ジョン・ハンリーと云う男
理想(Ideal)という言葉は通常、具体性をまとうことがほとんどない。1947年、自ら興した模型会社にこの理想という言葉を冠した男、ジョン・ハンリーは、精密な模型をつくり上げることだけにその生涯を費やした人物として、今も一部の模型愛好者に記憶されている。
さらにスポーティに、さらに華麗に、さらに迫力を!アオシマ製プラモ「ジャンクションプロデュースY31セドリック」後編【モデルカーズ】
【画像27枚】キレのよいモールドが光るプロモとプラモからジョーハンの歴史を知る!
彼と仕事をともにした人物の証言によれば、彼の模型キャリアはわずか8歳にして作り上げた模型飛行機にはじまり、青年期にはシカゴ(1933年)とニューヨーク(1939年)にまたがる両万博のディスプレイ用飛行機模型を手がけ、アメリカが世界大戦に突入すると、彼がそれまで数多く手がけてきた飛行機模型は軍によって撮影されて敵味方識別の教本に採用されたといわれている。
平和な時代が訪れると、彼の特別な才能は商業的な価値を大いに認められ、郊外に住まいを構えた若いカップルを相手に訪問販売の手法で大いに成長したヤングスタウン・キッチンズのプレゼンテーション・ツール(精密なシステムキッチンの模型)、ベル・エアクラフトのさまざまな検討用模型、ダッジの新型トランスミッションの構造と動作を手のひらの上で再現できる販促用模型などを次々に手がけていった。彼個人の卓越したミニチュア製作の才能は注目を集めて多くの依頼を呼び込み、そうした案件を適切に処理すべく彼はアイデアル・モデルズを起業することになる。
これまでの連載でも取り上げたとおり、終戦から1950年代にかけてのアメリカ最大の成長産業であった自動車産業には、もうすでに多くのミニチュアメーカーがまったく新しい市場を拓こうとひしめきあっていたが、それらはほとんどがまだ金属製で、それらに充分な魅力・商品価値をもたせるためには塗装工程が必須であった。そこに次代の新素材である着色プラスチックを導入して塗装工程を大胆に省き、桁違いの大量生産へと道をつけた模型会社のひとつとして、ジョン・ハンリーの会社はその名を馳せた。
高い理想に基づく精緻なモデルに、自己の名を縮めて冠する
そのとき彼の会社は、同じアメリカにもうひとつアイデアルの名を冠する老舗玩具メーカー(アメリカにおけるテディベアの元祖)が存在していることを知って自らの名をより直截簡明にしたジョーハン(Jo-Han)へと社名をあっさり改めていたが、これは看板よりも製品が品質を物語るべきだという彼の信念のあらわれでもあった。彼にとって理想とは、つねに彼がつくり出す具体的な――詳細で精密な模型の記名性そのものであったわけだ。
ジョーハンに先行する模型会社、例えばシボレーとの契約下で自動車型の合金製貯金箱を製造していたバンスリコなどの影響によって、自動車のミニチュア=企業ノベルティーグッズとの認識が半ば定着しかかっていた市場で、「小さくて自走しないというだけの、本物の車」といったイメージを強く打ち出すことで、後世のミニチュアをめぐる流れと評価を決定的に変えたのもまたジョーハンの功績といえた。
ミルウォーキーの地でジョーハンとほぼ同時期に創業し、同じようにプラスチックを使ってミニチュアカー製造をはじめたPMC(プロダクト・ミニチュア・カンパニー)が、せっかく製品のプラスチック化を果たしながらも、先行するバンスリコに倣って自動車型貯金箱にいつまでも拘泥したのと対照的に、ジョーハンは1955年の春、デトロイト周辺の多数の商業施設、空港ロビー、ホテルのウィンドウディスプレイなどに、契約していたデソートの最新プロモーショナルモデル――貯金箱などではない純粋なミニチュアカーを華々しく飾りつけるキャンペーンを展開、アメリカ全土に同じ手法が波及するほどの大成功を収め、ディーラー・ショールームにプロモーショナルモデルを目当てに客が集まる流れを作り出した。
当時アメリカのディーラーやセールスマンのあいだで語られた「The little ones sell the big ones.(小さなものが大きなものを売る)」のスローガンが説得力を持ち得たのは、誰もがひと目みて精密とわかるジョーハンのミニチュアと「模型の魅力を知らざる者には、ただ模型を見せればよい」というシンプルな着想によって展開されたこのデトロイト・ジャックの成功があったからだ。
その後もジョーハンは製品そのものの精密な魅力をもって、1955年時点でこのモダンなプロモーショナルモデルを戦略に組み込んでいなかった自動車メーカーの関心を次々に射止めていく。はじめにまずデソートとプリマスが、1955年にポンティアックが、56年にはオールズモビルが、57年にはクライスラーが、amtとSMPによるアメリカンカープラモ元年である58年にはキャデラックとランブラーが、そしてamtに遅れること1年、ジョーハン自身が組立式のアメリカンカープラモ参入を果たす59年にはスチュードベーカーが、ジョーハンとのプロモーショナルモデル契約を取り交わしている。
契約の一部は排他的、一部はそうではなく、またその成功の可能性が1950年代末の時点でまだ未知数であった組立式モデルについての契約はまた別といった具合に、自動車メーカー各社と模型メーカー各社の相関はひとくちに語り得ないほど錯綜していた。しかし、一方の雄amtはフォードとの強固な関係を背景にした契約の取りまとめの巧みさと、内にかかえる独創的なアイデアマンの存在をもって、もう一方のジョーハンは中心人物の比類なき「模型の達人」ぶりとその模型の求心力をもってそれぞれ群を抜き、これから本連載にて語られていくアメリカンカープラモの時代を強力なライバルとして、ときには協調し合いながら牽引していくことになる。
※前回(第4回)の内容についてのおことわり
連載第4回で述べた、スライディングピラー方式金型についてのジョージ・トテフの「考案」とは、既存のスライド金型を自動車模型に導入すること、およびそれにあたっての最適化(ボディーパーツ一体成型のためのアレンジメント)にとどまるもので、史上初のスライド金型自体の発明を指すものではないことを、ここにおことわりしておきます。(筆者)
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