この記事は2020年1月に有料配信した記事を無料公開したものです。
テスラは、イーロン・マスクCEOのイメージもあって、毀誉褒貶が著しい。イーロン・マスクCEOがぶち上げた世界最大のリチウムイオンバッテリー大量生産工場「ギガファクトリー」に多額の投資をしたパートナー企業のパナソニックは、生産効率が低く赤字が続き、苦慮している。
トヨタに次ぐ世界第2位の企業力
その一方で、2020年1月半の時点ではテスラの株価は高騰し、時価総額は自動車メーカーとしては、GMやフォードはもちろん、フォルクスワーゲンを抜いてトヨタに次ぐ世界第2位に躍り出るに至っている。
株価高騰の理由は、2019年末に世界最大のEV市場である中国上海・浦東新区のテスラ工場で主力モデルの「モデル3」の生産が始まり、成長がさらに加速するとの期待が高まっているからだ。ギガファクトリー上海と名付けられたこの巨大工場は、中国政府のサポートを受けることに成功し、さらに中国流の超高速の建設力により、2019年1月の起工からわずか9ヶ月で完成。予定を前倒ししてモデル3の生産を開始した。このギガファクトリー上海は、テスラにとって初の海外生産となる。
イーロン・マスクCEOは、「これほどのスピードで工場が建設されたのは見たことがない」と語り、12月に上海工場で行なわれたラインオフ&出荷記念イベントでは、喜びを表すためにダンスを披露したほどだった。
追い風が吹き続けるテスラの株価
さらにドイツでもテスラはギガファクトリーを建設しており、2021年の稼働を計画しているなどテスラの攻めの姿勢が評価され株価は2019年10月以降、なんと2倍に高騰しているのだ。
もちろんこれは株式市場での評価である。テスラ社としてはこれまで赤字が続き、事業の継続にも疑問符がついていたが、2019年夏意向は黒字転換を果たしたことが株式市場での評価のバックボーンになっている。
とはいえ、カリフォルニアのフリーモント工場の年産能力は40~45万台、上海工場の生産能力は15万台で、両工場を合わせても年産60万台に届かず、まだまだ小規模な自動車メーカーであることは間違いない。
だが、EVの優位性を語り続けてきたイーロン・マスクCEOの偏執的な姿勢に、ヨーロッパ、中国から予想以上の順風が吹き、時代に最もマッチした自動車メーカーに躍り出た。これまではカリフォルニア州などでの排ガス規制のクレジット(CO2削減量/実績係数:排ガスレベルをクリアできない自動車メーカーが排気ガスゼロの車両を販売する会社からクレジットを購入することで罰金が免除される仕組み)を稼ぐというビジネスから、電気自動車を製造して販売するという自動車メーカーとして本来のビジネスを確立することができたのは時代の追い風だろう。
次期型SUVのコード名「ブルースター」
とはいえ、アメリカを中心に、熱狂的なファンを持ち、他社ではマネのできないテスラ独自のブランド力も備えていることも注目すべきだろう。
ギガファクトリー上海が稼働を開始したことで、マスクCEOはますます積極的で、中国工場では次期SUV「モデルY」を生産することを発表し、アメリカではEVピックアップ・トラック「サイバートラック」を発表するなど、次のステージに向けてさらなる展開を発表している。
イーロン・マスクCEOは、2006年頃に、ほとんどの人が購入できる手頃な価格のEVを構想していることをメディアに公表し、その2年後には、それがいわゆるファミリーカーであると語っている。
テスラは高価格の車両(ロードスター)からビジネスをスタートし、低コストの車両クラスに徐々に移行するという3段階の戦略を考えており、第2段階を担当するのがモデルSとモデルXで、第3段階に相当するニューモデルが「モデル3」とされている。
モデル3は、2007年の当初のビジネスプランではコードネーム「ブルースター」と呼ばれ、その後市販車名としては「モデルE」を考えていたが、フォードが既に車名登録をしていたためにこの車名をあきらめ、その後マスクCEOは「モデル 三(横3本バー)」に決めた。だが、またもやこれはアディダスの商標に抵触することがわかり、やむなく車名は「モデル3」に落ち着いたいきさつがある。
強すぎる個性と開発の遅れ
モデル3の企画開発は、マスクCEOの発言からも2007年~2008年にはスタートを切っていたと考えられる。テスラはモデルSの開発段階から、多くの自動車メーカーのエンジニアをスカウトし、起業初期とはまったく異なる自動車エンジニアのチームにより開発が行なわれていた。
しかし、マスクCEOの強すぎる個性や企画に対する口出しで、早々に退職するエンジニアも多く、モデル3の開発にも相当の時間を要した。当初計画では2015年にモデル3を発表する予定であったがかなり遅れている。テスラ社として正式にモデル3を発表したのは2016年3月31日になった。そして、この日からテスラはモデル3の予約受注を開始した。
発表会はまるでApple社の発表会のようで、多くのファンが集まり熱狂的な雰囲気であった。さらに数少ないテスラの販売店には、2017年発売予定のモデル3を予約するためにファンが長い行列を作り、あっという間に11万人を超える人々が1000ドルを支払って予約した。その後の1週間で32万5000台の予約を集め、その後2017年8月までに、45万5000台もの予約がWEB上で行なわれたという。
まだ量産車も存在せず、実車に触ることも、試乗することもできないにもかかわらず、こうした多数の予約を集めることは、他の自動車メーカーでは不可能であり、どれほどテスラ信者が多いかを実感させられる。歴史的には、シトロエンDSが1955年のパリモーターショーで発表された時に、その後の10日間で8万人が手付金を支払って予約し、一種のブームになった記録はあるが、モデル3はその比ではなかった。
そればかりではない。モデル3発表から2ヶ月後には中国だけで、ネット予約は37万3000台にも達していたのだ。
生産の地獄
驚異的な予約台数となっていたが、2017年後半の納車に向けたテスラの生産体制は驚くほど整っていなかった。企画・開発のエンジニア集団はいたものの、テスラとしては初となる大量生産の経験も設備も未熟だった。テスラは2018年には年産50万台の生産体制とすることを発表したが、業界の専門家はそれを信じなかった。
それも当然で、それまでのテスラは高額なロードスター、モデルSなどを生産しているが、それらは少量生産であり、いわゆるライン生産モデルではなかったからだ。モデル3は初めてライン生産に挑戦するモデルだからだ。
テスラは生産体制を整えるために、2185億円(20億ドル)の新株を発行し、資金を調達せざるを得なかった。
2017年の第3四半期には1500台を生産し、年末までには5000台/週の生産計画であったが、実際に第3四半期に製造された車両は260台に過ぎなかった。そして第4四半期に1542台のモデル3を出荷するに留まった。
テスラは2017年初頭にドイツの自動生産システムメーカーを買収するなど手は打ってはいたものの、モデル3から採用するSiC(シリコンカーバイド・パワー半導体)を使用したインバーター、手作業に依存するバッテリーパックの生産に手こずり、さらに多くのサプライヤーとの連携もスムーズに運ばなかった。
自社バッテリー工場「ギガファクトリー」
テスラがモデル3の企画と同時に建設した巨大リチウムイオン・バッテリー工場「ギガファクトリー」(ネバダ州)では、モデル3のドライブトレーン、バッテリーパック、テスラのエネルギーストレージ製品「パワーウォール」、「パワーパック」が製造されることになっていたが、バッテリーそのものの製造も、バッテリーパックの製造も計画より遅れ、スローペースであった。
過大な計画、予想以上の予約受注に対して楽観的な生産計画を語るマスクCEOは非難を浴び、最終的に生産の遅延を認めざるを得なくなった。当然ながらテスラは赤字を計上しており、ある意味でテスラの最大の危機を迎えた。しかしマスクCEOはまもなく計画通りの生産が可能になるとし、2018年の第1四半期のデリバリーは8182台、第2四半期は1万8449台、第3四半期は5万5840台と、2018年中盤からようやく計画に近い生産ペースとなった。
それでも生産の停滞は6ヶ月以上続いたことになる。ちなみに2019年3月までにアメリカでは16万4000台が納車されたという。
また品質問題も初期生産モデルで発生している。コンシューマーレポートでは、モデル3をテストして、フォード「F-150」フルサイズトラックより制動距離が長い、内装のきしみや取り付け不具合が多いとして、消費者に買うべきではないとレポートした。テスラはブレーキ制御に関してはOTA(無線通信によるプログラム更新)で改善し、その他生産品質も対策したことで、コンシューマーレポートは2019年秋に消費者向けの評価を「推奨すべきクルマ」に修正した。
また、アメリカのNHTSAの衝突試験評価、ユーロNCAPの安全評価試験でも5つ星を得るなど、基本的な安全性能が高いことが実証されている。
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EVを全面に押し出し過ぎるテスラを見ても心が動かない