少子高齢化社会の本格的な到来で、物流業や建設業など、多くの業界で人手不足の問題が深刻化している中、トヨタ系ディーラーで、主に整備士不足が原因の不正車検が相次いで発覚した。少子化や若い世代の自動車に対する関心の低下で自動車業界の整備士不足は慢性化している。一方で、自動車技術が急速に進化しており、今後もサービス部門の現場の負担が増すことが予想される。変革する自動車の将来を見据えた課題解決策が求められる。
整備工場の現場に大きな負荷 今年3月、国土交通省の監査でATグループのネッツトヨタ愛知による不正車検が発覚し、その後、トヨタ自動車の直営ディーラーであるトヨタモビリティ東京が運営する「レクサス高輪」でも不正車検を行っていたことが明らかになった。これを受けてトヨタ自動車は全国の系列ディーラー約4852店舗を対象に総点検を実施した。国土交通省の監査やトヨタの総点検によって最初に不正車検が発覚したネッツトヨタ愛知を含めトヨタ系ディーラー12社、13店舗で合計約6500台にものぼる不正が明らかになった。
不正の内容はブレーキや排出ガスなどの検査の未実施や、ヘッドライト光度やサイドスリップなどの計測した数値の改ざん、書類が不備な状態での保安基準適合証の交付など、多岐にわたる。販売会社や各拠点が目標として設定した車検台数をこなすため、検査項目を省いたり、適合するように数値を改ざんするなどしていた。現場が相当なプレッシャーを受けていた姿が浮かぶ。
これら不適切な作業は道路運送車両法に抵触する。ネッツトヨタ愛知で不正車検を行っていたプラザ豊橋(豊橋市)には愛知県警が家宅捜索に入り、今後、捜査が進む見通し。プラザ豊橋とトヨタ直営のレクサス高輪は、指定自動車整備事業の指定が取り消され、自動車検査員は解任された。
総点検を実施したトヨタによると、販売店が不正車検を行った背景にあるのが整備士や設備が仕事量の増加に追いついておらず、整備工場の現場に大きな負荷がかかっていたことや、現場の窮状を販売店の幹部が把握していなかったことを挙げる。2017年以降、日産自動車、スバルやスズキなどが新車の完成検査での不正が相次いで発覚したが、ここでも新車を計画通りに出荷するため、現場に過度の負担がかかっていたことが主な原因の一つだった。求められる仕事量と、人員体制、設備がマッチしていなかったという面では今回のトヨタ系ディーラーの不正車検と通じるものがある。
自動車整備士の不足に頭を抱えているディーラーはトヨタ系に限らず少なくない。少子化に加え、若者のクルマ離れによって整備士を目指す若い人が年々減っている。2011年度には自動車整備技能登録試験の学科試験受験者数は4万4千人いたのに対して、20年度は3万5千人と、1万人近く減っている。自動車整備士を育成する整備専門学校も 学生集めに苦労しており、大幅な定員割れとなっている専門学校もある。
労働力が不足しているのに反比例するようにディーラーのサービス工場の業務の負担は増大している。販売店にとってサービス部門は収益の大きな柱で、販売各社がサービス入庫台数の確保に注力している。加えて、衝突被害軽減ブレーキなどの先進的な運転支援システムの普及に伴って高度な整備作業が増える一方だ。自動車はデジタル化によって急速に進化しているものの、点検・整備作業は旧態依然としている。
24年10月から車載式故障診断装置(OBD)を使って衝突被害軽減ブレーキや車両接近通報装置などの電子制御機器の検査が導入される。しかし、OBD車検は従来の検査方法では検出できなかった不具合が発見できるものの、検査項目が増えるだけで、検査が効率化されるわけではない。
デジタル化時代に合う制度に 多くの半導体を搭載して先進技術を実現するなど、デジタル化している自動車なら検査をもっと効率化できるはずだ。例えばトヨタをはじめ、ホンダ、日産自動車など、国内でも、インターネットなど、外部と接続するコネクテッドカ―が本格的に普及してきている。自動車メーカーは許可を得たユーザーのコネクテッドカーから車載データを取得することで、車両ごとのコンディションを把握できる。リアルタイムのデータを取得することで、故障予知も可能となり、道路上で故障して停止することを防げる。より多くの車載データが集まれば、故障予知の精度も向上する。
安全で安心なクルマ社会の構築に向けて点検・整備が重要とするなら、急速に進化するデジタル技術を活用することが、人手不足の問題が深刻化している整備業界の問題解決の助けになる。しかし、現状、デジタル時代に適した制度に見直そうとの機運は高まっていない。
制度の見直しが無理なら人員を確保するしかない。その解決策と見込まれるのが電動化に伴って余剰となる人材の活用だ。カーボンニュートラル社会の実現に向けた機運が高まる中、欧米の自動車メーカーを中心に、電気自動車(EV)シフトが本格化している。欧州では35年にハイブリッド車(HV)を含めて内燃機関車の新車販売の禁止を打ち出した。メルセデス・ベンツやボルボ、ゼネラル・モーターズ(GM)はガソリン車・ディーゼル車から撤退し「EVオンリー」になることを宣言。国内でもホンダが40年までに販売する新車をEVと燃料電池車のみにする方針を決めている。
EVシフトが本格化した場合、懸念されているのが自動車産業の雇用問題だ。EVは一般的なガソリン車と比べて部品点数が3分の2から半分程度に減る。このため、製造ラインの工数が減り、ライン従事者も現在よりも少なくて済む。エンジンや排気系、燃料系の部品などを製造している部品メーカーを中心に仕事がなくなり、自動車関連企業から失業者が増えることが懸念されている。日本自動車工業会の豊田章男会長も「輸出で成り立っている日本にとってカーボンニュートラルは雇用問題でもある」と危機感を隠さない。
一足早くEVシフトが始まった欧州では、早くも自動車関連企業の雇用問題が現実化している。自動車産業が基幹産業のドイツではEVシフトで2030年に21万人の雇用が失われると指摘されている。このため、政府と民間企業が連携して自動車関連企業で働く従業員に電気・電子関連技術を習得できる研修を実施するなど、EV時代を見据えて人材の流動化を支援している。
EVシフトによって100万人の雇用が失われるとされる日本では、雇用問題への懸念が広がるものの、解決に向けた具体的な動きは表面化していない。EVシフトによる雇用の弊害を指摘する声もあるが、慢性的に整備士が不足している整備業界で吸収できれば、自動車関連企業の雇用と整備士不足という業界が抱える2つの課題の解決につながるかもしれない。政府も自動車関連企業も今のうちに将来の動向を見据えて、業界全体を見渡した取り組みが求められる。
(編集委員 野元政宏)
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みんなのコメント
自分の場合、四年生卒業後に一級取得してディーラーへは行かず、部品サプライヤーに就職して開発業務に就いています。知識と手が動かせるので専門学校は卒業して良かったと思っています。
今後、海外みたく整備士の地位が向上すると良いんでしょうけど、そんな兆しは聞こえて来ないですね。