レンジローバーに恋した1週間
AMW編集長西山が、個人的にいま一番気になるクルマとともに一週間を擬似オーナーとして過ごして感じた私的インプレッションをお届けします。クルマとの関係は極めてプライベートな、いわゆる恋愛に似たもの。一週間のクルマ疑似恋愛やいかに。今回は、人気すぎて一時的にオーダーストップしているという「レンジローバー」です。
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レンジローバーのデザインを感じてみる
歴代レンジローバーを乗り継いできた方なら、新型レンジローバーのシートに座るのは、きっと常宿としているホテルのいつもの部屋でピローカバーの色が前回泊まった時と違っていることを認識するくらいの感じだろうか。それくらいレンジローバーに慣れ親しんでいる人にとっては、心安き心地よい空間である。
しかし、初めての人にとっては、高級感は認めつつも、どこか物足りなさを感じてしまうものかもしれない。
ラグジュアリーの表現にはいろいろなアプローチがある。最近のドイツ車はメルセデス・ベンツ「Sクラス」を代表するような、これでもか感満載のいうなればバロック的(装飾過多という意味で)なものが主流のようだ。
一方の英国は、ロールス・ロイスのシンプリシティやミニマリズムを象徴するように、いうなればモダニズム的だ。もちろんレンジローバーはこちらに属する──というより代表的なクルマである。
バロックかモダニズムか。要は極めて個人的な問題なのだけれども、エクステリアだけでなくインテリアのデザインも、初代から「モダナイズ」しながら現行モデルにまでデザインエッセンスが受け継がれているレンジローバーには、素直に賛辞を送りたい。それをサラリと自然にやっているあたりが、真の洗練の極みなのである。ほかに同じような価値を持っているのはポルシェ911ぐらいのものだろう。
レンジローバーをドライブしてみたら
駐車場からレンジローバーを出しただけで、歴代レンジローバーをドライブしたことのある人なら、決定的な違いに気がつくに違いない。新型には後輪操舵が取り入れられ、いつもの感覚でステアリングを切ると、想定以上にハンドルが切れるため、内輪差に注意が必要だ。
エンジンは3.0L V6のディーゼル。洗練の極みを堪能するならV8ガソリンの方が……という心配はまったくない。ディフェンダーにも搭載されているのと同じディーゼルエンジンだけれども、まったく別物のような印象を受けた。エンジン本体からのノイズは極力遮断されていてドライバーにはダイレクトには伝わって来ず、バルクヘッドの向こうにその存在が微かに感じられる程度である。しかも僅かに示される存在の証しは、心地よさを覚えるビートへと変換されている。
いっぽうのディフェンダーでは、多少の荒々しさこそがタフさのアピールとなり得るが、レンジローバーではまったくの別物へと昇華されているのはさすがである。広報車を借りた時にはガソリンモデルは生産が追いつかず、一時オーダーストップしているとのことだったが、「仕方なく」ではなく「進んで」ディーゼルを選ぶ価値はある。少なくとも、大排気量エンジンに後ろめたさを感じてしまう意識の高い人であれば、なおさら2気筒少ないディーゼルモデルが経済性も高くオススメである。
レンジローバーの気になったところ
きっと新型レンジローバーが、初のレンジローバー体験であったら、ほかにもたくさんピックアップするべき装備やそれら装備の特徴があるだろう。しかし、慣れ親しんだ者としては少し変わった装備の方に意識がどうしても向いてしまうものだ。
レンジローバー、というかランドローバー全般に共通するイメージは、頼り甲斐のあるアドベンチャーの相棒といったところか。その印象は高い悪路走破性によるものが大きかった。どこにでも進んでいけるという安心感は、レンジローバーに守られているという感覚に還元される。みなとみらい方面から都内へと向かう湾岸線で、この「守られている」感に、新たな項目が加わった。
それは、キャビン内と外界との断絶が可視化されている点だ。大自然を感じてドライブしたいシーンでは、窓やサンルーフを開け放てばよい。しかし、レンジローバーを普段使用する都市部では、むしろ窓は閉じてクリーンな空気に包まれていたい。家庭用の空気清浄機なるものが普及しているのと同じ理屈だ。
ベイブリッジを渡るとすぐに湾岸線の両側には工業地帯が広がる。通ったことのある人ならわかると思うが、風向きによっては独特の理科室での実験のときに嗅いだような臭いが鼻につくことがある。大気が汚れているという証拠なのだけれども、それがレンジローバーでは可視化できるのである。
インフォテイメントのモニターでエアクオリティを見ると、ひどいところでは外気は極めて汚れていることを示すオレンジ~レッドを示し、車内は清潔なグリーンで表示されている。確かに運転していて独特のスメルは感じない。都内の主要幹線路でもモニタリングしてみると、信号待ちなどで多くの大型トラックが前にいる時なども同じような状況を示していた。旧車で同じところを走ると、確かにいつもリアルにいろんな臭いを感じるし、ドライブ後に白いおしぼりで顔を拭くと真っ黒に汚れていることがあるが、つまりはそれだけ汚れた空気の中にいるということである。大袈裟に表現すると、レンジローバーは大気汚染からも守ってくれているのだ。
レンジローバーを購入する夢を見る
レンジローバーはレンジローバー。比較するものがないという点においては、前述の通り911と同じだが、あえてコンペティターとしてあげるならベントレー ベンテイガか。しかし、どちらを選ぼうかなどという悩みを抱く人は、実際の購入者には少ないだろう。それだけブランディングが確立されているので、ライフスタイルや自らの主義主張に合わせて選べば、自ずと答えは決まっている。
レンジローバーは、2022-2023日本カー・オブ・ザ・イヤーのテンベストに選出されるほどモータージャーナリストのウケがいい。試乗記などはおしなべて絶賛の嵐。それを鵜呑みにして購入したら、なんか物足りないという人が中にはいるかもしれない。モータージャーナリストが褒め称えているのは、レンジローバーの走行性能のことであって、購入したあとのライフスタイルにまでは想像が及ばない。性能評価とは本来そうあるべきものであるけれど、レンジローバーのような極めて趣味性嗜好性の高い実用品の場合、評価軸は多元的であるべきだ。嗜好品であるがゆえに問われるのは、クルマそのものの良し悪しではなく、感性に合うか合わないかである。
シートに座り直して、レンジローバーを購入して他に目移りしないだろうかを考えてみる。ミース・ファンデルローエが好きで、自宅キッチンのコンロには、柳宗理のケトルを置いているような人は、きっと自宅もモダニズムの影響を受けた意匠であるに違いない。そうした住宅のガレージやカーポートに収まると、レンジローバーはしっくりきそうである。ベンテイガやましてカリナンではない。
と、ここまでレンジローバーのオーナー像をプロファイルしてみて、わが身に置き換えてみる。確かに自宅キッチンのコンロには柳宗理のケトルが置かれていて、若い頃はコルビジェより断然ミースの建築に惹かれたけれど、残念ながら息子2人は家族と出かけるよりも友人たちや自分ひとりで旅する年齢になってしまった。レンジローバーは、1人で乗るには広すぎる。せめて助手席にパートナーを乗せて出かけたい。ということは、レンジローバーにふさわしい男になるには、まずは妻のご機嫌取りから始めなければならない。つまり、オーナーへの道は果てしなく険しい……のだけれども、V8モデルはオーダーしてから納車まで3年以上かかるだろうから、それまでに策を練るとしよう。
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いい商売ですな。