ほかのクルマが欲しくなくなるエンジン音
静まり返った真夜中に、冷えたエンジンを目覚めさせる。隣の住人へ申し訳ないと思いつつ、シートポジションを確認し、そっと住宅街を後にする。思わず気持ちが高揚する。
【画像】FRの名車 AE86型トヨタ・カローラ・レビン 最新のGR86とGRカローラも 全85枚
こんな瞬間、いつも筆者は英国で展開されていたフォルクスワーゲン・ゴルフの広告を思い出す。俳優のリチャード・バートン氏が、4代目ゴルフのステアリングホイールを握っていたものだ。不穏な音楽に包まれながら。
ロンドンのような場所は、深夜でも街が眠ることはない。街灯の下では、若者たちが朝を迎えるのを惜しむように、他愛のない話を続けている。ガラガラの深夜バスが、するりと通りを抜けていく。
とはいえ、都心を運転するなら夜が1番。鮮やかなネオンで照らされ、商用車やタクシーも少ない。
ほんのり温かい夜にピッタリなクルマと、今晩は一緒だ。5速MTを2速へ落とし、アクセルペダルを煽る。明かりの消えたオフィス街に、ツインカム・エンジンの雄叫びが反響する。
この小さなクーペは、際立ってパワフルなわけでもないし、最速でもない。スタイリングも、息を呑むほど美しいわけではない。だが、ウインドウを開いて7000rpm近くまで吹けるエンジン音を耳にすれば、ほかのクルマが欲しいとは思わなくなる。
今回ご紹介するのは、少し古いトヨタ。ミドシップのMR-2や、ハリウッド映画で名声を高めたスープラではない。ずっとベーシックなモデルだ。
雷を意味するレビンとトレノ
近年のトヨタは、明らかに違う。メカニズムをBMW Z4と共有しつつ、伝説的なスープラを見事に復活させた。スバルと共同で4シーター・クーペのGT86を発売し、世界的に高い評価を集めた。さらに、GR86へ進化させてもいる。
日本のAUTOCAR読者なら、いまさらかもしれないが、この86という数字には起源がある。巨大なパワーをあえて否定し、軽くバランスに優れたシャシーとドライバーとの一体感を重視しよう、と思わせたオリジナルがある。
それは、40年近く昔のカローラ。正確にいうならカローラ・レビンと、日本国内のディーラー・ネットワークのために派生した、スプリンター・トレノ。コードネームが、AE86だったのだ。
レビンは古代英語で稲妻を意味する単語で、トレノはスペイン語で雷鳴を意味する。トレノがリトラクタブル・ヘッドライトで、レビンは横に長い固定式のヘッドライトと差別化されていたが、基本的な内容は殆ど同じといっていい。
本日お借りしたツートーンのAE86型のカローラ・レビンは、英国トヨタのヘリテイジ部門が管理する貴重な1台。英国市場へ正規輸入されたクルマで、1986年から1987年にかけて作られた後期型となる。
若い世代でご存知なければ、カローラと聞いて当たり障りのない4ドアサルーンや5ドアハッチバックを連想しても、まったく不思議ではない。AE86型のカローラがスポーツカーだっとは、思いもよらないだろう。
軽量なFRシャシーに4A-GE型エンジン
カローラ・レビンは、細いヘッドライトへつながるくさび形のフロントノーズに、端正に傾斜したファストバック・シルエットを備えた、紛れもないクーペだ。スタイリングに派手さはないが、端的にスポーツカーが表現されている。
ターボチャージャーやスーパーチャージャーといった、過給器は載っていない。自然吸気の1.6エンジンに、5速のマニュアル・トランスミッションが組み合わされ、当時としては一般的だったフロントエンジン・リアドライブ(FR)のシャシーを持つ。
しかし一度ムチを入れれば、普通の組み合わせが、それ以上の輝きを放ち出す。車重は軽く、日本仕様の2ドアボディなら900kgしかない。直列4気筒エンジンの重さは、しっかりしたデフとアスクルが相殺。前後の重量バランスは理想に近いものだった。
フロントサスペンションは、フロントがマクファーソンストラットで、リアがリジッドアスクルの4リンク。前後ともに、コイルスプリングとディスクブレーキが組まれている。
さらにAE86を際立たせていたのが、1587ccのダブル・オーバーヘッド・カム(DOHC)エンジン。4A-GE型と呼ばれるユニットで、シャシーとのベストマッチングを披露した。特別なモデルにした立役者といえる。
この4A-GE型ユニットは、当時のトヨタが新しく設計したもので、1983年に発売されたAE86から導入が始まった。驚くほど軽量でありながら、充分パワフルだったことが最大の特徴。英国仕様では、自然吸気で125psを発揮した。
当時のトヨタ車らしいインテリア
バルブアングルが広く、インテークポートが大きく、レッドラインは7800rpm。高回転型ユニットの傑作の1機として数えられる。
加えて、トヨタ・バリアブル・インダクション・システム(T-VIS)を採用。デュアル・インテークに備わるバタフライバルブを4200rpmで切り替え、エンジンの回転数に合わせてトルクとパワーを最大化するよう、吸気量を調整していた。
お借りしたシルバーとブラックのカローラ・レビンは、ノーマルに近い。だが、綺麗に曲げられたエグゾースト・マニフォールドと、抜けの良いスポーツ・エグゾーストが組まれ、甘美なサウンドを放つ。
走行距離は7万2000kmを超えたばかり。キーをひねると、1.6LのDOHCエンジンは一発で始動した。心地良い音響が周囲を包む。
近隣の睡眠を邪魔しないように、そっと路地を出発する。ドライバーズシートは快適。数分もかからず、カローラ・レビンへ身体が馴染む。
ブルーのクロス張りシートに、プラスティック製であることを隠さないブラックのダッシュボード。いかにも当時のトヨタ車らしいが、ヘッドライト・スイッチを包むメーターパネルの照度調整ダイヤルなど、気の利いた機能も点在している。
夜の暗がりに合わせて、メーターの明るさを絞る。8000rpmまで振られたタコメーターと、時速140マイル(225km/h)まで振られたスピードメーターは、大きく見やすい。
この続きは後編にて。
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みんなのコメント
それまでも人気がなかったとは言わないけど、峠ではシビックやインテグラ、シルビアの方がよく見ました。