだ。
*3編集部註:XLV750Rは1983年に登場した大型オフロードモデル。エンジンは749ccの空冷45度V型2気筒3バルブで最高出力55ps。駆動はシャフトドライブを採用。
*4編集部註:1983年に登場したNV400カスタム(アメリカン)/NV400SP(ロードスポーツ)。挟角52度の水冷V型2気筒3バルブエンジンを搭載。ただし、1982年登場のNV750カスタムは挟角45度の水冷V型2気筒。
試乗レポート●佐藤康郎 写真●平野輝幸 編集●上野茂岐
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